024 ゴブリンをボコるのはお約束
いよいよダンジョンでの初戦闘。冒険者としてのデビュー戦だ。
敵はゴブリン、数は六匹。揃いも揃って耳障りな金切り声を張りあげながら突撃してくる。
「来たよ! 通常戦闘隊形!」
「応ッ!」
ロッタの号令のもと、俺たちは事前の打ち合わせどおり陣形を変更。
今回の隊形は文字どおり戦闘時における基本的な配置で、槍を持ちリーチの長い俺が右の前衛、左手に盾を装備するフィーネが左の前衛。中央にリーズはそのまま、最後尾では索敵能力に長けたロッタが周辺を警戒しつつ指示を出す。
ちょうどリーズを中心に時計回りの格好だな。いちばん体力のない彼女が動かずに済むのと、あとの三人が一回の移動で素早く隊列変更できるのが利点だ。
なお陣形は複数あり、相手によっては俺が最後尾から弓で援護したり、ゾンビなどの不死モンスターを土に還す解呪、もしくはターンアンデッドと呼ばれる技術をもつ僧侶のフィーネが安全圏に位置することもある。
それはそれとして……
リーチにはリーチと考える程度の知能はあるようで、槍を持ったやつ二匹が俺に向かってくる。
そして同時に突きをくり出してきた。素人ならビビって硬直するかもしれないが、武芸者である俺はもちろんそうではない。
(見え見えだ。しかも遅い)
俺は片方の槍に十文字槍の鎌を引っかけるようにして動きをコントロールし、そのまま横に逸らしてもう一方の槍の下に潜り込ませ、勢いよく上方に跳ね上げる。
縦方向の力は、横から力を加えられるとあっさり向きを変える。ゴブリンどもの手から槍がすっぽ抜け、二匹はバンザイの姿勢で棒立ちとなった。
「ふっ!」
その隙を見逃すわけもなく突きをくり出すと、俺の槍は容易く敵の喉を貫き、首の骨が……折れる? 砕ける? 切り離される? とにかく破損する感覚が伝わってきた。
穂先で気管が塞がったのだろう、くぐもった断末魔を上げるゴブリン。うるさくなくて助かる。相方が瞬殺され、もう一匹はそれこそビビって硬直したままだ。
突いた勢いでゴブリンAが後方に飛ばされ、穂先が抜ける。俺は間髪入れず抜いた槍を下段に移行させ、横の鎌を相手のアキレス腱に引っかけるように勢いよく引いた。するとゴブリンBは、まるでバナナの皮を踏んづけて転ぶ演技をする喜劇役者のように盛大にすっ転ぶ。
これが十文字槍ならではの戦法だ。
もちろん直接突いたり、なぎ払うように斬ったりもするが、引いたときに横に出ている刃で相手の首筋を後ろからかき斬ったり、足を払って転倒させたりするのである。流派によっては「突き三、引き七」という格言があり、むしろこちらの方を重視すると聞く。
相当な熟練を要する、さらに言うなら俺の槍は横の刃が片方は上に、もう片方は下に曲がった「上下鎌十文字槍」という複雑なタイプでさらに扱いが難しいが、使いこなせれば変幻自在の戦いができるこの武器を俺は気に入り、師匠でもある母さんにせがんで様々な技を教えてもらったものだ。
もっともその母さんは薙刀を好むんだけどな。もちろん俺の師匠だから槍も俺以上に遣うのだが、多数をまとめてぶった斬るのに適しているからとのこと。単独でやっていたためだろう。
あとサムライの祖国である東方において、薙刀は女性の武器として定番なんだとか。割と格好から入るタイプなのかもしれない。
ごつん。
嫌な音を響かせてゴブリンBが後頭部を強打。ド素人レベルだな、顎くらい引けよ。もう意識はないだろうが、一応グサリとやってトドメは刺しておく。
残る四体も、俺たちの敵ではむろんなかった。
無謀にもフィーネに向かったアホは……
「おらぁっ!」
彼女が手にしている槌矛しか頭になかったのだろう、がら空きの腹にカウンターのキックを食らってふっ飛び、後ろにいたお仲間と二匹仲良く転がってゆく。
巻き添えになったやつは地面にぶつかった時に折れたのか、首が変な方向に曲がっていた。一方蹴られたやつはと見れば、皮膚を突き破って破裂した内臓と折れた背骨が飛び出している。どちらも即死だ。
甘いな。武器を持った相手が、必ずその武器で攻撃してくるとは限らないのに。それにしてもフィーネ、いつもの上品な口調はどこへ?
