004 絡まれるのはお約束
素材買い取りカウンターは、既に日帰り組の冒険者たちで賑わいを見せ始めていた。
「よっしゃあ! 今夜は久しぶりに朝まで飲むぞ~」
「ふざけんな! この程度の傷で減額はねぇだろ!」
「いや~ラッキー。モンスター同士が戦ってて漁夫の利」
予想外のお宝を手に入れたらしき者、苦労の割に実入りが少なかったと思われる者、悲喜こもごもだ。運も不運も生きるも死ぬも、出世双六は気まぐれな神の振る賽の目ひとつ。これが冒険者の日常なのである。
さて、それはともかくここはドラゴンの死骸を出すには狭い。なのでグラウンドに移動することに。十年くらい前のことだが、俺の誕生日に母さんが仕留めたという巨大なドラゴンなんかもそこで解体されたのだろうか。
もうツッコむのも面倒になってきた野次馬の皆さんをよそに、俺は紙片が貼られた木箱を取り出した。
このお札は使い捨ての魔道具で、箱や袋に貼りつけて用いる。札に付与された魔法によって一時的に中が異空間となり、多量の物資を収納できるのだ。しかも保存中は中身が劣化しない優れもの。
生き物は入れられない、二重使用、つまり魔法で物資を収納した箱をさらに異空間に入れることはできないなどの制約はあるし、収納力も値段によってピンキリだが、冒険者や交易商人の必需品である。
いくつかあるポーチも魔道具だ。こちらはお札ほどの収納力はないものの何度でも使える。容量により価格の差が大きく、俺のは結構いいお値段のやつだが、旅に出る際に母さんが餞別としてプレゼントしてくれた。
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「でけぇ……」
「巨竜なんて初めて見たぜ」
周囲にざわめきが起こった。グレートドラゴンとは国によっては固有の種を指すこともあるそうだが、様々な種の竜が生息するこの国では、体長十メートルを超える個体を指す俗称となっている。いずれにせよ、そう滅多にいるものではないから無理もないだろう。
「それよりあれ! ドラゴンの首、二つあるわよ!」
「斬られてないやつも含めたら三匹だ! 幼竜もいる!」
驚愕の声はなおも続く。それもそのはず、成竜の胴体が一体、無傷のパピーが一体、さらに斬首刑よろしく胴体と泣き別れた生首が、二つ。
番だったのだ。
襲った家畜を全部その場で食べず、森に持ち帰ったと聞いてピンときたんだよ。パピーの方はできれば捕獲したかったが、この大きさまで成長したらもう飼い慣らすのは無理なので、やむなく仕留めた。
どうやら討伐した数までは伝わっていなかったらしいな。査定に当たる職員さんも目をぱちくりさせている。
「こいつは……すごいな。長いこと職員をやってるが、こんな大きなドラゴンを見たのは十年ぶりだよ。そいつも番だった。もっとも翼と手足のないストーアウォームってやつだったがね」
あ、それたぶん母さんが討伐したやつ。
「こりゃあ相当な値がつくぞ……。首の切断面以外は無傷だし、その首が雄雌セットなんて滅多にないからね。ところで、パピーはどうやって仕留めたんだい?」
「首を締めました。母から子守唄がわりに聞かされた伝説に出てくる、ヘラクレスという豪傑を真似て」
見物している冒険者の中には斬り口を観察している者もちらほら。ここを見れば剣の腕がおおよそ分かる。戦士はいいとして、どうみても肉弾戦要員ではない、革鎧をまとった小柄な少女がいるのが意外だった。
と、その時。人だかりの中から、不意に荒々しい声が上がる。
「けっ、んなもんインチキに決まってんだろ! こんなガキがグレートドラゴン討伐なんて、できるわけねぇ!」
「そうだ、王都の騎士団でさえ数人がかりの大物だぜ。第一、傷がねぇのは何でだよ? 毒でも盛ったか? それともドラゴンが心臓発作で勝手に死んだかぁ?」
こいつらは……。たしかさっき、傷がどうの減額がこうのと喚いていた二人組だ。金髪と茶髪の違いはあるが、目鼻立ちは似ているから兄弟かもしれない。
減額に腹を立てての八つ当たりか。本気で言っているわけではなさそうだが、それでもインチキ呼ばわりは聞き捨てならない。ことと次第によっては、俺が喰わせ者でないことをその身をもって確かめてもらうことになるが、さて……
だが面倒ごとが嫌なのはギルドも同じとみえて、職員さんが二人を嗜める。
「またお前らか。やめろ、ギルド内での騒ぎは」
「うっせーな、こんなの日常茶飯事だろ」
「その鎧、勇者を気取ってるつもりかよ。冒険者より役者のほうが向いてんじゃねぇのか?」
「だから止せと言ってるだろう。これ以上騒ぐと処罰ものだぞ」
「へいへい、分~かったよ」
「命拾いしたなぁ? 見かけ倒しの色男ちゃんよぉ」
そう吐き捨てて二人は去っていった。
……当たり前だが、冒険者も色々だな。現役時代の母さんみたいな人もいれば、あんなのもいる。
いや、むしろ前者が例外の部類だろう。資格も求められず、過去も問われない冒険者には荒くれ者も多い。
これがこれから俺が生きてゆく世界なのだ。俺は改めて気を引き締めた。
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ひと悶着あったが手続きは終わった。当面の活動資金には困らない額になったが、それはギルドに預けておく。
そして再び登録受付カウンターへ行き、ギルドカードを受け取る。正式なものはランクに応じた金属製だが、これは能力測定前の暫定カードなので木製だ。
すげえなこの木札は。
角がすり減って手あぶらが染み込んで。五十年は使い込まないと、こうはならないだろう。
まあそれはいい、能力テストについて確認しておこう。
これは依頼を受ける指標となる「冒険者ランク」を査定するもので、体力測定や模擬戦などが行われる。無料で見学できるので、仲間を探す同業者や依頼を出す側の商人、あるいは娯楽として観にくる一般人もおり、屋台なども出てちょっとしたイベントなんだとか。
受付で聞いたが、次のテストは明日だという。ドラゴン討伐の一件で少し日程が狂ったが、ギリギリ間に合ってよかった。
さて、これで今日の用事は全部済んだ。安心したところで腹ごしらえといこう。なにせ朝からほぼ歩きずくめで、少しの携帯食しか食べていない。腹の皮が背中にひっつきそうだ。
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「おー、さすが大都市。メニューが豊富だなあ」
小さな村なんかだと日替わりの一品のみが普通だが、王国第三の都市リンゲックでは事情が違うらしい。人が多ければ体質や宗教の関係で食べられないものも増えるし、他店との競争も激しくなるので、当然といえば当然ではある。
また、体が資本なうえ明日をも知れぬ冒険者にとって、食事はエネルギー補給という意味でも、楽しみという意味でもきわめて重要なことだ。
ギルドもそれを理解しており、腕のいい料理人を雇っているらしい。肉体を酷使する冒険者向けの濃い味付けで、どれも美味い。ビューだよ。
(……ん?)
空きっ腹に食べ物を入れて少し落ち着いた頃、背後から足音が近づいてきた。
数は一人。殺気はない。軽い音からして小柄な人物で、板金鎧は着ていない。
「ねぇ、ここ座っていいかな?」
「君は……さっき買取りカウンターにいた」
声をかけてきたのは、先ほどドラゴンの斬り口を観察していた少女だった。