035 仇討ちの顛末
少年が落ち着きを取り戻し、俺たちの分隊が地上に戻った頃には、全てが終わっていた。
二方向から攻められて潰走(戦意も統制も失って逃げ出すこと)し、残った出口に殺到した賊どもだが、そこには準備万端の本隊が手ぐすね引いて待っている。万一に備えて待機していたロッタやウェンディの出番もなく、リーズの麻痺で無力化されてお縄となったそうだ。
洞窟内からは略奪品も回収された。
身元が分かるものは無償ではないものの返却され、そうでないものは領主がいったん接収、改めて作戦参加者に分配されるとのこと。
味方は犠牲者どころか重傷者もゼロ、軽傷が数名。それも既にフィーネの治癒魔法によって完治しており、完全勝利に皆の顔は明るい。意外にも洞窟内に人質のたぐいがおらず、厭なものを見ずに済んだためもある。
人を拐うと官権の追求が本気モードになると見て、あえて物にしか手出ししなかったのだろうか。それともビランに残っていた、騎士としての最後の誇りと良心だろうか。
まあいい、それはこっちには関わりないことだ。俺たちは作戦の完遂を喜べばそれでいい。
かくして、討伐隊は意気揚々とリンゲックの町に帰還した。
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「結局、ビランはヒデト君に取られてしまったね」
「いや、やはりビランを討ったのはオリヴィエ殿さ。俺は手助けしたに過ぎない」
「生真面目なことだな。確かに厳密にはそうなんだが」
冒険者ギルドの酒場。俺たちは領主の館に招かれた依頼人二人を見送ったのち、マスターに作戦成功の報告をして、さあひと仕事終わったぞと祝勝会兼親睦会の宴を開いていた。
セインとゾイスタンの二人とは、ドラゴンの件でどうなるかと思ったが……期せずして共闘したことで対立関係にはならずに済みそうだ。ある意味これが一番の成果かもしれない。
「どっちにしても、ランク査定に色がつくから損はなかったさ」
「回収された略奪品から報償金も出るしな」
弓使いは間違いなく昇格できるはず。既にBランクのジェイクはどうだろう? 今回に限ればザコしか相手取ってないし。ただ、結構なポイント稼ぎにはなったはずだ。
「む? ところで女性陣はどこへ行った?」
アルゴが周囲を見渡すと、ほどなくその女性陣がテーブルに合流してきた。
「んっふっふ~。私たちはすっっごく得したよ~」
「いやー、冒険者になってから一番の稼ぎだよ。胸当て新調しよっかな」
「これで孤児院の皆に、新しい服とか靴とか本を買ってあげられますわ」
「厨房を改装したいって、お父さん言ってたなぁ」
しかも全員ホクホク顔。いったい何があったのやら。
「なんだよロッタ。すっっごい得って」
「誰が首領を討ち取るか、みんな賭けてたじゃん? 私たち大勝利! 大儲け!」
「あれ? でもヒデトはオッズが……。そんなに儲かるか?」
「いやジェイク、俺は該当しないぞ。とどめ刺してないんだから」
あ、てことはもしや。
「ちっちっち。兄貴ってばニブいなあ~」
「私たちは最初から、オリヴィエ君に賭けてたの……」
「誰がビランと戦うにしても、本懐を遂げさせるためにとどめは譲ると分かってましたからね」
ええ……。
ロッタのやつ、自分で予想屋やっといてこのオチかよ。他の三人もちゃっかりしてんなあ。女とはなんと逞しい生き物なのか。
やっぱ女って怖えーわ。
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そして翌朝。
みごと仇討ちを成し遂げ、乗り合い馬車で王都ロブルーファへ帰還する二人を、皆で城門まで見送りにゆく。
「皆様のお陰で本懐を遂げられました。ご恩は生涯忘れません」
「旦那様も、きっと喜んでおられるでしょう。皆様のご活躍は、王都でも喧伝させていただきますよ」
「なに、仇討ちと逆賊討伐に助力するのは、貴族として当然のことです」
「お父上の名に恥じぬよう、これからも励まれよ」
そう言うセインとゾイスタン。身分をかさに恣に振るまう貴族や騎士が多い昨今だが、この二人はノブリス・オブリージュの精神を持っている。実力だけでなく人格も一目置く必要があろう。それはともかく、俺は小さな木箱を開けた。
「これをお持ちください。新しく作ってもらう暇はなかったので、既製品ですが……」
中身は魔法銀で作られた護符。昨日のうちに皆で金を出しあい、二人に渡そうと買っておいたものだ。派手さを抑えた落ち着きのあるデザインで、魔法文字が刻印されている。
美術品としての価値は俺には分からんが、少なくとも実用品としては、魔法の本場リンゲックで手に入るものの中でも最上級の逸品だ。
「こ、こんな業物を……。受けとれません、ただでさえ十分な報酬を用意できなかったというのに」
