003 受付嬢(?)の正体は
「でかいな……」
それが冒険者ギルドの建物を見た第一印象だった。
城塞都市というのはどこも手狭なものだが、その中でも人口密度は随一と言われる迷宮都市リンゲックで、単独の用途でここまで大きな建造物はそうそうないだろう。母さんに連れられて見学にきたこともあるが、こんなに大きかったろうか?
天井の高い二階、一部は三階建てで、入口の上には冒険者ギルドのマーク、盾の上で交差する剣と杖の看板がある。また随所に同じ図柄の旗が掲げられていた。
案内板によれば、一階は登録や買取りなど各種カウンター、依頼が貼り出される掲示板、有事には集会所となる酒場、倉庫、医務室など。外には訓練場となるグラウンドが併設されており、今もかすかに木剣の打ちあう響きが聞こえる。
そのグラウンドの隅には馬小屋がある。母さんは時たまここで寝ていたらしい。たぶん野営の訓練なのだろうが、アンチエイジングがどうたら……。あの人はしばしば思わせぶりな、謎かけじみたことを言うのだ。
二階から上は、一般の冒険者には無縁の場所が増える。俺が利用するのは各種資料を閲覧できる図書室、回復薬や保存食の売店くらいだろうか。
あとはギルマスことギルドマスターの執務室兼応接室をはじめ、事務室や会議室、職員用の食堂に仮眠室、来客用の宿泊室など。これは覚えなくていい。
ドアの前に立つと、中からは酒場の喧騒が聞こえてくる。さすがに少し緊張するな……。だがいつまでも突っ立ってる訳にもいかん、俺はふうと深呼吸をひとつして、ギルドに足を踏み入れた。
━━━━━
「ん? 見ろよ、あの兜」
「半月の飾り……例の竜殺しか?」
入ったとたん、たむろしていた冒険者たちが値踏みするような視線を向けてくる。
どうやら先日のドラゴン討伐が知れていたようだ。別に口止めしていたわけでなし、おかしな話ではない。俺は構うことなく、通り雨で濡れた兜を布きれで拭い、マントを脱いで水滴を落とした。
当然、鎧が露になる。
「まるで勇者ジュリアの色違いだな」
「桜のエンブレムだ。やっぱりアイツが……」
酒場がざわつく。母さんにあやかって異国式の鎧を着ている者はいても、エンブレムまで同じではないのだろう。
はるか東方の戦士「サムライ」のそれを模したものと母さんは言っていた。華美を好まないあの人のと基本的に色違いなので、王国式の豪奢な鎧と比べると、風変わりではあるがシンプルだ。
兜は鉄板を組み合わせた「頭形兜」と呼ばれるタイプで、前立(額の飾り)は母さんの日輪と対になる月……自分はまだ半人前という戒めを込めて半月を選んだ。喉輪(喉元を守る装甲板)つきの面頬(仮面のようなフェイスガード)と合わせると、地肌はほぼ露出しない。
胸当ては一枚板タイプ。防御力を優先したものだが、これでも十分動きやすい。左肩から右腰にかけて襷掛けにした革ベルトに収納魔法のポーチを装着し、右胸上部には小物の携帯に便利なカラビナがある。
腕部は頭や胴体に比べると命に直結する度合いが低いため若干軽装だが、籠手はパンチ力を増強する鈍器ともなるため頑丈で装甲も厚い。
手持ちの盾は持っていないが、その役目は左の肩当てが果たす。描かれた桜のエンブレムは母さんと同じだ。
右の肩当てと草摺(スカートアーマー)は横長の金属板を紐でつなぎ合わせたもので、十分な可動範囲がある。佩楯(太ももを守る防具)は革に五センチ四方ほどの金属板を多数縫いつけたもの。
脛当ては膝当てと一体のシンプルなタイプで、靴の爪先も安全靴よろしく鉄板で補強されている。踵には乗馬用の拍車もついているが、旅の間は出番がなかった。
「はん。勇者を気取ってるつもりかねぇ」
「でも勇者様は子連れだったんでしょ? もしかして」
ビンゴだよ、革鎧のおねーさんに女魔法使いさん。俺がその子供だ。それにしても暇人かあんたら。
メインの武器は槍だ。柄の長さは二メートル強、大身(長さおよそ六十センチ以上)の穂は両側に刃が突き出た十文字槍と呼ばれるもので、片方が上に、もう片方が下に曲がっている「上下鎌十文字槍」という珍しいタイプ。厳密には下がり鎌のほうは殺傷力を抑えるため刃がないので、変形十文字槍ということになる。
背中には大太刀、左の腰には太刀。さらに脇差に短刀、飛び道具として短弓も。本物のサムライは長弓を使うそうだが、同時に装備できるサイズはこれが限界だった。
さらに、母さんが「シュリケン」と呼ぶ様々な形の投げナイフ、あげくの果てには「マキビシ」なる地面にばらまく罠や、目くらましの煙玉まで持っている。
武者修行に出る際、餞別として母さんが用意してくれたものだ。もっとも半人前の身ゆえ品質は母さんのより落ち、普及品より少し上等な、まあ中級品といったところか。
