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026 未来の勇者がここにもひとり

「それはそれは。無事に初陣を飾れて何よりでした」

「ええ。フィーネには、何度も助けられました」


 教会に隣接する孤児院の食堂。俺たちは先日の報告を兼ねて、院長先生や子供らとお土産の茶を飲みつつ歓談していた。


「そうよね! フィーネお姉ちゃん、強いもん!」

「うふふ、でも、このお兄ちゃんはもっと強いですわよ?」

「ヒデトは今やギルド最強と言われてるからね~」

「ときに院長先生、僧兵としての訓練を受けているのはフィーネだけなんですか?」

 これは武芸者として知っておきたい。


「いえ、この教会のシスターは、私を含めて全員がある程度の戦闘技能を持っていますよ。神の教えを守るには、悲しいかな武力が必要な場面もありますから。そうですね、先日の模擬戦でフィーネが倒した兄弟くらいになら、全員が勝てると思います」


 ええ……

 あの二人そこそこ強いんだろ? シスターズ怖えぇよ。


 ━━━━━


 話は次第に、フィーネが冒険者になった理由へと移ってゆく。


「私は生まれてすぐ母を、四年前の大火たいかで父を亡くして、それから孤児院に引き取られたんです。孤児たちは成人すると巣立っていくわけですから、私は教会でシスターをするか、修行の一環でここを出て神の教えを広めるかの選択を迫られました」

 四年前の大火は聞いたことがある。人口密度が高く狭い路地が入りくんだ町だけに、甚大な被害が出たと。


「そして、悩んだ末にフィーネが選んだのが冒険者だったのです。彼女は常々『不遇な子供らに充分な衣食住と教育を』と言っていますが、とてもお布施だけでは足りませんから」

 院長先生が言葉を継ぐ。確かに、日常生活ならともかく高度な教育となるとな……。そういやリーズは「そんなフィーネを支えたい」と言ってたっけ。

 ロッタが冒険者になった理由は知らないし詮索することでもないが、一人だけ置いていかれた気分だ。俺が冒険者になったのは、ただ漠然と武者修行に出ただけだからなぁ。


「でも、そんな私を見て育っているからでしょうか……ここを卒業したら冒険者になる、なんて言う子もいるんです」

 フィーネの言葉に、何人かが声を上げる。


「そう! あたしリーズお姉ちゃんから教わって、もう魔法使えるんだよ! いつかは冒険者になって、お姉ちゃんとパーティを組むんだ」

 ふんすと息巻く赤毛の少女。見た感じ十歳くらいなので結構すごい。師匠リーズの教え方がいいのだろう。


「俺も、少しだけど治癒魔法使える。いつかは聖地の巡礼に行く人たちの力になりたい」

 まだヒゲはないが、ドワーフの少年が答える。


 そんな感じでそれぞれの夢を語る孤児たち。

 聞いてて思ったのだが、冒険者志望の子は総じて一攫千金や成り上がりといった個人的な栄達より、宗教的情熱や社会への貢献を重んじている印象だった。院長先生の薫陶くんとうたまものだろう。


 皆まだ幼いのに、どうしてそんなにクールなの。立場がますます悪くなる。

 そんな子供らの中に、妙に歯切れの悪い少年がひとり。


「僕は……えっと」


 たしか名前はエティエンヌといったか。亜麻あま色の髪ととび色の瞳、まだあどけないがなかなかの美男子だ。しかしその体は引き締まっており、服の上からでも鍛えられているのが見てとれた。また、手のひらが硬くなっているのが分かる。

 俺もそうだがあれは剣ダコだ。とするとこの子も冒険者志望か? 見たとこ十二、三歳、そろそろ将来を具体的に考えねばならない頃だ。


「ん?」

「あ……エティエンヌは、その」

「どったのリーズまで。いや、無理に言う必要はないけどさ」

 そんなロッタの言葉に、彼は眼差しを上げて答えた。


「僕は、叶うことなら騎士になりたい。もちろん、孤児の自分には無理だと分かっていますけど」

 騎士か。男の子が憧れる職業の定番だな。


「やる前から諦めることもないだろう。事実、冒険者から騎士団に取り立てられたり、平民から騎士になった前例はある。それに、院長先生の義弟おとうとさんは男爵なんだろう? 口利きしてもらって奉公に上がるとかの選択肢もあるんじゃないか?」

「……残念ながらそう上手くは。義弟は男爵といっても貧乏貴族ですので」

「あー、その、なんかすみません」


 まずいなあ、空気が重たくなってしまった。神妙な顔つきはフィーネも同じだ。


「それに、騎士になるなら剣や槍を使えないといけませんし、乗馬だって必須の技能ですものね。でも私たち僧侶は戒律の都合で刃のある武器は使えませんし、貧乏所帯には馬も高嶺の花。ですからそちらの稽古はつけてあげられないのですわ」

「孤児の身じゃ道場に通うお金もないし。だから冒険者ギルドのテストは欠かさず見学に行っているんです」

 そうだ、思い出した。確かにエティエンヌはあのとき観客席にいた。


「そっか……」


 ほんの些細な思いつきだった。単に話の流れで何の気なしに言っただけだった。

 だが、何気ない一言が、時に良くも悪くも一生を左右することだってある。そう言ったのは誰だっただろうか。


「ならせっかくだから、お昼休みの後、食後の腹ごなしも兼ねて俺が剣や槍を教えようか? 俺の流派は王国の古式剣術とは違うが、少しは参考になるかもしれん」


 ━━━━━


 俺とエティエンヌは、院長先生らの立ち会いのもと広場で向かい合う。物珍しさからか参拝客や近隣住民も見物していて、ちょっとした人だかりだ。


「さあ、いつでもかかってこい」

「はいっ! お願いします!」


 カーン、カーン。

 広場に、棒が打ち合う乾いた音が響く。一合、二合。

 十合も剣を交えるうちに、俺は驚愕を覚えていた。


 エティエンヌの天賦てんぷの才にだ。


 むろん現時点では、体力も技量も俺とは比較にならない。

 だがその剣筋には、間違いなく武神の寵愛を受けた者だけが持ちうる輝きがあった。惜しむらくは正式な訓練を受けていないため、一太刀の鋭さに比して戦いかたが稚拙なことか。


