040 王子様が来る!
残暑も終わり、木々は紅葉に染まり始める季節。
先の仇討ちでCランクに昇格した俺は、その後もダンジョンに潜ったり近隣に出没した魔物を討伐したりと、順調に活動を続けていた。時には、犯罪者となった元冒険者の捕縛といった、後味の悪い依頼もあったが……
そんなある日。
ギルドの掲示板に珍しいものが貼り出されていた。例の仇討ちの参加者と、何名かの強い冒険者への指名依頼だ。しかも依頼人は、町の領主であるフェルスター辺境伯。
なんでも、王位継承候補の筆頭とされるフィリップ王子の一家が、近々リンゲックの町を訪れるらしい。
なので、辺境伯領と隣の貴族領の境目にある町まで出迎えに行く。ついては、主だった冒険者も一緒に来てほしいとのことだった。
むろん否やはない。
ダンジョン資源を重要な産業としている町なので、それを採掘する冒険者に配慮して依頼という形を取ってはいるが、事実上の命令である。断る理由もないが。
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「これはアレだね、キミを始めとしためぼしい冒険者を、軒並みフィリップ派につけるつもりだね」
「知っているのかロッタ?」
母さんが聞いたら「ライデンか!」とツッコみそうな台詞だ。伝説に登場する、博識な戦士の名前らしい。
「ほら、こないだ国王陛下が六十の誕生日で引退するって発表したじゃん。だから次期王位につくために、後継者候補の三人はとにかく支持者を増やしたい。ここまでは分かるね?」
「まあ、そのくらいは」
「よろしい。で、伯はフィリップ王子とは昵懇の仲だから、有力な冒険者、特にキミの協力を手土産に、ひとつ年上で兄貴分のフィリップ王子を支持する算段ってわけ。噛み砕いて言うと、『俺の領地にはこんなスゴいやつらがいるよ~。彼らはいざって時は俺の指揮下に入るから兄貴の力になるよ~』ってアピールだよ。王様と対抗勢力両方への」
「それは分からなくもないが、なんで俺なんだ」
名門シルフォード家のセインならともかく。
「……はぁ。キミは自分が周りからどう見られてるのか、全然分かってない。もう世間はキミのことを、ジュリア様に続く新しい勇者、少なくともそれに近い存在と思ってるんだよ? そういや仇討ちの件ではランク査定に相当色がついたらしいけど、もしかしたらキミを取り込みたい伯の指示かもね。CとBじゃ、有事の際の義務がだいぶ違うから」
「まさか。俺は一介の武芸者だぞ」
それに、母さんの域はたぶんまだ遠い……
「だから分かってないって言ってるの。いい? そもそも人間ってのは、他人に『この人はこうあってほしい』っていう、勝手な理想や願望を押しつけるもんなんだよ。キミだって、フィーネやリーズがだらしない格好してたら嫌でしょ? いつでもきちんとしててほしいでしょ? 世間がキミを勇者扱いするのも同じこと。だから本人がどう思おうが、偉い人はキミを自分の勢力に取り込みたいし、新世代の勇者であるキミが味方につくことは、その人が次の国王にふさわしい人徳の持ち主だってアピールになるんだよ」
うーん、分かったような分からんような。
「そんなもんかねえ」
「そんなもんなの。あと、キミが味方につけばジュリア様も、って期待もあるだろうね。現役復帰してもおかしくない歳だし。たしかまだ四十いってないよね?」
「ああ。俺とは二十一歳しか離れてないから三十七」
確かに母さんの復活待望論は根強いものがあると聞く。事実、俺が知るかぎり全く衰えはなく、おそらくは今でも最強の戦士だからな。
「武力、知力、権力、経済力、求心力。力にもいろいろあるけど、それを持つ者は、利用しようとする人が寄ってくるのは避けられない。キミは自覚がないみたいだけど、そろそろそういう立場になってきたって覚えておいたほうがいいよ」
「な~んか現実味のない話だなあ」
