032 助太刀の依頼と謎の盗賊団
忠告を受けてから数日。幸いにして今のところ大きな問題は起きていない。願わくばこのまま何事もなく日々が過ぎていって欲しいものだ。
さて、朝の冒険者ギルドはやかましい。
当たり前だ。おいしい仕事は早い者勝ちなので、依頼が貼り出される掲示板の前には鎧を着た人間がひしめき合っている。静かなほうがおかしい。
で、俺はロッタ、フィーネ、リーズの「なんとなくつるんでるいつものメンバー」で貼り紙とにらめっこしてるわけだが……
「相変わらず朝は混んでるね~」
「ロッタの背じゃ見えないだろ。おんぶしてやろっか? それとも肩車? お姫様抱っこでもいいぞ」
「ぐぬぬ……」
「ヒデト? それ、下手すればセクハラですわよ?」
「まあ、見えないのは確かなんだけどさ」
「あと、お姫様抱っこじゃ目線の高さはあんまり変わらないと思うよ……」
「すまんすまん、冗談だ。いつもロッタにはやられっぱなしだからな、ちょっぴり意地悪するくらいなら罰は当たらんだろ」
「まったくもう……なんで男の子ってこうなのかなあ」
戯れはこのくらいにして依頼を選んでいると。
「いたいた。目立つ人が二人もいるから分かりやすいわ。ヒデトさん、指名依頼、という訳でもないんですが、あなたに該当すると思われる依頼が来ていますよ」
声の主は、いつぞやマスターと交代して引っ込んだ受付嬢のお姉さんだった。
どーでもいいけど、サムライアーマーの俺が目立つのは当然として、もうひとりは長身のフィーネだろうなあ。あと、周囲の何人かが胸をチラ見してるけど、命があるうちに逃げたほうがいいと思うぞ。
「はい? なんですかそのハッキリしない依頼は」
「ええと、詳しく説明いたしますので、とりあえず酒場のテーブルへ」
そこには二人の先客がいた。依頼人だろう。
歳の頃は十二、三歳くらい、中性的な顔立ちをした小柄な少年と、四十がらみの男性だ。旅塵にまみれてはいるが結構いい身なりをしている。どこぞの若殿とその従者といったところか。
「お初にお目にかかります。騎士エルベールが一子、オリヴィエと申します」
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「仇討ちを兼ねた盗賊討伐の助っ人、ですか」
事のあらましはこうだ。
発端は半年ほど前。王都でエルベールなる騎士が殺害された。彼は領地を持たぬ下級騎士であり、剣術も騎士団の中では平均的なものだったが、決して弱くはない。そのエルベール殿が斬られたのである。
すさまじいのはその傷口で、左の肩から右の腰にかけて、鎖かたびらごと上半身を……驚くべきことに、ほとんど体が切り離されるほどに、まさしく一刀両断されていたという。
同日、エルベール殿と度々いさかいを起こしていたビランなる騎士が逐電(失踪)した。
彼は剣だけなら、騎士団でも上澄みの実力者であった。しかしその腕を鼻にかけて傲慢なふるまい多く、また裏社会との癒着、恫喝まがいの収賄など、黒い噂の絶えぬ人物でもあった。
そのため上級の騎士にはなれず――いくら武勇を尊ぶエスパルダ王国でも、人格が全く問われないわけがない――それがまた荒んだ言動を生むという悪循環に陥っていたらしい。
エルベール殿が殺害された現場の目撃者はいないが、二人の争う声、続いて剣が打ち合う金属音……そして絶叫を聞いた証人は複数いた。下手人はビランでほぼ間違いないと思われる。
彼も領地持ちではないが、給金で数名の食い詰め浪人を手懐けており、それら小者たちも一斉に姿をくらました……。
「限りなく黒に近いグレーですね」
「ええ。なので……」
オリヴィエ殿は、ビランが父の敵とみて仇討ちの許可を求め、認められた。王家からの返答は……
「そもそも騎士エルベール殺害に関与していようがいまいが、ビランが任務を放棄して逐電したことに変わりはない。これは騎士にあるまじき背信行為であり、王家への明確な反逆である。よってかの者を探し出し、エルベール殺害への関与の有無に関わらず捕縛ないし討伐せよ。なお事の真偽を確かめ、エルベール殺害に関与していた場合、仇討ちを成し遂げたと認めるものとする」
とのこと。
さらにこの事件以降、街道に新手の盗賊団が出没するようになった。
