013 光る剣と燃える掌(てのひら)
リーズが生み出した巨大な火球が落下を開始した。こいつが直撃すればマスターは試合を止めるだろう。絶体絶命というやつだ。
(どうする? どう凌ぐ?)
時間にすれば百分の一秒にも満たない間に、いくつかの考えが脳裏をよぎる。
こちらも同じ魔法をぶつけるか?
……ダメだ。今から発動させても間に合わない。仮に間に合ったところで同じこと、単純にリーズの火球のほうが強力だから相殺は無理。
魔法の盾を展開するか?
……これもダメ。残念だが、現時点の俺はシールドの魔法でも彼女ほどのレベルにはない。さすがにこれは防ぎきれないだろう。
横か後ろに飛びのいて逃げるか?
……却下。この魔法は弾速に劣る反面、発射後に軌道をある程度調節できる。火球の大きさ的に逃げきれない。しかもフィーネだって妨害してくるのだ。
そのフィーネと同じように盾を足場にして斜め上空へ?
……下策だな。所詮は一時しのぎ。回避の難しい空中で集中攻撃を受けて沈むのがオチだ。
ならば。
俺は最後の武器である短刀を逆手に持ち、精神を研ぎ澄ませる。瞬間、世界から一切の雑音が消え、火球の落下速度も、まるでスローモーションのように緩やかなものになってゆく。そして……
きらり。
集中力が頂点に達したとき、短刀が銀色の輝きを放った。
「はあっ!!」
一閃、火球めがけ短刀を振ると、その刀身から――ちょうど濡らした棒を振ったとき水滴が飛ぶように――光が抜け出て放出され、火球を貫通する。
一拍の間を置いて……
リーズのファイアーボールは空中で二つに分かれ、ぱっと霧散した。
これぞ母さん直伝、例の緑竜の首を斬り落とした技だ。
簡単にいうと、武器に魔力を込めることで物理法則を超えた切断力や貫通力を生み出すのだ。直接斬りつけることも、このように飛び道具として使うこともできる。
ドラゴンの死骸を見たロッタたちは、首の切断面が完全な平面であること、鱗に刃が触れた痕跡、つまり鱗が凹んだり砕けたりした箇所が全くないことを不思議がっていたし、だからこそあの兄弟にインチキ呼ばわりもされたのだが、この技を知らなければ想像もつかぬことだろう。
現時点の俺ではドラゴンを両断したり、魔法の火球を消滅させる程度にすぎないが、母さんに至っては相手は無傷なのに鎧だけ背面まで真っ二つにしたり、逆に鎧を傷つけずに中の人間だけ斬ったりと何でもありの、それこそインチキである。
魔力を効率よく伝導させるには良質な武器が必要なこと、しっかり重心を安定させないといけない(練度の差か、母さんは空中でも使える)こと、なにより膨大な魔力と極限の集中力が求められることなどから、多用はできないし使い勝手もよくない。だがその威力たるや必殺、まさしく一撃必殺の剣であった。
ちなみに技の名前はない。
俺個人としては、なんとかダイナミックとかハイパーなんちゃら斬りとか、そんな技名が欲しい気がしなくもないのだが、本家本元の母さんが名前をつけていないのに、勝手に命名するわけにもいかないからな。
前に一度、名前をつけたらどうか、と言ったことがあった。
そのとき母さんは「十代とアラフォーの違いねぇ」と苦笑いしていた。俺もその歳になったら分かるのかもしれないが、大袈裟な名前をつけるのはなんとなく気恥ずかしいのだとか。
だがそれ以上に重要なのが、下手に名前をつけることで「その技へのこだわり」が生まれてはいけない、とのことだった。
「最後はあの技で決めてやる」という欲が出て動きを読まれ、思わぬ不覚を取るかもしれない。
「あの敵には必殺技しかない」という勝手な決めつけが、弱点を見抜く観察眼を曇らせる可能性もある。
ついつい乱用してしまえば、力の無駄遣いにも、無用な攻撃、いわゆるオーバーキルにもなるだろう。それは余計なピンチやトラブルの元だ。
名前をつけなかったのは、そういったことへの戒めもあったのかもしれない。あの人は言っていた。
「よく覚えておきなさい。技はあくまでも手段であって目的ではないの。この技でかっこよく敵を一刀両断にしようと、バナナの皮を足元に投げて転んだ相手が頭を打って気絶しようと、自分が生き延び、目的を達成できれば同じことなのよ」と。
でもママン、相手の足元にバナナの皮を投げる剣士はちょっと嫌です、はい。
だがとにかくピンチは脱した。
「えっ……!?」
「な、何が起きましたのっ!?」
さしものフィーネとリーズも、理解が追いつかないのか一瞬動きが止まる。この機を逃してはならない。
「今度こそ一人!」
俺はリーズに向かって突進した。ただしフィーネの追撃に備え、背後にシールドを展開することは忘れなかった。
「……っ!」
リーズがあわててシールドを展開する。だが動揺から集中を欠いたのか、さっきより明らかに強度が低い。これなら!
俺はファイヤーボールを発動させた。この至近距離、しかも前方に突進しながらの使用なら、もう飛び道具というより炎をまとった掌底と言ったほうが近いだろう。
「うおぉぉぉっ!」
そして燃え盛る左手を、至近距離でシールドに叩きつける! 炎が飛び散るさまは、さながら勝利をつかめと轟き吠える神の指先のごとし。
さしものリーズの盾も、これには耐えきれず砕け散った。俺はそのまま彼女に肉薄。悪いが、今度こそ決めさせてもらう!
「ひいっ、こ、来ないでぇぇぇっ!」
「終わりだ」
戦意を喪失し、杖を放り出し頭を抱えてへたり込んだリーズの顎をクイっと持ち上げ、その喉元にピタリと短刀を突きつける。
これを見てマスターがリーズの脱落を宣言。観客席から歓声が上がった。
俺の未熟さゆえ予想以上の苦戦を強いられたが、ようやく一人。
いよいよフィーネとの最終決戦だ。