「やぁっ!」
最後尾から投げられたロッタのナイフが、正確に残る二匹の太股をとらえる。彼女は短剣のほかに投げナイフも使い、本職の戦闘要員とまではいかずとも、なかなかどうして侮れない腕を持っていた。左利きなのでやりづらいのもポイントだ。
「トドメはお願いね」
ゴブリンは足をやられてもう動けないが、念のためリーズの催眠の魔法が炸裂した。
麻痺などもそうだが、無力化系の魔法は強力なモンスターには効き目が薄い。いわゆるザコ専魔法なのだが、こいつらはそのザコだ。熟睡というよりは意識朦朧といった感じで二体が動きを停止する。
火球を使うと、ナイフが焼けてダメになってしまう。加えて、スリープは消費魔力も少ない。なので攻撃魔法でなくこちらを使ったのだ。彼女には瞬時にそこまで考える冷静さがある。
「了解。ゴブリンども、そのまま寝てろ。永遠にな」
そして俺が安全圏からグサリ。
こうして俺のダンジョンデビュー戦は終わった。
最低ランクのザコモンスターとはいえ、誰ひとり攻撃を受けることなく敵を全滅させる完全勝利。幸先のいいスタートと言ってよいだろう。
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「よし、これで全部、っと」
忘れちゃいけない戦後処理。ゴブリンどもの息がないのを確認してから、討伐証明部位――これは人間の戦でいう首級に相当し、ギルドに持っていくと人類の敵を討伐した褒美としてモンスターの強さに応じた賞金が出る。もちろん素材になる種なら収納魔法のお札で丸ごと持ち帰るが――となる耳を切り落とし、短剣などを回収したら放っておく。
モンスターの死骸は、種類やダンジョンによりまちまちだが他の魔物の餌になったり、魔力の結晶になって消失したり、魔界や精霊界といった異世界に戻ったりといった具合に、とにかく再利用されるのだ。それをもとにまた新しいモンスターが生まれ、俺たちの収入源は維持されてゆくという寸法である。
その後も探索は順調に続く。幸いにしてフィーネの回復役としての出番はない。
そして最奥部に到達した俺たちは、他の冒険者たちと一緒に鉄鉱石を採取してゆく。
この時は、それぞれのパーティが交代で見張りを立てて作業を行った。冒険者同士の助け合いはお互いが生き残るための不文律であり、また効率的にダンジョン資源が得られるよう、領主もこれを推奨している。
俺たちの場合は肉弾戦要員の俺とフィーネが掘り、索敵に優れるロッタと体力は専門外のリーズが見張り組。楽をしているように見えるが、仲間が周囲を警戒してくれる安心感は重要だ。
そのロッタは時たま貴金属が見つかると言っていたが、幸運にも俺たちは少量ながら金をゲットできた。
ビギナーズラックってやつだな。この大きさなら換金しても知れてるし、せっかくなので記念にとっておこう。
そして頃合いを見て彼女の指示で帰還。
丸一日潜っていたような気がするが、実際には六時間ほどだった。日光を浴びられないため時間の感覚が鈍りやすいせいもあるが、やはり無意識のうちに緊張していたのだろう。
出口の明かりが見えてくる。地上はそろそろ夕焼けに染まりつつあった。
かくして、俺のダンジョンデビュー戦は大成功のうちに幕を閉じたのである。
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「じゃ、無傷の生還を祝して、乾杯~」
冒険者ギルドの酒場。素材買い取り手続きを終え、俺たちはささやかな祝勝会を開いていた。
「さて、明日はどうしたもんかな。またダンジョンに行くか……」
「それはオススメできないね。キミは確かに強いけど、ダンジョンの雰囲気に慣れないうちは連続して潜らず、クールタイムを設けたほうがいいと思う」
例によって大量の皿を前にそう言うロッタ。余計なお世話かもだけど、胃袋にもクールタイム設けたほうがよくない?
「ハイになって引き際が分からなくなるわけか。忠告はありがたく受けておこう」
「私たちは明日は用事がありますから、どのみちダンジョンには潜りませんけどね」
「へえ、どこ行くの?」
「フィーネの教会へ。冒険者として初収入を得たから、それで何か孤児院に差し入れでも、と思って」
二人は偉いなあ。なんか複雑。
「それなら俺も行っていいか? あの院長先生にも、改めてご挨拶しておきたいし」
「南地区の教会だっけ、そういや行ったことないなぁ。私もいい?」
「もちろん、歓迎しますわ」
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例によってロッタを送り終えてから、俺たち三人は定宿、実質的な下宿先である「樫の梢亭」に戻る。ここが実家のリーズは当然として、教会の孤児院を卒業したフィーネも――意外にも彼女は孤児だった――ここの部屋を借りたのだ。
親友の実家という安心感もあるが、ここには各部屋にキッチンがある。フィーネも母さんと同じく料理が好きで、しかもプロ級の腕前らしい。
リーズいわく「孤児院の子供らのほうが領主様より美味しいものを食べていた」とのこと。話半分としても大したものである。それとも愛は最高の調味料というやつか。
「さて、三が出てくれると助かるんだけどなっ、と」
俺たちは就寝前のひとときを、一階のバルでボードゲームをしながら過ごしていた。
「意外だったな。フィーネが孤児院出身だったなんて。その……語弊があるかもしれんが、言葉遣いがお嬢様っぽいから。あらま、賽の目は二か」
「この口調は院長先生の癖が移ったのですわ。あの方は正真正銘のお嬢様、男爵夫人ですから……私も二ですわ」
え? 男爵夫人?
「そんな偉い人がなんでまた、って顔ね。ご主人と息子さんを亡くしたのよ。それで思うところあったのか、領地を義弟さん、つまり今の男爵に任せて信仰の道に……あ、都合よく五」
なんでも戦と流行り病で立て続けにらしい。世を儚んでも無理はない話だ。
「教会に孤児院を併設したのも院長先生ですわよ。男爵の寄進もありましたけど。子を亡くした親と、親を亡くした子らが、互いに支え合って暮らしているんです。私にはとってあの方は、もう一人のお母さまなのですわ」
「母親、か。俺も実の親はいないが……」
それでも俺は幸運といえる。母さんは母親として愛情を注いでくれただけでなく、師匠として武芸者の技術を授けてくれた。あの人の庇護と教えがなければ、俺はとっくにくたばっていただろう。
「ジュリアさん、今頃どうしてるかなぁ。あ、六だ。上がり」
「ありゃま。勝負がついたところで、そろそろいい時間だな」
「そうですわね、私も少し眠たくなってきました」
「んじゃこの辺でお開きにして、明日に備えて寝るか」
「そうね。おやすみなさい」
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俺は例の、母さんが見たら三畳ひと間がどうとかカンダ川がこうとか歌い出しそうな部屋に戻り、ベッドに横たわる。
心地よいまどろみの中で、懐かしい子守唄が聴こえたような気がした。