(だが、そこはこれから伸ばせる。まさかこんな下町の孤児院に、これほどの逸材が埋もれていたとはな……。研鑽を怠らず、大きなケガもせず伸びれば、冒険者でいうところのAランクは確実、Sランクも十分視野に入る)


 エティエンヌは何度剣を払われても諦めず、体力の続く限り打ち込んできた。

 才能ある者だからこそ甘やかしはしない。俺はそれを全て、実戦なら致命の一撃となるであろうカウンターで返す。もちろんこちらからも打ち込む。


 そうやって攻防を繰り返し、ときおり小休止を兼ねて改善点を説明する。と、たちまち彼の動きは変化を見せはじめた。


 なぜ自分の剣が当たらないのか。

 なぜ俺の攻撃を防げないのか。

 ならどうすればいいのか。


 ただ言われたことだけを行うのではなく、自分なりに考えて実践し、返し技の恐怖を押し殺して打ちこんできている。この短時間のうちに、独学では体得できないものを掴みかけている!

 パワーやスピード、技の切れももちろん重要だが、実戦でもっとも生死に直結するのは判断力と度胸、そして精神力だ。その点においても、この少年の才は非凡なものがあった。


 やがてエティエンヌは体力の限界を迎える。年齢を鑑みると十分すぎるスタミナといっていい。


「はあ、はあ……ま、参りました。ありがとうございました」

 俺も礼を返す。見守っていた院長先生や近隣住民からは暖かい拍手が起こった。


 ━━━━━


「今日はすごく勉強になりました。やっぱり独学には限界がありますね」

「まあな。剣は相手あってのことだし。だから……もし嫌でなければ、俺が週イチくらいで教えにこようか? さっきも言ったように俺の剣術は騎士のそれとは違うが、王国式の剣を知らないわけではないし、少なくとも無駄にはならないと思う」

「え?」

 エティエンヌの目が一瞬輝くが、それはすぐに落胆の表情に変わってしまった。院長先生が言葉を継ぐ。


「その申し出は大変ありがたいのですが……見てのとおり、この教会に余裕はないのです。ドラゴンを討伐したあなたの指南に見合う謝礼など、とても用意できません」

「そんなものはいいんです。寄進の一環と思ってください」


 そうだ。これは金の問題じゃない。俺の私情だ。

 俺が見てみたいんだ。この少年の剣が、どこまでの高みに到達できるのかを。


 母さんは「人の運命なんて分からないものよ、私が敵になる可能性だってあるんだからね」と言っていたが、それこそ賽の目次第では、いつかエティエンヌと真剣で立ち合う日が来るかもしれない。俺が敗れ、斬られることもあるだろう。


 それならそれでいい。


(自分より強い戦士を己の手で育て、その刃に倒れる。それはある意味で、剣客けんかくの本懐じゃないか……)


 そんな俺の胸中を知るよしもないであろうエティエンヌが、今度こそ瞳を輝かせる。


「は、はい! よろしくお願いします! 師匠っ!」

「師匠か……。なんか照れるな。俺だってまだ半人前なんだぜ?」


 こうして俺に、初めての弟子ができた。


 ━━━━━


 ここで一旦物語を離れ、エスパルダ王国年代記の記述を追ってみたい。


 エティエンヌは後に、十文字槍と両手用の片刃剣を主力武器とする勇者ヒデトのファイトスタイルと、両刃の片手剣と盾を併用する王国古式剣術の中間的な独自の剣法を確立、エスパルダ王国の武術史に名を残す。


 年齢的に王位継承戦争で戦うことはなかったが、第一次人魔戦役で初陣を飾り、成長して迎えた第二次人魔戦役ではエース級の活躍を見せた。偶然戦う機会を得ただけながら、八騎将をふたり討ちとったのは彼だけ(残りはヒデト、アルゴ、セインとゾイスタンが二対二の対決で一人ずつ、魔法使いオリヴィエ、ユリウス王子の六人)なのである。今日でも、騎士物語や演劇の主人公として人気が高い。


 戦後は復興に尽力する傍ら、自らの流派「新月流」を興し、後進の育成に当たった。その名称は師匠ヒデトの兜飾りが半月なことにちなみ、己はさらに未熟であるとの戒めという。

 だがこの流派は、のちに王都の剣術界において王国古式剣術、そしてヒデト(正確にはその母ジュリア)の桜花おうか流と三つ巴の勢力争いを繰り広げ、数多の剣客が死闘を展開する……が、それはエティエンヌらが世を去ってからの話だ。


 また、マノン院長の教え子にふさわしく高潔な人柄から「騎士道精神の体現者」と呼ばれ、フィリップ3世、代替わりしてからはユリウス1世の忠臣として王国に貢献。勇者の後継者と呼ばれることになる。


 無論、この時点でその運命を知る者は誰ひとりとしていなかったのだが。

セイン

本編未登場。名門貴族の御曹司で、優れた魔法剣士。


ゾイスタン

7話で名前だけは出てきたが本編未登場。「銀緑ぎんりょく剣風けんぷう」の異名をもつ戦士。


オリヴィエ

本編未登場。エティエンヌやユリウス王子と同い年の魔法使い。

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