033 セインとゾイスタン
「待ってもらおうか。その依頼、僕たちが受けさせていただきたいな」
凄腕の剣客ビランと思われる盗賊の討伐依頼。それを譲ってほしいと言うからには、相当な自信があるのだろう。
声の主の片方は、二十歳に満たぬ若い魔法使いであった。
背は俺より少し低く百八十弱。やや癖毛で若干長めの髪は蜂蜜色で瞳はブルー。顔立ちはかなり整っており、美男子の部類といってよかろう。
随所に金糸の刺繍が入った豪奢なえんじ色のローブをまとい、肉弾戦の心得もあるらしく得物は杖でなく剣。首もとにもふもふのついた短いマントを羽織っている。そして金色に鍍金されたその留め金は、シルフォード辺境伯の紋章を象ったものだった。
「僕たち」と言ったからには一人ではない。もう片方は、これまた豪奢な板金鎧に身を固めた堂々たる戦士だ。
背と体格は俺と同じくらい。鮮やかな朱の羽根飾りがついた兜は脇に抱えているので、短く切り揃えた栗色の髪と顎ひげ、灰色の瞳、精悍な、こちらもなかなかの男ぶりといえる素顔が露出していた。歳は魔法使いより少し上で二十代前半か。背中には凧型盾を背負っている。
「ええと……あなたたちは?」
突然現れた二人に、依頼人も面食らったようだ。だが俺は事前に聞いていたし、そもそもこの町に来る途中ですれ違っているので見覚えがあった。
「お初にお目にかかる。僕はセイン・ド・シルフォード。シルフォード家の三男坊で、ここリンゲックで冒険者をしている魔法使いさ」
「えっ! あ、そ、その留め金……! こ、これは失礼を」
「そうかしこまらないでくれたまえ。僕は貴族の生まれといっても、一介の冒険者に過ぎないのだから」
「は、はあ……。そちらの騎士様は?」
「様なんて立派なものではないよ。俺はゾイスタン。騎士と言っても遍歴(武者修行の旅)の身、しがない下級騎士の倅さ。今はこの町で冒険者をしている。立ち話もなんなので、座って構わないだろうか?」
「あ、はい、どうぞ」
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「さて、さっきも言ったとおり、この依頼は僕たちに任せてもらいたい。私事でなんだが、オリヴィエ君が騎士の家柄なのに魔法に向いているというのは、どうにも他人事と思えなくてね」
「それに、首領と思われるビランは相当な凄腕、リンゲック随一の遣い手でなければ厳しいのだろう? なら、自分で言うのもなんだが俺とて候補に入るつもりだ」
なるほど、セインは同じ境遇に共感を覚えたわけか。
一方ゾイスタンの言わんとすることも分かる。彼もひとりの剣士、プライドというものがあろう。だが受付嬢も引き下がらない。
「それを言うならヒデトさんだって……。あなたたちは不在で見てませんでしたけど、模擬戦であの『不倒の巌』に勝ってるんですよ!?」
「誰が最強かはひとまず置いといて、武者修行中の身としては、ビランと思われる相手と戦える機会を逃したくはないな」
話は平行線。さてどうしたものか……。その時だった。
「なに、難しいことはない。こういうときは早い者勝ち。それが冒険者の流儀というものだろう?」
声の主はアルゴであった。身長百七十五センチのドワーフを見て、依頼人も目をぱちくりさせている。うん、分かるよ。俺も初対面のとき絶句したから。
「あ……あなた、は?」
「すまんな、不躾な態度で驚かせてしまったようだ。俺はアルゴ、たった今話に出てきた『不倒の巌』だ。いやなに、立ち聞きするつもりはなかったが、偶然聞こえてしまってな」
「じゃ、この依頼を三人で受ければいいと? 確かに人数の指定はありませんが……」
受付嬢の問いに、アルゴはニヤリと笑って答える。
「四人だ。俺も乗らせてもらう。確かにあの時は負けたが、俺とてリンゲック最強の座を諦めたわけではないよ」
いずれ劣らぬ猛者がしのぎを削る冒険者の本場、迷宮都市リンゲック。その中で戦士部門の三強(フィーネは本人が回復役と言ってるから除外)と目される者が揃い踏みという事態に、周囲の冒険者やギルド職員たちもざわつく。
他のメンバーに意見を求めると……
「私は問題ないと思いますわ。賊が何人いるかも不明ですし、戦力は多くて困ることはありません」
「まあ報酬は首領を倒した人しか貰えないけど、参加者には褒賞金くらい出るだろうし、いいんじゃないかな」
