027 第2章エピローグ(アニス王女視点)
王都ロブルーファのほぼ中央にある王城には、ほとんど毎日のように内外各地から貢ぎ物が届く。
大抵はその地方の特産品や金銀財宝が定期的に送られてくるのだけど、たま~に、討伐された珍しいモンスターの素材が献上されることもある。王侯貴族の礼装用衣装にするのだ。
魔物の毛皮などで作られた衣装をまとうのは、人がそのモンスターの上に位置するという儀礼的な意味があり、貴族の皆さまは爵位によって素材にするモンスターの種類が決まってる。とくに、魔獣の王者ドラゴンの素材を使っていいのは、王家とひと握りの名門貴族だけ。
で、私はそれらが届いたと聞くと見に行く。
もしかしたら勇者ジュリアさまみたいにすごい戦士がどこかにいて、そのかたが私の運命の人かもしれませんものね!
わがエスパルダ王国は、その名のとおり剣によって建国されただけあって武勇を尊ぶ気風が強く、強い騎士さまや、強大な魔獣を討伐した冒険者の方々は、王都でも噂になる。
彼らはヒーローでありアイドルなのだ。貴族令嬢が三人集まれば、誰が「推し」かの議論が始まるくらいには。
なので、チェックは乙女のたしなみなんです! まあユリウスは例によって、家臣に欲しい人物を探してるのかもしれませんけど。
「姫様? もうすぐお勉強のお時間ですよ」
「あとで! なんかすっごいモンスター素材が献上されたらしいんです! 見学だって勉強ですよね?」
「仕方ありませんねぇ。まったくもう、いつになったら落ち着きが出るのやら……」
教育係と護衛隊長を兼任するジョゼットは呆れ顔。
ともあれ、私は彼女と一緒に倉庫に向かった。
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「これは驚いたな。番のグレートドラゴンの首など、滅多に見られるものではないぞ」
「しかも首の切断面以外は無傷です。どうやって倒したのでしょうね?」
あら、お父さまとユリウスも来てたみたい。
二人の視線の先には、巨大なグリーンドラゴンの生首が二つ。さらに、その頭をつけたら軽く十メートルを超える首なし死体が一匹と、無傷の幼竜……死んでますよね? いきなり起き上がったりしませんよね? それが一匹。衛兵さんの説明によると、いずれも迷宮都市リンゲックを統治するフェルスター辺境伯からの献上品だという。
これには私やユリウスはもちろん、お父さまとジョゼットもビックリ。
それもそのはず、ここまで大きなグリーンドラゴンは滅多におらず、記録上最大級の個体とのこと。首は王宮の部屋を飾り、体は衣装とか、外国の要人を迎える晩餐会のメインディッシュになるのだろう。
竜の剥製を飾り、その素材で作られた衣装を着てドラゴンステーキでもてなすことで、「わが国にはこんなドラゴンをやっつける強~い騎士がいるんですよ!」というアピールをするわけですね。そうやって外交を有利に運ぶんだとか。
ちゃんと勉強したから知ってます! えっへん!
