015 激闘後、ひとときの安らぎ
闘いは終わった。
俺の眼下でうめくフィーネに、観客席から飛び出した黒い修道服の女性僧侶……フィーネの同僚とおぼしき人物のほか、駆け寄ったリーズ、マスターとギルドの医療班、さらには受験者組のフレイル使いやドワーフの僧侶らが治癒魔法をかける。
「フィーネっ! 大丈夫ですかっ!?」
「しっかりして! 私の声が分かる!?」
シスターとリーズに構わず、俺はフィーネに近寄って手をかざした。
観客席から短い悲鳴が上がる。苦戦した腹いせに、無用の追撃か治療の邪魔をしようとしているように見えたのかもしれない。
するかそんなこと。魔法の発動だよ。そして俺が使ったのは……
治癒。
「あ、あんた、まだ魔力が残ってんのか」
「大丈夫なのか? 自分も相当なダメージだろう」
フレイル使いとドワーフはそう言うし、確かに全身ボロボロだが、なんとか立ってはいられる。
「フィーネほどの深手じゃないさ。俺の治癒魔法は本職レベルじゃないが……いくらか回復が早まるだろう」
事実、俺のヒーリングが追加されたことで、フィーネを包む光が少し輝きを増した。
回復要員総出の治療の甲斐あって、彼女の苦しげなうめきが治まってゆく。メロンを通り越してスイカほどある胸の動きも、安定してきた呼吸に合わせて緩やかなものになっていった。
ほどなくフィーネは意識を回復する。
「あ……。私、どうし、て……?」
「試合は終わったわ。残念だったわね」
「そう、ですか……。私、負けたんですね」
マスターの言葉にフィーネは目を閉じて俯き、数秒してリーズに向きあう。
「ごめんなさい、リーズ。仇は討てませんでしたわ」
「そんなのいいよ……。フィーネ、無事でよかった……」
「もう立てるか?」
「ええ。ありがとう」
俺の差しのべた手を取ってフィーネは身を起こす。
「完敗ですわ。ハンデ戦なのにリーズと私を倒し、そのうえヒーリングまでかける余力があるなんて……。ふふ、ここまで力の差があると、悔しい気持ちさえ湧いてきませんわね」
「いや、俺だってギリギリだったさ。お世辞じゃない。自分はまだまだ修行中の身だと思い知らされたよ。母さん……いや師匠と言うべきか、その域にたどり着くにはもっと成長しないといけない、ってな」
「成長といえば」
「ん?」
そこでフィーネは、悪戯っぽい眼でリーズを見る。
「リーズ、あなた言ってましたわよね? 『ヒデトちゃんは大きくなったらきっとこの町に帰ってくる。そしたら私は、ヒデトちゃんのお嫁さんになるんだ』って」
「な!?」
「ちょ、フィーネっ!? そ、そそそそんなの子供の頃の話でしょおぉっ!?」
こんな話は野次馬の大好物と決まっている。とたんに観客席からは口笛や歓声が。参ったなこりゃ。
「いやいやいや、フィーネ、人前でそんな」
「ふふ、このくらいの意趣返しなら、神もお許しになりますわよね、院長先生?」
「ええ。ヒデトさん、結婚式はぜひうちの教会で挙げてくださいね」
そっか、この人が教会に併設されてる孤児院の……。
「あらあら、若いっていいわねぇ……。夫と出会った頃を思い出すわぁ、うふふ」
マスターもですか。
ともあれ、こうして能力測定テストは幕を閉じた。
━━━━━
その後の講習も終わり、場所は変わってギルドの酒場。ランプの灯りに照らされて輝く新品のギルドカードを眺めると、これで一端の冒険者になったのだという感慨がこみ上げてくる。
「おめでとう! 三人とも飛び級スタートだね!」
「ありがとう、ロッタ」
「今後とも、よろしくお願いいたしますわ」
俺はロッタ、フィーネ、リーズの三人とテーブルについていた。
ロッタは持ち前のコミュ力であっという間に二人と打ち解け、先輩冒険者としてアドバイスをしてくれている。いい姉貴分になってくれそうだ。
なお、タメ口でいいと言ったのは本人なので、リーズの言葉遣いに問題はない。まあ、歳上といっても見た目は最年少だからね? 俺たちが敬語を使うと紛らわしいし……。
さて、それはともかく今回テストを受けたメンバーは、登録済みのフレイル使いはめでたく昇格、新人では俺がDランク認定、フィーネとリーズがE、あとはF。事実上の不合格扱いとされるランク外はいなかった。
フィーネを筆頭に強さ的にはもっと上の者も複数いるのだが、ギルドへの貢献度とかも考慮されるから仕方ない。昨日ロッタが言っていたように、飛び級は余所である程度の功績をあげている人のための制度だ。
