031 ドラゴン討伐の余波
冒険者とてオフくらいある。その日俺は、土地勘をつけるため一人で街をぶらつき、帰りの通り道がてら、特に用があるわけでもないがギルドに顔を出した。
「あ、来た来た」
「おうヒデト。ちょっといいか?」
「急ぎの用とかないよね? とりあえずこっち来て」
酒場のテーブルでゲームに興じていたウェンディとジェイク、さらにロッタが、何やら俺に用らしい。はて?
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「セインとゾイスタンが町に戻ってきたのよ」
「ゾイスタンは聞いたことあるな。たしか『銀緑の剣風』と呼ばれてる戦士だ。でもセインって誰だっけ? 聞いた覚えはあるんだが」
「まったくもう。初日に教えてあげたじゃない。リンゲックでもかなり腕の立つ魔法使いだよ」
「でも、お前はよく知らんみたいだな。さて何から話したものやら……。シルフォード辺境伯は知ってるな?」
「個人的な面識でなく、どんな家かって意味でなら」
この国の、いやおそらくは大陸の民で、武勇の誉れ高きシルフォード家を知らぬ者はいない。王国の最北端を領地とし、異民族や魔物の脅威をことごとく退けてきた、「北方の盾」と呼ばれる名門だ。万一王家が絶えた際には、新しい王となる資格も持つ。
現当主ハワード・ド・シルフォード卿も優れた人物だが、長男ランディス卿と次男アーネスト卿は父に勝る傑物と噂され、風の精霊を思わせる家名から「シルフォードの双翼」の通り名を持ち、味方からは頼られ、敵からは恐れられている。
ついでに言うと、エスパルダ王国の王位継承候補者とされる三人(権利者は他にもいるが、母親の身分や後ろ楯の貴族の力関係で事実上脱落)のうち、フィリップ王子なる人物の熱心な支持者と聞く。この町の領主フェルスター辺境伯は王子と昵懇の仲なので、この点では協力関係にあると思ってよい。
他の王子が次期国王になったら伯ともども微妙な立場になりそうだが、それは一介の武芸者の俺には関わりないことだ。
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「はいよくできました。で、セインはそこの三男坊で、リンゲックで冒険者をやってるんだよ」
「シルフォード家の人間でありながら、騎士じゃなくて魔法使いだけどな」
「ふむふむ。騎士の家にだって魔法のほうが得意な人くらいいるだろうな。それに、偉い人が武者修行で冒険者やるのもよくある話だ」
「で、その二人が、例のグリーンドラゴンが出た町から戻ってきたの。あなた気ぃつけたほうがよくない?」
セインなる人物とゾイスタンは、先日のグリーンドラゴン出没の報を受け、依頼が出ていたわけでもないのに自発的に討伐に向かったらしい。
「まあ、素材をゲットできればお釣りがくるもんな。それに、依頼関係なく謝礼くらい出るだろうし」
「それもなくはないけどさ、二人のお目当ては名誉なのよ」
「なにしろセインはシルフォード家の御曹司、ゾイスタンだって、そこまでの名門じゃないけど騎士の家柄だからね」
「話を聞いて、やっこさん大ハリキリで飛び出していったよ。『僕がドラゴンを討伐して町の人たちを救うんだ!』ってな」
「立派じゃないか。今時の若い貴族なんて、手下だけ危ない目に遭わせて自分は安全圏で威張ってるだけの腰抜けしかいないと思ってたぜ」
さすがはシルフォード家、格が違うってとこか。
「で、それに同調したのがゾイスタン。セインも十分強いんだけど、それでも魔法使いには前衛がいたほうがいいからね。協力して討伐に向かったんだよ。そもそもこの二人ウマが合うようで、よく共闘してるんだ」
「さすが辺境伯さまの三男坊だけあって、他にも十人くらいゾロゾロ連れてね!」
あ~、ウェンディの言葉で思い出した。こっちに来る道中で、確かにシルフォード家の紋章をつけた一団とすれ違ったぞ。で、その中には豪奢なローブの魔法使いと、ひと目で凄腕と分かる戦士がいた。そうか、あの二人が……。
「でも、ドラゴンはキミがやっつけちゃってた。とんだ骨折り損ってわけだね」
「仕方ないさ、俺は彼らが来ると知ってたわけじゃない」
「そりゃそうだ。でもなヒデト。セインとゾイスタンが二人で、従者も含めたら十人以上で討伐に向かったドラゴン。それをお前は一人で倒しちまった。これって傍目にはどう見える?」
「……伯と対立関係にある貴族とかには、ぶっちゃけメシウマだろうなぁ」
貴族は護衛や雑用のために従者を連れている。むしろその人数が家格を示すステイタスといっていい。セインが何人もの手勢を引き連れていたのは当然のことだ。
だがジェイクの言うとおり傍目には……はっきり言って二人が俺より格下に見える。口さがない者たちが何と言うやら。
となると魔法使いのセインはまだしも、同じ戦士であるゾイスタンにしてみれば、自分は格下じゃないと証明したい気持ちもあるだろう。
な~んか、厄介なことになりそうな雲行き……。
確かに武芸者として、噂の戦士とは一度手合わせしたいとは思ってるけど、それはあくまで腕試しであって、遺恨とかはご勘弁願いたいんだけどなあ。
ま、なるようになるだろ。母さんが好きな歌にもある。先のことなど分からん。
「ありがとう、忠告に感謝する。情報料には足りんだろうが、せめてここは奢らせてもらうよ。好きに注文してくれ」
「おっ、分かってるねぇ! お姉さーん! 注文お願いしまーす!」
ロッタのやつ、初対面の時と同じこと言ってるよ。んでもって相変わらずよく食うこと食うこと。
前から思ってたけど、この小さな体のどこに入るのかねえ。