「そういえば先日、近隣の男爵からもグリーンドラゴンの首なし死体が献上されました。大きさ的に、この生首のどちらかですよね?」
「だろうな。なぜ頭と胴体が別々のところから贈られてきたのかは知らんが……おや、フランツからの手紙が添えられている。討伐したパーティの名前でも書いてあるのかな」
お父さまはフェルスター辺境伯のことを、公式の場以外では「フランツ」と呼ぶ。ひとつ年下の伯とは幼い頃からウマが合い、一緒に武者修行の旅をしたらしい。私やユリウスが生まれる前のことだ。
「……なんと!」
「どうなさいました、フィリップ殿下。リンゲックで何かあったのですか?」
珍しく心配げなジョゼット。リンゲックで冒険者ギルドのマスターをしているというハミルトンさまは宮廷魔法使い時代の先輩で、今も交流があるというから無理もない。
「おおジョゼットか。それにアニスも。安心しなさい、トラブルとかではないよ。いや、手紙の内容はこのドラゴンを討伐した者のことなのだが……たった一人の若い武芸者とある」
「えっ」
見事にハモる私、ユリウス、ジョゼットの三人。
(こんな大きなドラゴン、それも二匹を一人で!? まるで騎士物語の騎士さまや、勇者ジュリアさまみたい……)
「それは驚きですね。それほどの使い手など、わが騎士団にもいるかどうか」
「宮廷魔法使いにもです。一匹ずつならともかく、二匹同時なら全盛期の私でも無理でしょうね」
はうう。私だったら瞬殺ですね~。
「なんでも、フランツは商人に変装してその武芸者の試合を見たらしい。で、誇張はあるかもしれないがトップクラスの戦士を圧倒し、その後急遽組まれたハンデ戦でも、数的不利を覆して勝利したとのことだ」
すごいですねえ。ふつう一試合でバテバテなんですけど。
「しかもその若者というのがだ、三人とも驚くなよ、あの『桜花の剣士』と、時に『子連れ勇者』とも呼ばれていた勇者ジュリア様、彼女が育てていたまさにその子だというのだよ」
「ジュリアさまの!?」
「僕が生まれる前に、お祖父様を救ってくれた勇者……」
「なるほど。勇者様のご子息ならば」
その武芸者ヒデトさまは、グレートドラゴン二体のうち一体を町に寄贈し、残りをリンゲックの冒険者ギルドで売却したという。男爵と伯はそれを買い取って献上品にしたのだ。
こんなドラゴンならすごいお値段ですよ! それを被災者の皆さまのためにタダであげるなんて! 今時の騎士に見習ってほしいですね!
手紙には特に誰だけにとの断りはなかったので、私たちも読ませてもらった。
ヒデトさまはジュリアさまを意識してか、白に対して黒い鎧、兜の飾りも日輪に対して月というように、対になるような武具を愛用しているらしい。エスパルダ人には滅多にいない黒髪黒目で、筋骨たくましい偉丈夫。
しかも……ここ重要! ものっすごい美形なんですって!!
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講義にはまるっきり身が入らず、ジョゼットに叱られてしまった。でも仕方ない、こんなにも心を動かされることがあった直後なのだから……。私は悪くない。たぶん。
その後なんやかんやの予定を終えて部屋に戻った私は、疲れた体をベッドに横たえて、ふう、とため息をついた。
私はまだ見ぬ勇士を想像した。せずにいられなかった。
巨大なドラゴンを打ち倒す強さ、高価な素材を独り占めせず、被害を受けた町に提供する慈悲深さ。どちらも今時の軟弱な騎士たちにはないもので、エスパルダ人の古典的価値観における「白馬の騎士」の典型だ。鎧は黒いらしいけど。
しかもお祖父さまの命の恩人である勇者さまのご子息で、威風堂々たる美丈夫というではないか。
一風変わった名前も印象的。なんでも、東方の異国ではありふれているらしい。実際にそこの生まれかはともかく、生粋のエスパルダ人ではないのかもしれない。
勇者さまに育てられ、その技を受け継ぐ美青年。
たった一人で二匹のドラゴンを倒し、町を救った漆黒の騎士。いや騎士じゃないけど。
そして、おそらくは遠い東方の血を引く異邦人……
なんというか、謎めいた魅力を感じる。
(どんな人なんだろう? きっとステキなんだろうなぁ)
これまでは漠然とした理想の騎士さまをイメージしていたけど、今は違う。
私は想像(妄想?)の中で、ヒデトさまの太い腕に抱きしめられる。
私も抱擁を返す。代役を枕に務めてもらいながら。
厚くたくましい彼の胸板。ごつごつして堅いのに、どうしてこんなにも心が安らぐの? まるで、心も身体も溶けあって、お互いに染みこんでひとつに混じりあっていくみたい。ああもうだめ、全身の力が抜けて、立っていられません……
力なく崩れ落ちそうになる私を、ヒデトさまはグイと抱き寄せる。
私は目を閉じる。そして……。
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「むふ~。これは運命の人が見つかったかもですよ~。うふ、うふ、うふふ……」
「姫様? そろそろ夜のお祈りのお時間ですよ。戻ってきて下さいまし」
「ほえっ?」
傍らにはジョゼットと、王女近衛隊の女性騎士がいた。どうやら、また妄想に夢中で生返事してしまったらしい。
あ、その生暖かい眼差しやめて。お願いだから。




