022 第2章プロローグ(???視点)
太陽を浴びてきらめく甲冑、いななきを上げるたくましい軍馬たち。観客の皆さまの熱気、貴賓席に居並ぶ貴族令嬢たちの黄色い声援。
いつ来ても、闘技場の雰囲気は圧巻ですね。
わがエスパルダ王国は、文字どおり剣によって建国された歴史から、伝統的に武勇を尊ぶ気風があって、どこの町でも頻繁に闘技会が開催されている。
ここ王都ロブルーファも例外ではなく……ていうかむしろ本場で、五十人も入れば満席の小さなところから、万単位の大規模なものまで多数の闘技場があり、客足の絶える日はない。
そして今日、いちばん大きな闘技場で開催されているのは、お祖父さま、つまり国王陛下の主催する格の高い大会。もちろん観客席は超満員、貴賓席には王都にいる貴族の皆さまはもちろん、遠方から訪れたベルガモ子爵やシルフォード辺境伯もいる。すごい顔ぶれです!
私は詳しいことはよく分からないけど、活躍した騎士さまは立派な賞品や、それぞれの主君からお褒めの言葉をもらえたり、なんかすごくいいことがあるらしい。
そして、まだ誰にも仕えていない武者修行中の方々にとっては、仕官するアピールの場でもあるのだとか。メイドさんたちが噂してた。
隣ではユリウスが真剣な眼差しで観戦してる。やっぱり男の子だから、カッコいい騎士さまに憧れがあるのだろう。もしかしたら、家臣に欲しい騎士さまを探してるのかもしれないけど。
でも私は、あんまり嬉しくない。だって……
「どうしたアニス。もっとしっかり観ないか。あの中に未来の旦那様がいるかもしれないのだよ?」
この闘技会は、私のお婿さん候補を探すためのものでもあるのだから……。まあ、婿探しをしてるのは他の貴族令嬢の皆さまも同じなので私ひとりというわけではないけれど、それでも嫌なものは嫌だ。
「お父さま、私は結婚なんてしませんっ!」
「やれやれ、またそれか。まったく困ったものだな」
「ははは。それだけ姫様はフィリップ殿下をお慕いしておられるのですよ」
「まったく羨ましい限りで。うちの娘など、最近は父親を煙たがりだしましてな」
まったくもう、みんな他人事と思って。私は真剣なんですからね! あ、そう言ってる間に試合が終わった。
「この勝利は、アニス王女殿下に!」
そう言って、兜に結んだスカーフをほどいて天高く掲げるのは、ベルガモ子爵家の次男の騎士さまだ。私は内心うんざりしてるのを隠して祝福の言葉を贈る。
ああ、誰でもいいから、いやな仕種をおくびにも出さずプリンセススマイルを崩さない私を褒めてほしいです……。
(みんな同じ。私のことを見てる騎士さまなんていない……。王家と血縁関係になりたいだけ)
いや、そりゃまだ十三歳の子供だから、女として見られてないのは分かりますよ? ていうか現時点の私をそういう目で見てたら、逆にどうかと思いますよ?
それでもですね! もっと私個人を! 子供なら子供なりに一人の人間として、個性とか人格とか、そういうものを見てくれてもよさそうなものだと思いますよ!?
地位が目当てだってことくらい、幼くたって女の勘で丸分かりなんですからね! そんな殿方へ嫁ぐなんて……
ま っ ぴ ら ご め ん で す !!
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闘技会は大盛況のうちに終わり……
お城に戻った私は、汗を流すのもそこそこにベッドにぐで~んと寝っ転がり、クッキーをかじりながら本を読む。
ちょっと、いやかなり、いやいやすごくはしたない。枕元には食べかすが散乱しているし、ごろごろ動いたもんだからネグリジェのスカートがめくれて、生脚とぱんつが丸出しになっている。
こんな格好、王女近衛隊のメンバー、とくに隊長で家庭教師のジョゼットに見られたらカミナリが落ちること間違いなし。でも、王女だってプライベートな時くらいダラけたいんですよ~。
それはそれとして……
(はあ。やっぱり現実には、こんな素敵な騎士さまはいないのかなぁ)
一冊めは何度も読み返して、ちょっとボロボロになりかけてる本。その騎士物語に登場する騎士さまたちは、みんな高潔で、女性に優しくて、無欲で、強くて、弱い人たちのために正々堂々と戦う。
これです! 騎士たるものこうでなければいけません! 今時の「絨毯の騎士(実戦経験がなく、宮廷の人付き合いで出世した騎士を揶揄する言葉)」たちに見習ってほしいです!