「キミはジュリア様と二人っきりの生活が長かったんだよね。だからお母さんが判断基準になってて、その弊害かもね。ま、いいや。目的地までは何日かの旅になるし、とりあえずフィーネとリーズに報せよう。そのあと、皆で必要なものを買いにいこっか」
「出発は明後日か……しかも目的地の町って、例のドラゴン退治したとこだ」
「ふふ、ちょっとした凱旋だね」
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そして二日後の早朝、城門内側の広場。
「えー、では出発前に、フェルスター辺境伯より訓示があります。領主様、お願いします」
(……あの人は! そうか、あの人が伯だったのか)
マスターに促されて演壇に上がったのは、能力テストのときに多人数相手の強さも見たいとハンデ戦を要求した、あの人物だった。マスターの「りょ……」という言葉は領主様と言いかけ、お忍びと気づいて口ごもったのだ。
「冒険者諸君、まずは私の依頼を受けてくれてありがとう。さて、既に知っていると思うが、先日、国王陛下が六十歳の誕生日をもって引退するとのご意志を示された。王位継承者はまだ発表されていないわけだが、それは知勇兼備にして人格高潔の士、我が盟友かつ兄貴分であるフィリップ王子以外にありえないこと明白である! ついては、諸君も賢明な判断の……」
要約すると「自分と昵懇のフィリップ王子につけ、悪いようにはしないから」とのこと。
まあ気持ちは分かる。他の王子が後継者になったら、ガチガチのフィリップ派である自分は冷遇、下手すりゃ粛清されてしまうだろうから。
対抗馬のジェローム王子は徹底した実力主義者で、敵だった人間でも能力と忠誠心さえあれば重用すると聞くが、大穴のルイ王子は狭量な男で、一度でも自分に反抗した者は決して許さず、破滅させるまで陰湿にいたぶるそうな。
つまり前者なら再起の芽もあるが、後者なら最悪ということ。伯も伯で綱渡りを強いられているのだ。たかが冒険者だろうと、味方は一人でも多く欲しいのだ……。
皆で景気づけに鬨の声をあげ、いざ出発。俺たちはエマおばさんや受付嬢に見送られ、迷宮都市リンゲックを後にした。
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二日目……
「平和ねえ。退屈であくび出るわ」
「そりゃ、この人数に仕掛けてくるヤツはそういねえわな」
「ウェンディ、ジェイク、油断は禁物だぜ」
「分かってるさ。ちゃんと警戒はしてる。近くにやべーやつはいねえよ」
ざく、ざく、ざく。
延々と響く単調な足音。時折聞こえる鳥の鳴き声がわずかな変化をもたらすが、こう何も起きないとどれほど歩いているか忘れてしまいそうだ。むろん注意は怠らないが……
リンゲックに来たとき見た馬宿(馬小屋併設の宿)の客のように、また先日乗り合い馬車で王都に帰ったオリヴィエ殿のように、馬や馬車などで旅する人もいるし、事実、伯や貴族組、高齢のマスターはそっちだが、一般的な旅人は徒歩だ。
なので街道には一日に歩く距離……だいたい二十五キロごとに宿場町がある。また、盗賊や魔物の襲撃への備えとして、見晴らしをよくするために道の周囲は木々が伐採されており、不意討ちは困難。
そんな街道を、武装した大群が練り歩いているのだ。ジェイクの言うとおり、まともな知能の持ち主なら襲う気にはなれんだろう。
夕方前に本日の宿場町に到着する。
やはりというか特筆することは起きなかった。襲撃してくるガッツのあるヤツがいたら、むしろ見てみたかったんだけどな。
多人数なので旅籠は伯やその家臣、マスター、セインを初めとする上流階級組で満室、酒場や飯屋も品切れで店じまい。かくて俺たち平民組はとっとと木賃宿(宿泊客が自炊する安宿)に落ち着く。
野宿じゃないだけ御の字だ。で、皆歩き疲れて腹ペコなわけだが……
「今日はこの時期にしては暑かったですわね。汗かいたから塩分多めにしますわよ」