「俺たちが受け取って欲しいのです。この護符を目にする度、手に取る度に、今回のことを思い出して欲しいのです。肩を並べて戦った友として」
「そのような……」
少年が声を詰まらせる。その目には涙が浮かんでいた。
「……ならば、ありがたく頂戴いたします。この護符に恥じぬ魔法使いとなるよう励みます」
「従者の私にまでこんなものを。感謝の言葉もありません。きっと家宝として、子孫末代まで伝えますよ」
そして出発の時間がやってきた。
名残惜しい気持ちをよそに、二人を乗せた馬車は朝もやの残る街道の先へ消えてゆく。
俺たちはそれが見えなくなるまで手を振り、その後もしばらく地平線の彼方を見つめていた。
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「ふふ、もともと採算度外視の依頼だったが、大赤字だな」
結局、アミュレット代で収支マイナスとなってしまった。が、なんとはなしにいい気分だ。冒険者は死ぬも生きるも成り行き任せの風来坊、たまにはこんな結末があってもいいさ。
さて、と。今日は一日のんびりするか。昨夜の酒も少し残ってるし。で、ギルドに顔を出すと……
「あ、ヒデトさん。ランクアップの件なのですが……」
受付嬢のおねーさんがあれこれ説明してくれる。要約すると今回の一件で文句無しにCランクに昇格、Bも近いとのことだ。細かい情報は守秘義務がどうたらでよく分からんが、仮に依頼前の貢献度が百、Bランクに必要なのが千としたら、ビランを倒しただけで七百くらいになるらしい。
「と、ところでですね? 話は変わるんですが……そ、その」
「はい?」
「しょ、昇格祝いに……お、お食事でもご一緒にい、いかがでしょうかっ!? 美味しいレストランがあるん、です、よ……」
そう言って受付嬢のお姉さんは、顔を真っ赤にして俯く。恥ずかしそうにもじもじする様が、年上(正確な年齢は知らんけど)なのに妙にかわいい。
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しばらくして、王都からその後の話が伝わってきた。
みごと仇討ちを成し遂げたオリヴィエ殿は、国王陛下から直々にお褒めの言葉をかけられる名誉を賜り、家の給金も加増されることになったという。
また、ビランを討ち取ったことで同世代の中でも一目置かれる存在となり、本格的な魔法の訓練も始めたとのこと。リンゲックは魔法研究の本場だ、いずれ再会する機会があるかもしれない。
従者殿は文才でもあったのか、仇討ちを脚本化して劇団に売り込み、上演されて王都で話題をさらっているらしい。劇作家への華麗なる転身か?
勇者の息子や名門貴族の御曹子をはじめとした勇士たちが、義によって仇討ちに協力して反逆者と戦い、少年はみごと本懐を遂げる……。なるほど、いかにも武勇や騎士道を貴ぶこの国でウケそうな話ではある。
なんでも公演初日には、王家の皆さんも観劇に訪れたとか。
こうした劇はニュースも兼ねているものなのだが、娯楽作品の方向性で誇張されているようで、俺たちは数百人が立て籠る城に殴り込んで無双したことになっているらしい。
ちょっと悪ノリが過ぎませんかねえ。実際にはリーズの予想どおり多少増えてたけど、それでも三十人に満たない人数でしたよ?
そうそう、その賊どもは取り調べののち、重罪の者は処刑、残りは奴隷落ちとなった。おそらくどこかの鉱山か開拓地で使い潰されることになろうが、むろん同情の余地はない。
こうして仇討ち騒動は幕を閉じた。
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ここで少し物語を離れ、エスパルダ王国年代記の記述に目を通してみよう。
著者デルグディアンの記述によると、魔法使いとしての才能を開花させたオリヴィエは、「近代教育の母」リーズ、「シルフォードの爪」セイン、「青の大魔法使い」ジェイク、「魔道具の匠」メイベルらと並び、エレナ・フォン・ハミルトンやジョゼット・フォン・メリローに続く世代の魔法使いを代表する一人として活躍することになる。仇討ちの縁から、弟分的な存在として可愛がられていたらしい。
そしてユリウス王子や、勇者ヒデトの一番弟子エティエンヌとともに人魔戦役の勝利に貢献。戦後は復興に尽力したという。
従者はというと、その後も彼らの活躍を描いた何作かを発表、ちょっとした売れっ子となった。ただし、いささか誇張が多いため、娯楽作品としてはともかく歴史的資料としては、今日においても価値を認められていない。
二つの護符は現在両家から貸し出され、当日実際に勇者ヒデトが使用したと伝わる脇差、フィーネの槌矛、アルゴの兜、セインの留め金などと共にロブルーファ中央博物館に常設展示され、彼らの友情を今に伝えている。




