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023 教えて! ロッタ先生!

「さ、みんな準備はいい?」

「大丈夫よ」

「私も問題ありませんわ」

「いつでもいける」


 迷宮都市リンゲックの近郊、もっとも難易度が低いとされるダンジョンの入口近く。周囲には俺たちの他にも複数の冒険者、また領主の兵、魔法薬ポーションなどを売る商人の姿もあり、想像していたより賑やかで少し面食らう。


 いよいよ俺のダンジョンデビューがやって来た。


 緊急事態に備えて土地勘をつけるため、レベルの低いところから順々に慣れておけというジェイクの忠告に従い、まずはここからの挑戦となる。

 もちろん油断は禁物。この初心者向けのダンジョンが、揺りかごでなく墓場になったケースもあるのだから。


 さてそのダンジョンに挑むパーティのメンバーは、俺、ロッタ、フィーネ、リーズの四人。意気投合した俺たちは、せっかくだからダンジョンも一緒に行こうとなったのだ。


 むろん戦力のバランスも考慮している。ただ仲良くなっただけで命がけのミッションに臨めるわけがない。

 俺とフィーネは物理アタッカーや回復役ヒーラーなど複数の役割をこなせるし、魔法による攻撃と防御はリーズ、偵察や、宝箱の罠を外すのはロッタが担当する。

 いわゆるハーレムパーティなので少しこそばゆいが、まあいいさ。そんな呑気なことを言っていられるのは安全圏の地上にいる間だけだからな。


 もっとも、俺が冒険者になったのは武者修行のためだ。

 そして当然ながら、いくさは常に同じ顔ぶれで戦えはしない。なので特定のメンバーに慣れてしまうのも考えもの……というわけで、決まった誰かと継続的にパーティを組むつもりは今のところない。が、とにかく今回はこの四人だ。


 リーダーはロッタ。

 登山などでもそうだが、経験のあるリーダーの存在は物事の成否を大きく左右する。戦闘能力は四人の中で最弱だが、適任は彼女しかいない。


「いよいよダンジョンデビューか。ちょっと緊張するな」

「わ、私もダンジョンは初めて……」

「私もですわ。さすがにドキドキしています」

「最初は誰でも同じだよ。でも、ダンジョンのことを理解しておけば不安も少なくなるんじゃないかな。そうだね、装備の最終点検をしてる間に、ダンジョンについておさらいしておこうか」

「敵を知り己を知らば、ってやつだな」


 かくして俺たちはロッタの説明に耳を傾けることに。

 ちょっとした講習会の雰囲気だ。ロッタ先生のダンジョン講座・初級編の始まりである。


 ━━━━━


「本来ダンジョンってのはお城の地下牢のことなんだけど、いつの頃からか、魔法や精霊といった超自然的な力の影響でモンスターが無限に湧き出てきたり、様々な資源を産出する地下迷宮や洞窟のことを指すようになったんだ」

「言葉ってのは、時代によって意味が変わるもんな」


「そゆこと~。かつては地上に溢れていたけど、人間が自然を破壊したから地下に潜った精霊の住みかとか、この世界と魔界を繋ぐ門だとか、はたまた古代王国の遺跡とか、いろんな説があるんだ。偉~い学者や魔法使いの先生がたが日々激論を繰り広げてるらしいけど、私たち冒険者にとって重要なのは……ずばり! リスクとリターン! つまりどんなモンスターが出没するか、どんなお宝が手に入るか、それに尽きるんだよ」


「私としてはいろんな説にも興味があるけど、まずは目の前のことに集中しないといけない、よね」

「ダンジョンは時々成長というか変異したり、スタンピードといってモンスターがあふれ出てきたりと謎が多いけど、リーズならいつかそれを解明できるかもね。さてそのダンジョンなんだけど、リンゲックでは便宜上『素材ダンジョン』『資源ダンジョン』『アイテムダンジョン』っていう分けかた、呼ばれかたをされてるんだ。余所よそじゃどうか知らないけどね」

「ストレートなネーミングだな。要するに何が手に入るか、ってことだな?」

「そ。じゃ、簡単な説明に移るよ」


 ━━━━━


「まず『素材ダンジョン』は?」

「毛皮とか角とかお肉とか、食材含めて素材になるモンスターが多く出現するダンジョン。古代の魔法王国が、家畜の養殖場や娯楽のための狩場として作ったという説もあるみたいだね」


