011 不倒の巌を打ち倒せ!
鎧の装甲板が触れあう音さえよく聞こえない歓声の中、試合が始まった。
まずは様子見。俺はひとまず間合いを取ったまま、魔力の光弾を放つ魔法マジックミサイル二発、時間差で撃つ。
この魔法の威力は投石ほどしかないので、相手がアルゴでなくても決め手にはならない。が、わざと一発めを防がせ、それで防御が空いた場所に本命の二発めを当てられれば、じわじわ削ったり、体勢を崩させたりできる。
つまり素手の格闘でいうところのジャブだ。しかし。
「当たらんよ」
どちらも容易く防がれた。
ならばと次は四発、上下左右からの同時攻撃。この魔法は、熟練すればある程度曲げることができる。
光弾が軌道を変えてアルゴを襲うが、彼は巧みに体を動かし、盾や鎧の装甲板が厚い部分で受け流した。判定はノーダメージ。
お見事。一発くらいはと思っていたが……。
しかし向こうのスピードはおおよそ察しがついた。俺なら間合いを取り続けるのは難しくない。
次は火球。文字どおり火の玉を飛ばすもので、発動の早さや弾速にはやや劣るものの、攻撃力と汎用性に優れる定番の攻撃魔法だ。直径一メートルほどのを五発、数珠つなぎで放つ。
それは全て盾で防がれたが、観客席からはどよめきが漏れた。この大きさの火球を五連発するには、本職の魔法使いでもBランクほどの能力が必要となる。
「むう」
これにはアルゴも少し嫌そうな雰囲気。判定こそノーダメージだが、最初から盾を狙った攻撃と分かっているからだ。
今は魔道具で抑制されているが、実戦なら盾の耐久力は無限ではない。騎士物語の決闘のシーンでも、盾は大抵最初の激突で壊れる。
もちろんこれは演出で、実際にはもっと……アルゴのはさらに頑丈だろうが、いつまでも攻撃を受け続けるのが好ましくないことに変わりはない。
だがこの展開は一部の観客には不本意だったらしく、ブーイングが上がり始めた。
「どうした竜殺し! その剣は飾りか!」
「逃げ回るな! いつも広い場所で戦えるとは限らないぞ!」
「アルゴが怖いのか!」
声の出所は、主に一般人がいる場所か。他人事だから気楽なものだ。
むろんアルゴをはじめ、冒険者や依頼を出す側の商人は動じない。彼らは遠距離戦の重要性を知っている。
「まずは矢合わせ(飛び道具の撃ち合い)か。定石だな」
そう言って例のペダルで盾を固定し、弩に装備を変更。
ドワーフは身長に比例して腕が短いため弓はやや不得手だが、腕の長さに左右されず、かつ引き絞るのに強い力が必要な弩は得意としている。
斧やハンマーのイメージが強い種族だが、近距離戦しかできないわけではないのだ。
ぎりり。
本来は歯車や梃子を使うほどの剛弓を、腕の力だけで易々と引き絞るアルゴ。そして弩を構えた次の瞬間、びゅん、と風を切る音を立てて極太の矢が飛ぶ!
クロスボウが連射力に乏しいというのは、使い手が常人ならの話だ。本来なら一本放つのに一分以上はかかる弩の矢が、立て続けに迫る。
「向こうも、これで決まるとは思ってないだろうが……」
俺は全ての矢を払いはするが、これでは発動が遅めのファイアーボールを放つのは一苦労。といって借り物の短弓やマジックミサイルでは有効打にならないし、アルゴが矢を切らすまで粘るのも考えものだ。向こうは一歩も動いていないのにこっちは動き回るのだから、体力が持つ持たないは別として、上手いやり方ではない。
「さあどうする。矢はまだたっぷりあるぞ?」
「これじゃお互い埒があきませんねぇ」
アルゴがニヤリと笑う。きっと俺も同じだったろう。俺たちの間には、戦士の機敏ともいうべき一脈通じあうものが芽生えていた。
「そろそろ小手調べは……」
「終わりにしましょうか!」
俺は一気に間合いを詰める。
今は身体強化の魔法は使えない。この借り物の武器では増強されたパワーに耐えられない。だが条件は同じだ。
恐れるな俺の心、悲しむな俺の闘志!