食事当番はフィーネ。いちばん料理が上手いため、率先して引き受けてくれたのだ。
お言葉に甘えて、俺たちは待つ間好きにさせてもらう。武器の多い俺とアルゴはそれの点検、リーズは旅の見聞を綴り、ロッタたちはカードで遊ぶといった具合に。
ちなみに俺たちの調理スキルはおおよそ……
プロの料理人の平均を上回る→フィーネ
プロとして通用する→ロッタ、リーズ
素人にしては上手い→俺、アルゴ
良くも悪くもなく普通→ジェイク
食っても死にはしない→ウェンディ
フィーネすごい。リーズが「孤児院の子は領主様より美味しいものを食べてた」と言っていたのも、あながち身びいきではなさそうだ。
さて本日の夕食は、ライ麦パン、チーズ、野菜と豆の魚醤スープに豚肉の串焼き。デザートは丸かじりの林檎、もちろん葡萄や麦の酒も。
旅先のことゆえ手のかかるメニューではないが、優雅さすら感じる手つきで調理するフィーネを見ているだけで期待感が半端ない。飲食店の中にはシェフの調理を客に見せるところもあるが、なるほどと納得させられる。
パチパチと音を立てて薪がはぜる。さらにスープの大鍋がぐつぐつと煮えたぎり、いつぞやの蔵で買ってきた魚醤の香りが、焚き火独特の匂いと合わさって鼻をくすぐる。
その魚醤を、炭火で焼いてる肉にもひとたらし。溶けた脂と混ざった魚醤が落ちると、おこげの香りの煙が流れてくるのがたまらん。
「あんなに強いうえ学問にも詳しいし、料理もプロ級。今さらだけど、フィーネってハイスペだよなあ」
「言っておきますけど、プロの料理人が素人と違うのは、不特定多数の注文を同時進行でさばく状況把握力ですわ。なにを何人分と決めてレシピどおり作るぶんには、プロも素人もそこまで差はありませんわよ?」
フィーネ本人はそう言うが、ジェイク、ウェンディ、ロッタらも感心することしきり。
「それでもすげーもんはすげーぜ。フィーネと結婚する男は果報者だな。乳もでけーし」
「兄貴、それセクハラ。ていうかフィーネは僧侶だよ。ねぇフィーネ、あなた将来結婚すんの?」
「考えたことありませんわね。昔も今もお相手なんていませんし。このまま信仰に生きると思いますわ」
そっか、フィーネは彼氏いたことないのか……
「ジェイク? 胸がどうとか私への嫌味? そんなこと言う人にはコレだよ」
「あ、ロッタお前ここでそのカードかよ!」
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「あ~、いよいよ明日かぁ。今から緊張してきたよ~」
「フィリップ王子夫妻だけでなく、ユリウス王子とアニス王女もいるん、だよね……」
「ユリウス王子は十二歳だっけ? もしかして見初められて玉の輿とか!」
「もう少し女らしくなってから言いな」
「うっさいね兄貴は」
かまびすしい女性陣に応えて、ドッと笑い声が上がる。鍋の下で燃える焚き火を囲み、素朴だが美味な食事に舌鼓を打ちつつ談笑するひととき。皆の顔が紅いのは酒のためか、火に照らされているためか、はたまた明日を思っての高揚感からだろうか……
かなり大量に作ったはずだが、料理はあっという間に皆の胃袋に消えた。ロッタにアルゴという大食漢二人がいたこと、疲れや空腹のせいもあったけど、なにより美味かったからな。ビューだよ。
ふう。腹の皮が突っぱると目の皮がたるんできたな。他の面々も同じなようだ。そろそろ布団に入るとしよう。
(いよいよ明日、王子一家をお出迎えか。ロッタはああ言っていたが、実際は冒険者風情がお目通りするわけでもないだろ。面倒なことは伯とマスター、セインに任せときゃいいさ)
その見通しがシロップをかけた砂糖菓子より甘かったことを知るのは翌日になるのだが、それを知るよしもない俺は、すぐさま眠りに落ちていった。
元冒険者の捕縛
詳細は別作品「元ギルドマスターの手記」9話参照。なお超絶鬱展開なので、苦手な人は読まないように。