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二冊めの本。これは架空のお話じゃない。少し誇張されてて事実と違うところもあるらしいけど、ほんとにあった事件を物語化したものだ。演劇にもなってて、劇場で観たこともある。
禁じられた魔法に手を染め、宮廷魔法使いの地位を剥奪されたことを逆恨みした悪い魔法使いに呪いをかけられ、お祖父さまは死の淵をさまよった。
その魔法使いをやっつけてお爺さまを救ってくれたのが、当時まだ現役の冒険者だった「桜花の剣士」ことジュリアさま。
「ふふふ、もうすぐ王は死ぬ。私を追放した報いを受けるがいい」
「そう上手くいくといいけどねぇ」
「なっ、何奴!」
クライマックスのシーンは何度読んでも胸熱! 彼女はたったひとりで魔法使いの塔に乗り込む。そして……
「出会え、出会えぇ! 斬れっ、斬り捨てぇい!」
「成敗!」
ドワーフ秘伝の「オルフラム(黄金の炎)の剣」を振るい、手下のモンスターをばったばったとなぎ倒す。そして最後は魔法使いを一刀のもとに討ち果たすのだ!
当然、お祖父さまは大変感謝して、褒美は何でも望みのままだと仰った。でもジュリアさまは……
「あの魔法使いを斬ったのは、私が自分の都合で勝手にやったことです。だから褒美を受けとる理由がありませんわ」
……と、サラリと言う。もっともこれは脚色で、実際には冒険者ギルドから強制依頼が出てたらしい。
でも、命の恩人を手ぶらで帰しては王の顔が立たないと説得されて、それならとお酒ひと瓶だけ受け取り、艶やかな金髪をなびかせ颯爽と去ってゆくのだ。これも脚色で、実際にはまとまった額のお金や、ちょっとした貴族なみの土地も贈られている。
そして、この一件のお礼とご褒美のための謁見で、お祖父さまがジュリアさまのことを「勇者」と称えたことから、その後みんなが彼女をそう呼ぶようになったのだという。他にも、お子さまがいることから「子連れ勇者」なんてパターンもあるとか。
魔物の討伐とかで活躍しながら、育児もしっかりやってるなんてすごいです! 女性として尊敬します!
その夜に生まれた(やっぱり脚色で実際には数日後)からジュリアさまにあやかって名づけられたのが弟のユリウスで、お祖父さまが「ユリウスよ、勇者の名に恥じぬ男になれ」と語り、場面転換されジュリアさまが受け取ったお酒のグラスを傾けるシーンで物語は終わる。
カッコいいです! ハードボイルドです! そこにシビれて憧れます! 地位や領地のことしか頭にない騎士たちに見習ってほしいです!
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そして三冊めの本……いや四冊めかな?
装丁は立派だけど、実はな~んにも書いてない大きな本の中がくり抜かれてて、そこに小さな本が入ってる。
メイドさんを通じて内緒で調達してもらった、子供にはちょっぴり刺激が強い本です……うふふ。
(私もいつか、すてきな殿方と、こんなことを……)
そのときのことを想像、というか妄想すると、じわっと体の奥がうずいて熱くなる。
でも、今日の試合で見たような騎士さまたちはお断り! 女の子のいちばん大切なものを捧げる未来の旦那さまは、強くてかっこよくて高潔で、何より王女という地位じゃなく私を! アニス・ド・シーニュという個人を見てくれる殿方じゃないと嫌ですっっ!!
(ああ……私の運命の人、白馬の騎士さまはどこにいるんだろう? 今きてすぐきて早くきて。私はあなたのものなんですよ? 心も……か、身体も……)
本を隠し場所に戻したあと、クッキーが切れたので今度は果物を貪りつつ身をくねくねさせていた(自分でいうのもなんだけど、端から見たら結構アレな感じだと思う)私が、傍らにジョゼットが立っているのに気づいて青ざめることになるのは少し後のことだった。
無断で部屋に入ってくるわけはないので、どうやら妄想に夢中で生返事してしまったっぽい。彼女はにっこり微笑んでいるけど、こめかみの青筋を隠すつもりはなさそうだ……
大目玉をくらい、間食は太るからと、罰として一時間の運動をさせられた。鬼だ。