「出てくるモンスターの種類はなんですの?」

「それはダンジョンや階層によってピンキリ。でも深く潜れば潜るほど強いモンスターが出るのは共通してるんだ。一階はラビットだらけで、二階はウルフがいっぱい。最下層にはドラゴンが……なんてとこもあるよ。階層ごとに結界みたいなものがあって、モンスターの行き来に制限がかかってるんだ」


「ウルフはラビットを狩りに一階へ行けるけど、ドラゴンは行けないみたいな感じか」

「魚の養殖場で考えたら分かりやすいですわね。小魚の生け簀に大きな魚が入ったら全部食べられちゃいますわ」

「中くらいの魚なら、小魚が全滅はしないし、数の調整や運動不足の解消になる、とか?」

「それはあるかもね。増えすぎたらコストとかの問題が出るし、運動させないとお肉が脂身だらけになっちゃうし。お宝という観点でなら、ラビットはともかくドラゴンは金銀財宝を持ってることがあるから、腕しだいで稼げるダンジョンでもあるよ」


 ━━━━━


「次は『資源ダンジョン』ですわね」


「ここは精霊の住みかって言われてるタイプだよ。例えば大地の精霊の力が強いところだと、どんなに掘り出しても、いくらでも石炭や鉄鉱石が湧いて出てくる、みたいな感じなんだ」

「鉄や燃料は需要が安定してるから、ギルドでも常時採集依頼が出てるよね」

「武芸者としては、出現するモンスターに興味があるが……」


「察しはつくだろうけど、それは精霊の属性しだい。例に挙げた大地の精霊のダンジョンの場合、土に関連するモンスターが出るんだ。もちろん水の精霊なら水棲モンスターがメインになるよ」

「油断は禁物ですが、それでも出てくるモンスターの傾向が分かってるなら対処しやすいですわね」

「実際、特定のダンジョンを専門にしてる冒険者もいるよ」

「確かに、火の精霊のダンジョンなら、氷の魔法が得意な人のほうが有利だものね」

「もっと言うとそれしか使えなくてもいける。能力の偏ったタイプにはありがたい場所だな」


「ちなみに、ここのダンジョンもこのタイプ。ゴブリンを始めとして基本的な低ランクモンスターが出て、鉄や銅、すずや鉛なんかが採れるんだ。産出量は難度相応だけど」

「さすがに初心者向けダンジョンで大量の鉄鉱石とか貴金属は出ないか」

「いや、たま~に金や銀が見つかることもあるよ。魔法銀マルジャやオリハルコンとまではいかないけど。でも期待はするだけムダ。当たりが出たらラッキー程度かな」


 ━━━━━


「で、最後は『アイテムダンジョン』と」

「ここは古代王朝の遺跡とか、他の世界との門を封印してる結界って説が有力なダンジョン。貴重なマジックアイテムはだいたいここで見つかるね」


「そういえば、おとぎ話にあるよね。世界に危機が迫った時、世界そのものの意思で勇者を召喚できるように神様が作ったほこら。それって……」

「さすがリーズは詳しいね。そう、このタイプのダンジョンが脚色されたものだって主張する人もいるんだよ」

「勇者本人がお宝ってわけか」

「召喚された方はたまったものではありませんけど」

「拉致だよね……」

「世界からすれば、個人の意思なんて知ったこっちゃないんだろうな。まあ人間だって畑を耕すときアリの都合なんて考えないから、言えた義理じゃないか」


「モンスターも別世界の存在、つまり悪魔デーモン精霊エレメントの割合が、他のダンジョンより高いんだ。あと不死アンデッド

「総合的に見たら、一番敵の強いダンジョンかもな」

「それはあるかも。ただ、大きなものを遠くまで運ぶのは大変なわけで、強いデーモンとかは魔界に近いとされる深い場所にしかいない。浅いとこは小悪魔インプ骸骨スケルトンくらいだね」


 ━━━━━


「どのダンジョンにも共通してるのは、所々にモンスターを寄せつけない安全地帯があることや、深い層ほどいろんな罠が仕掛けられてること。罠の対処は斥候スカウトである私の出番になるね」