「確かに、フィーネとロッタの言うとおりね。私もそれでいいと思う」
セインとゾイスタンも……
「僕も異存はない」
「俺もだ。この辺が無難な落としどころだろう」
全員の同意を得て、受付嬢がカウンターに向かった。
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最終的には俺のほか、ロッタ、フィーネ、リーズ、アルゴ、セイン、ゾイスタン……さらに話を聞きつけたジェイクとウェンディに、能力テストで同期だった弓使いほか数名の冒険者が参加することとなった。
報酬そのものより、ランクアップ査定に色がつくというのが美味しかったらしい。あとは俺、アルゴ、ゾイスタンが先陣を切るため「アイツらの後ろにいたら安全に点数稼げんじゃね?」というところも。
ともあれ、この一件はあっという間に噂になった。
「竜殺しと銀緑の剣風、さらに不倒の巌がひとつの獲物を取り合いだとよ!」
「賊も災難だねぇ……。あの三人相手なら、領主様の騎士団だって十人、いや二十人でも足りるかどうか」
「ひとつ賭けねえか? 誰が首領をやっつけるかさ」
「面白い、乗った!」
「はいはい予想はこちら~。現在のオッズはこうだよ~」
まったく他人事と思って……いや実際他人事なんだが。あとロッタ、しれっと予想屋やってんじゃねぇよ。
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数日後、リンゲック近郊の山中。武装した人間が四十名ほども集まると、けっこうな威容である。
領主の兵と冒険者たちは、賊に気取られぬよう商人などに変装してバラバラに出発、現地で集合した。全員が合印(敵味方を識別する目印)となる黄色い布を身につけたところで、総指揮官の騎士から作戦が説明される。といってもすこぶるシンプルなものだ。
事前の調べによると、洞窟は山賊やらゴブリンやら歴代の住人によって人工的に拡張されており、本来のものに加えて換気と脱出用の穴が二ヶ所増設されている。つまり出入口は三ヶ所。
なので二ヶ所から同時に突入して内部の敵を殲滅、わざと空けておいた残りの一ヶ所で待ち伏せる本隊が、逃げ出してきたやつらを叩く。実に分かりやすい。
魔法使いが三人いるなら、三ヶ所から魔法を撃ち込めばいいだろと思うかもしれないが、それはできない。魔法で仕留めては仇討ちが認められないという事情もあるが、なにより洞窟の中には雑用や……あまり想像したくない理由により拐われた近隣住民がいる可能性が高いからだ。
こういう拠点には、大規模攻撃されないための人質、いわゆる「人間の盾」がいる……人道的な是非を別とすれば有効な手段であるから。
ともあれ作戦決行が迫り……
「僕と郎党(家臣)たち、ゾイスタン、従者殿が片方から。そしてヒデト君は……」
「俺とアルゴ、フィーネ、ジェイク、そしてオリヴィエ殿がもう片方から突入」
「おそらく洞窟内で首領と遭遇し、俺、セイン、ヒデト、アルゴの誰かが戦うことになろうが、そこは流れ任せの運任せ、誰が討ち取っても恨みっこなし」
「ヒデトとアルゴさんがいますし、ヒーラーの私はサポートに専念しますわ」
「フィーネ、俺のことは呼び捨てで構わんぞ」
いっぽう野外組はロッタらが担当する。
「出口で待ち伏せる部隊には周辺警戒要員の私のほか、遠距離から攻撃できるリーズと、万が一の近接戦要員にウェンディ」
「珍しくフィーネとリーズが別行動なのね」
「……私の魔法だと、狭い洞窟だと味方を巻き込む恐れがある、から」
「それに賊は全員揃って洞窟内にいるとも限らんしな。索敵に長けたロッタは野外組のほうがいいだろ」
「兄貴もぬかるんじゃないよ」
「ああ、分かってる」
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しばらく山中に伏兵し、賊が洞窟内に入ったことを確認したのち、上空に合図の矢が放たれた。
ひゅん。
間髪入れずに俺の矢が飛び、見張りが倒れる。もう一方の出入口も静かということは、そちらに回った弓使いもうまくやったらしい。
「よし、突入!」
分隊長を務める騎士の号令のもと、俺たちは賊の立て籠る洞窟へ足を踏み入れた。




