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012 綺麗な花にはトゲが多すぎ

 ひょんな事から、一対二のハンデ戦をやることになってしまった。


 観客はフィーネとリーズの美少女コンビとの試合をお望みだが、二人は承知するだろうか? 顔を見合わせ相談することしばし。


「やります!」

「及ばずながら、やらせていただきますわ」

 観客席から歓声が上がった。片方だけ連戦はフェアじゃないということで休憩時間がとられ、俺たちは一旦控室に戻る。


「すまないな、俺のせいで余計なことに巻き込んでしまった」

「気にすることはありませんわ。承諾したのは私たちですもの」

「わ、私は、魔法使いといっても、魔法薬ポーションの調合とか、古文書の解読とかがメインで、戦いはそこまで得意なわけじゃ……。だから、その……優しくして、ね?」


 リーズ、上目遣いでその台詞は誤解を招くぞ。

 男の理性なんて、案外あっけなく崩壊するんだからな?


 ━━━━━


 さて再び試合会場。俺は新しい木刀を手に、距離を取って二人と向かい合う。

 今回の得物はこれと短刀だけだ。

 貸し出し品の槍は脆すぎる。フィーネが相手ならさっきみたいに折られて終わりだ。もう最初から太めの木刀だけでいいや。当てにならない武器なら要らん。


「では、本日のエクストラマッチ! 始め!」

 マスターの宣言と同時に、俺はフィーネに接近した。離れたままでは攻撃魔法のいい的だ。


 そしてリーズとの間にフィーネを挟む形で位置を取る。これならリーズは同士討ちを警戒して、強力な攻撃魔法は使えないだろう。

 当然ながら、一対二の戦いは一方を可能な限り早く倒して数的不利をなくすのが鉄則だ。フィーネとリーズ、どちらを先に狙うかは展開次第だが、さて……。


 俺はフィーネと様子見の攻撃を打ち合いつつ、ときおり横に飛びのいてはリーズにマジックミサイルを単発で放つ。もちろん容易に防がれるが、牽制になればいい。


「ふっ!」

 そしてタイミングを見計らい、フィーネの足、盾で隠れていないすねの付近を狙って、なぎ払うような斬撃を繰り出す。

 しかしこれは読まれていた。彼女は小さくジャンプして回避。そして……


「だりゃあ!」

 両足を揃えて足の裏での前蹴り、母さんが言うところの正面飛び式ドロップキック。修道服の下にはきちんと長ズボンを履いており、パンツは見えない。


 俺はこれを盾の役割を果たす左の肩当てで受ける。

 しかし、怪力のフィーネだけあって衝撃はかなりのものだった。そこら辺の戦士なら、この一撃だけで脱臼どころか骨折してもおかしくないだろう。


 キックの反動で弾かれたフィーネは、ひらりと華麗に宙返りして数メートル先に着地する。間合いが離れた。俺はすかさずマジックミサイル四方撃ちで追撃。

 これを迎え撃つ彼女の体を……


身体強化ブーストっ!」

 淡い光が包む。


 ブースト。ごく短時間ながら、パワー、スピード、打たれ強さなど、主に瞬発力や筋力といった身体能力を強化する補助魔法だ。

 もっとも、本人の耐久力は上がっても装備まで頑丈になるわけではない。なので使いどころを考える必要はあるものの、肉弾戦要員の戦闘力を大きく左右する魔法ではある。


「はあぁぁぁっ!」

 盾に身を隠しながら、すさまじい勢いで突進してくるフィーネ。その盾に阻まれ、四発の光弾はまとめて消失した。


「シールドバッシュ」と総称される、盾を防具ではなく鈍器として用いる攻撃だ。彼女は女性としては相当恵まれた体格の持ち主であり、獣人ならではのフィジカルが魔法でさらに強化されていることを考慮すれば、この体当たりは破城槌ラム(城を攻めるとき城門を破壊する兵器)にすら匹敵する威力があるだろう。


(甘いな)

 確かにすさまじい勢いだ。まともに当たれば、俺とて平気ではいられない。


 当たればな。


 逆にいえば、一度これほどの勢いがつけば急激な方向転換や姿勢制御はできない。横に回り込めば、体勢を整える前にがら空きの首筋や胴を攻撃できる。狩りのときも、猪が突進してきたときはヒョイとかわして一撃、という手をよく使ったものだ。


 さっきの二人組ならともかく、俺には通用せんよ。俺は盾がない方向に回るべく、左にステップする。


 がきん。

(む!?)


 ステップするはずだったが、何かにぶつかって横に動けない! 見れば空中に半透明の板のようなものが出現して、俺の進行方向を塞いでいるではないか!

シールドの魔法か!)


 フィーネは自分にブーストをかけている。つまりこれを出現させたのはリーズしかいない。親友同士ならではの以心伝心の連携だった。

 急な方向転換ができないのは俺とて同じ。もう横に動いて回避するのは無理だ。やむを得ん、ならば後ろに退いてダメージを軽減……


 がちん。

(なっ!?)


 と思いきや、またしても何かに阻まれて後退できない! 死角なので見えないがリーズのシールドだろう。


 この魔法は、盾と術者の距離が離れたり、防御範囲を広げたり、数を増やしたりすると、ガクンと防御力が低下し、かつ加速度的に消費魔力と制御難度が増す。この距離で、この大きさと強度の盾を二枚だと!?


(午前の実演では、ここまでのレベルじゃなかった……まさか!)