一味は盗賊にしては統制がとれており、かつ武具などの装備もかなりの水準にある。そして犠牲者の中には、エルベール殿のそれに酷似した傷のある遺体が散見されたというのだ。
頻繁に拠点を変えるため動向を掴みかねていたが、先日、近郊の狩人から証言が寄せられた。リンゲックの町から少し離れた山中の洞窟を根城にしているらしい。
「確証はありませんが、首領はビランと思われます」
「確かに、失踪の時期や手口から考えて、おそらく」
この報を受け、リンゲックの領主フェルスター辺境伯が盗賊団討伐の兵を出すことになった。が、首領がビランであった場合、伯の兵に取られては仇討ちとならない。よって冒険者に助太刀を求めたい。
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「仮に首領がビランだとしたら、不仲の同僚と刃傷沙汰のあげく逃亡、山賊に身を落とした、というわけですわね」
「つまり、ヒデトにお鉢が回ってきた理由は……」
「ビランの強さだね。話を聞く限り、並の腕じゃないよ」
「ええ。カルロッタさんの言うとおりです」
鎖かたびらは金属の輪を繋げた構造上、突き刺す攻撃にはやや脆いものの、斬りつける攻撃には強い。
それをものともせず一刀両断にしたのだ。人間性はともかく、剣士としては一流といってよいだろう。
「本来なら僕がビランを、いやまだ首領がそうとは決まっていませんが、とにかく敵を討つべきなのですが、僕は魔法は少し使えるものの剣のほうはあまり……」
「どちらにせよ若様はまだ十二歳、大人の剣客に勝てる歳ではありません。従者の私もプロの戦闘員ではないので、賊どもと戦うのは無理です」
かぶりを振る二人。ここで受付嬢がふんすと息巻く。
「というわけで、この依頼はトップクラスの戦士でないと難しいんです! ヒデトさん、あなたはまだDランクですが、それは冒険者になって日が浅いからで、実力的には十分条件を満たしています。それに」
「まだ何か?」
「当家は下級騎士に過ぎません。また、恥ずかしながら路銀(旅費)もかさみまして……」
なるほど、そういうことね。
「皆まで言わずとも結構ですよ」
「受けていただけますか?」
「代わりといってはなんですが、ランクアップ査定は考慮するとマスターが」
カネ以外の報酬か。
「お引き受けいたしましょう」
「いいの? キミなら大丈夫とは思うけど……」
いつになくロッタの歯切れが悪い。確かに傍目には、はっきり言って割に合わない仕事を情に訴えて押しつけたように見えるからな。だがそんなことは二の次だ。
「ああ。金の問題じゃない。精鋭揃いと聞く王都の騎士団でも、凄腕の部類に入るであろうビラン。もし首領がそうなら戦ってみたい。冒険者としてじゃなく、武芸者としてだ」
そう、俺は冒険者である以前に、武者修行中の武芸者。これほどの剣客と立ち合える機会なら、むしろ望むところである。そもそも武士の作法として、仇討ちの助太刀は損得ではない。
たぶん、俺に話を持ってきたのもマスターの指示だろう。母さんと親しいだけあって、俺のことを分かってくれている。ギルドとしても依頼をこなせるし、一石二鳥ってやつだな。
「これは、言ってしまえば俺の私闘だ。だからロッタは関わらなくていい」
「そうもいかないよ。私はキミと組んで、だいぶいい思いさせてもらってるからね。こんな時だけ知らん顔したら、薄情者って噂が立っちゃうじゃない。まあ、戦闘要員としてはあんまり役に立てないと思うけど」
ロッタは参加。リーズとフィーネはどうだろう。
「私も行く。それにロッタがいると心強い。賊は何人か分からないけど、たぶんその辺のならず者を加えて増えてると思う。なら、逃走や新手をロッタが警戒してくれるのは大きい」
「だな。全員まとめてアジトにいるとも限らんし、ロッタは偵察に専念するべきだろう」
「私も協力させていただきますわ。神のご意志にも叶うことですし、回復専門のメンバーもいたほうが安心でしょう?」
(……回復が『専門』?)
俺は心の中でツッコまずにいられなかった。おそらくロッタとリーズも同じだったろう。
その時。別の受付嬢に案内され、二人の人物が近づいてきた。
「待ってもらおうか。その依頼、僕たちが受けさせていただきたいな」