これが俺の基本装備となる。ロングボウなど他の武器は魔法の収納ケースに分散して入れてあり、必要に応じて変更するのだ。
「すげー重装備だな」
「全部使いこなせるのか?」
野次馬さんよ、心配無用だ。母さんの修行は伊達じゃない。
おっといけない。早くカウンターに行かないと、新規登録の受付時間が終わってしまう。顔を隠したままというのもなんなので兜を脱ぐと、またぞろ周囲がざわつく。
「あ、別に仮面で素顔隠してるとかじゃないんだ……」
「髪も瞳も真っ黒なんて珍しいな」
「ていうか、むっちゃイケメンじゃん! あたし狙っちゃおうかなぁ!?」
だから暇人かよあんたら。
━━━━━
さて、新規登録の申請をしたまではいいのだが。
「あ、その鎧、桜のエンブレム……すみません、担当の者と代わりますので、少々お待ちください」
そう言って、受付のおねーさんが引っ込んでしまう。はて? 担当じゃないならなぜカウンターにいた? よく分からん。
「お待たせしました。私が担当させていただきます」
「あなたは……」
代わって出てきたのは、見た感じ五十歳ほどの小柄な女性だった。受付嬢ならぬ受付おばさんだ。
お洒落なメガネをかけ、デザインこそシンプルだが生地も仕立ても上等なローブをまとっている。ゆるやかに波打つ艶やかな銀髪が、衣装の淡い青紫によく映えていた。
子供の頃だが、何度か会ったから覚えている。この女性は……
「お久しぶりです、ハミルトンさん。もしかして、まだあなたがギルドマスターを?」
「やっぱり、あなただったのね、ヒデトくん……」
向こうも俺を覚えていてくれたらしい。眼鏡の奥で、ライトブルーの瞳が少し潤んでいる。
「うふふ、忘れてたなら驚かせようと思ってたのに、失敗しちゃったわ。ええ、相変わらず私がマスターよ。そろそろ引退してゆっくりしたいんだけど、なかなかそうもいかなくてね」
そう言って、受付おばさん改めギルドマスターのハミルトンさんは微笑む。
エレナ・ハミルトンさん。
母さんとは二十歳ほど離れているが、公私ともに親しかった人だ。子を持つ母親の先輩として、育児の相談にもよく乗ってくれたらしい。
冒険者ギルドのマスターというと強面の中年男性を連想しがちだし、事実そういうところが多いと聞くが、ここリンゲックでは長いことこの人が務めているそうだ。
なんでも元宮廷魔法使い、それも結婚のため退職しなければ次期団長は確実と言われた超エリートで、ダンジョンから魔道具を発掘する冒険者と、研究する魔法使いとの仲介役として、先代の領主から直々に要請されたとか。
「それにしても、なぜギルマスともあろう方が新参者の対応なんぞを?」
「正直、大切な友人の息子さんだから特別扱いしてるってのがゼロとは言わないわ。でも一番の理由は、ギルド側の都合でなんだけど、受付の女の子たちが皆あなたの担当をやりたがったのよ。で、喧嘩になるくらいなら私が、ってわけ」
綺麗な字ですらすらとペンを走らせるハミルトンさん――いや、もうマスターと呼ぶべきか――は、昔はさぞやモテたであろう美人であり、所作も落ち着いて品があったが、その立ち居振舞いには一分の隙もなかった。年齢的にスタミナは衰えているだろうが、短時間に限れば今でも相当な強者のはずだ……。
敵でもないのにそんなことを考えてしまうのは、武芸者の性というものだろうか。いずれは模擬戦かなにかで、一手のご指南を願いたいものである。
「彼女が現役だった頃が、つい昨日のことのようだわ。あなたも大きくなったわね……。はい、確かに登録は受け付けたわ。能力測定がまだだからランクはないけれど、たった今からあなたは冒険者よ。ようこそわがギルドへ。あなたの活躍に期待しているわ。ギルマスとしても、私個人としてもね」
━━━━━
そうこうするうち、別の職員さんがやってきた。何やら急ぎの案件らしい。
「ごめんなさい、今日はちょっと書類仕事がたて込んでて、ギルドカードの発行には少し時間がかかるわ」
「問題ありません。その間に素材買取りとかやることもあるし。たしかカードがなくてもできましたよね?」
「ええもちろん。冒険者以外の方から買い取ることもあるからね」
てなわけでマスターの後ろ姿を見送り、素材買取りカウンターへ向かう、のだが……
「おい見ろよ、アイツ噂の剣士じゃね?」
「なんか買取りカウンター行くみたいだぞ」
「例のドラゴンか? ホントに噂ほどなのかねぇ」
また野次馬が増えてるよ。このギルド、暇人多すぎじゃない?
【別作品の宣伝と警告】
ギルマスは別作品「元ギルドマスターの手記」の主人公です。逆にヒデトはそっちだと脇役。なおこの短編集は鬱展開のオンパレードですので、主人公最強系が好きな方にはお勧めしません。