「くっ! リーズ、もしかして……」

 動揺する俺を見て、リーズが不敵な笑みを浮かべる。黄色いフレームの眼鏡の奥で、宝石のような――この時だけは猛毒をもつトリカブトの花に思えたが――青紫の瞳が妖しく光った。初めて見る表情だった。


「兵は詭道きどうなり! ジュリアさんが教えてくれたこと!」


 そうだ。たしかソーン・Cとかいういにしえの軍師の言葉と母さんが言っていた。個人の格闘から国家の紛争まで、戦いは裏のかきあい騙しあいという意味だ。


(模擬戦に備えて手の内を隠してたのか。あの大人しいリーズがこんな駆け引きをするなんて……。女って怖い)


 甘かった。リーズの実力、そしてしたたかさを見誤っていた。彼女が成長したのはおっぱいだけではなかったのだ。逃げきれず棒立ちの俺にフィーネが迫る……!


「ぐわぁぁっ!」

 背後の盾が衝撃を防ぎきれず砕け散ったため、潰されこそせずに済んだが……俺はフィーネの体当たりをもろに食らって吹っ飛ばされ、水切りの石のように地面を転がった。


「おりゃあぁぁ!」

 俺が起き上がるより早く、フィーネが追撃の低空ジャンプ右サイドキック、母さん風に言うならライダーキック! 俺は木刀で迎撃しようとしたがその木刀がない。そりゃ、あの体当たり食らったら落とすよなあ……

 そこで咄嗟にリーズと同じ魔法の盾を展開するも、既に強化が切れているにも関わらず、フィーネのパワーはこれをあっさり打ち砕く!


「ぐは……っ」

 まったく勢いが衰えないまま、全体重の乗ったライダーキックが胸板を直撃。肺の中から空気が押し出され、一瞬視界が白く染まる。胸当てがひしゃげ、ベルトの金具が壊れて飛散した。またしても盛大に吹っ飛ばされた俺を見て、観客も驚きを隠せない。


「ゲェェーッ! シスター強えぇ!」

「二人がかりとはいえ、あの竜殺しが押されてる!?」

「たまらん……足蹴にしてほしい……」

 いや、このキック食らったら普通は死ぬからね?


 フィーネの猛攻は止まらない。辛うじて起き上がった俺に、うなりを上げて木剣ぼっけんの突きが迫る。


「なんとぉー!」

 だが俺はそれを左の籠手ガントレットで払って上方に逸らし、中腰のまま右手を伸ばしてフィーネの胸ぐらを掴む。そしてグイと引き寄せ、その勢いのまま後方に体重をかけて倒れ込んだ。

 間髪入れず、彼女の腹部を足の裏で押し出すようにして空中へ打ち上げる。後方ではなく上へ、変型の巴投ともえなげだ。


(見事だったぜフィーネ。だが俺も負けるわけにはいかない!)


「やらせないっ!」

 リーズが援護のマジックミサイルを放つが、これは単発なので対処はたやすい。回避しつつファイアーボールを連射。空中で姿勢制御のままならないフィーネに、アルゴ戦でも見せた複数の業火が迫る。


(決まった。まず一人)

 この数なら、たとえ一発くらい防がれてもマスターは戦闘続行不能と判定するだろう。

 残るは攻撃魔法の威力はあっても発動は遅いリーズのみ。こういうタイプは足止めと時間稼ぎをする味方がいなければそこまで強くない。

 悪いな。この試合、俺の勝ちだ。


「はあっ!」

 だが次の瞬間、なんとフィーネは空中で前方にダッシュして火球を回避した!


「なっ!?」

 確信した勝利がスルリと手をすり抜け、俺は思わず間の抜けた声を上げてしまう。視線の先では、標的を失った火球が魔法の盾に当たって霧散していた。


(まさか……シールドを足場にして跳んだのか!?)


 リーズは援護射撃をしていた。つまりこれを出したのはフィーネということだ。

 別にそれ自体はおかしなことではない。そもそもこの魔法は本来は僧侶が使うことが多いのだから。いわば本職のフィーネも使えるのは、午前の魔力テストで見て知っていた。


 だが魔法を使うには強い集中力が欠かせない。自分は動いているのに空中の特定位置に盾を出すのだから、空間把握や演算能力だって必要だろう。不安定な空中で、巨大な火球が迫るプレッシャーのなか、即座に魔法を発動させ、十分な大きさと強度、かつ最適の位置と角度でシールドを展開する。当然ながら、それは口で言うほど簡単なことではない。


 俺など母さんに比べれば、まだまだ半人前の青二才ということか。リーズだけじゃない、フィーネの実力も見抜けていなかった……


 呆然とする俺をよそに、フィーネはまるで翼が生えたかのように滑らかに宙を滑り降り……俺の後方にヒラリと着地する。


 しまった……挟まれた……!


「私もこの魔法は使えますのよ!」

 フィーネが二発のマジックミサイルを放つ。こちらは本来は魔法使いが使用することが多い魔法だ。もしかしたらリーズと魔法を教え合っているのかもしれない。

 俺はこれは難なく払いのける。だがそれは向こうも予想済み。そもそも、それこそリーズのための足止めと時間稼ぎだから当たらなくてもいいのだ。


「ヒデトちゃん、凄いよ! でも魔法じゃ負けられないっ!」

 興奮しているのか、昔の呼び方に戻っているリーズがファイアーボールを発動させた。空中に炎が発生し、瞬く間に大きくなってゆく。


(大嘘つきめ……! なにが『戦闘は得意じゃない』だ)


 彼女が生み出した火球は、数こそ単発だが俺のものよりはるかにでかく、優に直径三メートルはあった。

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