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016 第1章エピローグ(お母さん視点)

 独り暮らしなんて何年ぶりだろう? あの子――ヒデトが武者修行の旅に出てからというもの、家の中がやけに広く、静かになってしまった。


 今頃はリンゲックに着いた頃かしら。きっとスーパールーキーとして騒がれているに違いない。そりゃそうよ、あの子なら覚醒していない現時点でもこの世界でトップクラス……たぶん私の次に強いはずだもの。


 召喚されてから十年ほど、私は冒険者として暮らした。

 むろん日々のかてを得るためでもあったけれど、いつか来る姉さんとの戦いのために、たのみとなりうる仲間を探すためでもあった。でも、その期待が失望に変わるのに時間はかからなかった。


 はっきり言って、この世界の戦士や魔法使いたちは、私とは比較にならないほど弱かった。


 正確に言うと、元の能力は地球人と同レベルにある。これに魔力による強化バフが加わるわけだ。平均的な戦士でも、バフ込みなら格闘技の世界チャンピオンに勝てるだろう。


 ただねぇ、そのバフは私にもかかるのよ。

 んでもって、その度合いがこの世界の人たちと私とでは全く違うのよ。魔力を蓄える燃料タンクの容量が、放出する蛇口の大きさが、回復に要する時間が、何もかも。


 もちろん私が地球人だからって、律儀に魔力抜きの縛りプレイしてやる義理なんてない。ていうか勝手に押しつけられる力だから、私にはどーにもできん。


 昔の特撮にあったわよね。地球に危機が迫ったとき、星のほうから謎パワーを出してヒーローに与えるってやつ。

 アニメにもあったわよね。地球人のほうが異世界人よりロボットを動かす生体エネルギーが強いってやつ。


 バフが強いのは、たぶんこの二つの合わせ技だ。てなわけで、こっちの連中は私から見たら弱いのよ。


 しかも私たちがこっちに来たとき、勇者っぽい力だの召喚魔法だの、よく分からない特殊能力チートスキルまで付与されていたのよね。

 その力に酔って、姉さんは狂ってしまった……。もっとも未熟な小娘だった頃の私が気づけなかっただけで、あれがあの人の本性だったのかもしれないけど。


 まあそれはどっちでもいいわ。私のやることは変わらない。


 とにかく、この世界の連中が何人束になったところで、今度こそ本当の魔王として復活するであろう姉さんに対抗できるとは到底思えない。私でもひとりでは無理かもしれない。

 でも……あの子が、ヒデトが覚醒し、私みたいな似非エセ勇者なんかとは違う、()()()()()を果たしてくれるなら……


 そこで私はふと考える。

(あの子と力を合わせ、肩を並べて戦う。そんな未来はあるのかしら)


 当然の疑問だ。全てを知ったとき、ヒデトが私じゃなく姉さんを選ぶ可能性は普通にある。この世界に義理があるわけでなし、なにより血を分けた実母ですもの。

 そうでなくても、私は真実を隠してあの子を利用している悪女だ。十五年も騙され続けていたと知ったなら、私に憎悪、それどころか殺意を向けたって何の不思議もない。


「らしくないわね」

 私は独りごちる。


 いつしか私は歌を口ずさんでいた。なるようになる、先のことなど分からない……。ドリス・デイ、日本語版はペギー葉山が歌った永遠の名曲だ。

 そうよ。なるようにしかならないわ。私は全能の神でもなんでもないんだもの。


 だけどこの十五年間、ヒデトを育てるために注いだ愛は、決してまやかしだけではないと信じたい。


 確かにあの子を助けたのは自分の欲を満たすためだったし、鍛えたのに卑怯な打算がないとは言わない。そこまで偽善者ぶるつもりはない。

 でもその一方で、精一杯生きて幸せになってほしいと、危険に満ちたこの世界で自分の身を――そしていつか出会うであろう、私より大切な人たちを――守り、意思を貫けるだけの強さを身につけてほしいと、心から願っているのも事実だから。


(身勝手極まりない言い分よね……)


 そうやって手塩にかけたヒデトが一人前の男になったとき、自分の意思で私と決別するのなら……


 それはそれでいいじゃない。


 覚悟はとっくにできている。そのときは私も、正々堂々受けて立つわ。そして死力を尽くして戦うだけよ。


(でも、もしあの子が私を選んでくれたとしたら。そして姉さんとの戦いが、私の望む形で終わったとしたら)


 私は窓の外に目をやった。

 ふたつの小さな墓標がひっそりたたずんでいる。


(そのとき、私はヒデトにどう接してあげたらいいんだろう? 私を許そうが憎もうが、私のせいで狂った人生をやり直せるわけじゃないわ)


 だったら、私は罪を償わなければならない。

 その方法は、きっと、あの子に――。


(それは贖罪になるのかしら? むしろ二重に罪を背負わせて、余計に苦しめるだけかもしれない……。私はどうしたらいいんだろう?)


「教えてよ、あなた……」


 答える者のない問いかけが、風の中に消えていった。

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