「頼りにさせてもらうぜ、リーダー」

「ふふ、責任重大だね。あと、特に素材ダンジョンに顕著なんだけど、冒険者がモンスターを狩るために仕掛けた罠もあるから注意しないといけない」

「同業者の罠でケガしたら、泣くに泣けませんわねぇ」

「だから自分が罠を仕掛けるときは、冒険者だけに分かるよう工夫をしないと、ギルドから処罰されるよ」

「あ、それは新人講習で聞いた。でも、わざと同業者を狙う、悪質な冒険者もいるらしいね……」


「他に、自然の洞窟や廃棄されたお城にモンスターや山賊が住み着いたケースも、広い意味でのダンジョンと呼ばれることがあるんだ」

「どっちかと言うとねぐらだな」

「たまに、討伐依頼が出るんだよね……」

「でもこのダンジョンは、当然だけど一旦討伐しちゃえば、新しく住み着くまでは無人に戻るから、そこは超自然的なダンジョンとは違うね。さ、そろそろ行こうか」

照明魔法ライトを付与しますわよ」

「お願い。でも魔法があっても、念のために松明やランタンは常時点灯。これ、探索の鉄則だよ」


 ━━━━━


 そんなこんなでダンジョンに入るのが最後になった俺たちは、左に大きな肩当てがある俺が左の前衛、左利きなので右手に盾を持っているロッタが右の前衛、中央はシールドの魔法を全方位に展開しやすいためリーズ、そして背後から奇襲された際にリーズを守る形でフィーネが最後尾という隊列で探索を開始した。


(しかし、こうだだっ広いと『迷宮』って感じはないな)


 そう、このダンジョンは初心者向けだからか、やたらと通路が広い。なので壁や天井に武器をぶつける心配はなく、余裕をもって槍を使える。

 その槍で、万一の罠に備えて進行方向を確かめるのも忘れない。人によっては十フィートの棒を使うとか。


 きらり。


 しばらく進んでいくと、通路の先に複数の光点が瞬いた。それは小さく揺れながら、徐々に近づいてくる。


 身長はロッタよりさらに低く百二十センチほどか。おおよその形は人間に準ずるが、毒々しい緑色の肌がまったく違う種であることを示していた。そしてその容姿は、正常な美的感覚の持ち主ならば到底受け入れがたいものだ。


 ゆるやかな円錐形の頭部は無毛、つり上がった小さな目は異常なほど間隔が広く、悪い冗談のように尖った鼻はイボだらけで気色が悪い。だらしなく半開きの口からはボロボロの黄色い歯が覗き、品性の欠如を表すように汚ない涎を垂らしていた。

 身にまとうのは、原始人のような腰巻きひとつ。どこで拾ったものやら、錆びて刃こぼれした短剣や穂先の欠けた槍を持っている。


 ゴブリン。

 最も身近な、そして最も嫌悪すべきモンスターだ。


 稀に「ゴブリンシャーマン」などと呼ばれる魔法を使う個体や、「ホブゴブリン」など若干大型の亜種もいるが、基本的に個々の戦闘能力は大したことはない。

 しかしネズミやゴキブリ並に繁殖力が高く、いつでもどこでも何度でも見境なく湧き出ては、家畜を略奪したり人間に危害を加えたりする。


 そのため軍や冒険者によって定期的に「駆除」が行われるものの、イタチごっこが続いているのが現状だ。武器を使う程度の知能は持ち合わせているが、あまりにも邪悪なため、人とは決して相容れない存在だった。


 要するに、遠慮も手加減も無用ということだ。


 そのゴブリンどもが、耳障りな叫び声を上げながら突進してくる。俺たちとの力の差を理解する知能など奴らにはない。

 ドラゴンとは比ぶべくもないザコだが、それでも俺の冒険者としてのデビュー戦だ。験担ぎの意味でも確実に決めたい。


「勇者ジュリアが一子ヒデト、推して参る」


 兜の前立てに付与された照明魔法の光を浴びて、槍の穂先が宝石のように輝いた。

マルジャ

いわゆるミ○リルのこと。魔力マナアルジャンを足した造語。

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