功績ねえ。俺はドラゴンを討伐したといっても、世間的には無名か、よくて一発屋の域を出ないはずだが。まあいい、そこは色々と判断基準があるのだろう。
ちなみに、成人直後のルーキーに適用された例を、少なくともロッタは知らないという。母さんはこの町に来る前にも冒険者をしていた。
そんな俺たちのテーブルには、他の冒険者も入れかわり立ちかわり。
「まったく大したもんだぜ。さすが勇者の息子だな」
「ジュリア様みたいにソロでやるの?」
「うちのパーティは前衛を募集中なんだ。覚えておいてくれよ」
こんな感じでパーティメンバーのお誘いである。
「いや、いっそ自分のクランを立ち上げるのもいいんじゃないか?」
そう言って話しかけてきたのは、鮮やかなブルーのローブをまとった魔法使いだった。年齢は二十歳ほどだろうか。細身だが背は俺より高く百九十近くある。
褐色の肌、黒髪は一センチ弱の長さで綺麗に切り揃えられたボウズ頭。やはり短めのアゴヒゲを蓄えている。顔はやや面長で、つり上がってから下がる、ちょうどカタカナの「ヘ」の字形をしたまゆ毛にタレ目。長い団子っ鼻の下で人懐っこそうな微笑みを浮かべる口元が印象的だ。飄々として陽気な雰囲気の人物であった。
しかも傍らにいるのはウェンディじゃないか。ということは……
「合格おめでとうウェンディ。もしかしてその人が?」
「ありがと、まぁFランクスタートだけどね。そ、このむさっ苦しい野郎があたしの兄貴のジェイク。これでBランクってんだから世も末だよねぇ」
「よろしくお願いします、ジェイクさん」
「あ~、できればタメ口で頼む。あまり畏まられると、どうにもこそばゆくってな」
「ならそれで。よろしくな、ジェイク」
クランとは本来は「血族」という意味らしいが、ここ迷宮都市リンゲックでは大規模な冒険者のグループというか派閥みたいなものを指す俗称となっているらしい。
少し語弊はあるが、有力な冒険者とその「取り巻き」的な者もいるとかいないとか。
現役時代の母さんのように、基本的に一人で、必要に応じて臨時に複数で活動する冒険者がソロ。
二人から五人ほどの固定メンバーで活動するのがパーティ。
多数が所属して普段から助け合い、依頼の際は内容によって最適なメンバーをその都度選ぶのがクラン。
こんな感じで覚えておけば、当たらずとも遠からず。
「自分のクランねぇ。考えたこともなかったな」
「もちろん今すぐの話じゃないさ。まずは経験のあるメンバーと組んで、レベルの低いダンジョンから慣れることだな。どんなに強くても土地勘がないと、救出とかの一刻を争う依頼でヘマをやりかねない」
「なるほど、そりゃ道理だ」
そんな賑やかなテーブルが、さらに賑やかになる。
「おう、ここにいたか」
やって来たのは、つい数時間前に激闘を繰り広げた「不倒の巌」ことアルゴだった。
「あ、アルゴさん」
「敬語はよせ。お前は俺より強い。知っているかもしれんが、ドワーフは武勇を尊ぶ」
「はあ。そんなもんなのかな」
「そんなもんなのだ。さて約束だったな、例の話を聞かせてくれると」
「おっとそうだった。じゃ、久しぶりにこいつを使うかな……」
俺は収納魔法のポーチからリュートを取り出した。
「へぇ~。キミって楽器の演奏もできるの?」
「母さんが歌とか音楽とか好きな人だからな。それに修行してた山奥じゃ娯楽もなかったし、吟遊詩人に変装するのにも使えるし」
「あなたみたいに筋肉質の吟遊詩人って、余計、目立つと思うよ……?」
━━━━━
リーズのツッコミにもめげず、俺は楽器を奏でつつ、母さんが子守唄がわりに聞かせてくれた伝説を語り始める。
舞台はソウの国。模擬戦のときに話したコーウェン・ジャックのほか、棒術の達人リンク、背中に九首蛇のタトゥーを彫った勇者シギン、猛虎を素手で打ち倒す豪傑プジョー、二刀流の斧使いリッキー、神算鬼謀の軍師ゴドーらが英雄ソードのもとに集い、天に代わって悪を成敗するという物語である。
いつの間にやら他の冒険者たち、さらには勤務時間が終わったギルド関係者も、近場のテーブルに陣取って聞き入っていた。ウェンディと試合した職員さんもいるし、受付嬢のおねーさんはパンケーキ食ってる。
冒険者に限らず、人は誰しも明日をも知れぬ身だ。なればこそ、今この瞬間の生を噛みしめるがごとくに酒を飲み、歌を歌うのである。
賑やかな夜は、こうして更けていった。