これを迎え撃って、アルゴも再度フレイルと盾に装備を変更。とたんに観客席は掌を返して大歓声。まったく現金なことだ。
俺はさっきの試合でウェンディがやったように、左へ左へ、相手の周囲を時計回りに動きつつ攻撃を加える。格が違っても左手に盾を持っているのは同じなのだから、その防御範囲を避ける基本戦法は変わらない。が……
「むぅん!」
豪腕フレイルが一閃、槍が小枝のようにへし折れた。
試合用ならこんなものか……まあいい、俺がいちばん得意な武器は剣だからな! 俺は木刀に持ち変え、さらに間合いを詰めて猛攻をかける。
「む、ぐうっ!」
アルゴはせっかくの盾を活かすこともままならず、防戦一方となる。フットワークの速さと小回りで俺に及ばないうえ、フレイルは「振り回して遠心力を利用し、長い棒の先端を当てる」武器なので、距離が近すぎるとかえって攻撃しにくいのだ。
俺はさらに攻撃速度を増してゆく。
木刀の打ち合うカン、カンという乾いた音がグラウンドに響く。だがその中に、少しずつガン、ガンという金属を叩く音が交ざり始めた……
「速えぇ! それに動きに無駄がねぇ!」
「嘘でしょ!? あのアルゴが押されてるなんて!」
「強すぎる……もうSランクだろあいつ」
ヒートアップする観客に呼応するように、俺は回転を上げてゆく。しかし敵もさるもの、決定打だけは入れさせてくれない。これが並の戦士ならもう八回――今ので九と十だ――は致命の一撃が入っているはずなのに。
さすが冒険者の本場、迷宮都市リンゲックで最強の座を争う戦士だ。「不倒の巌」という異名は決して誇張ではなかった。
世界は広い。武の道に果てはない。
俺は今さらながらに己の無知を思い知らされた。この世にはまだまだ、見たことのない強者が溢れているのだろう……
だがそれはそれとして、いつまでも守勢ではじり貧だ。アルゴの顔からは、もう完全に余裕が消えていた。
「くっ!」
「逃がすか!」
たまらず後ろに跳びのいて間合いを取るアルゴ、俺はすかさずマジックミサイル四方撃ちで追撃。それは三発まで盾に防がれたが、一発が兜をかすめる。
「勇者の紋章は伊達ではなかったようだな……だが!」
そう言ってアルゴは盾を捨てる。そして空いた左手でフレイルの先端をつかみ、思いきり引っ張った!
彼の怪力にかかれば鎖も糸も大差ない。鉄の輪はあっけなくちぎれ、巨大フレイルは一瞬にして二本の棍棒となった。熟練した戦士の機転か、それとも最初からこの使い方を考慮して武器を選んでいたのか。
「棍棒の二刀流……! まるでコーウェン・ジャックだ」
「ほう? 誰だそいつは」
「母が子守唄がわりに聞かせてくれた物語の豪傑ですよ。鎧を着せた馬を鎖で繋いだ『連環馬』という騎兵隊を率いる騎士です」
「知らんなあ。後で聞かせてくれんか?」
「ええ。このテストが終わったら、酒場でいくらでも!」
俺たちはふたたび間合いを詰め、激しく打ち合う。最適な間合いが変わり、かつ手数が増えたことで、アルゴの攻撃が一気に激しさを増した。
びゅん、びゅん、びゅん。
二本の棍棒、そしてその先端に残った鎖が、竜巻のような唸りを上げて荒れ狂う。
(長期戦は無理か)
俺は攻撃を全て捌きはするが、木刀で払うたびに小さな木片が、鎧で受け流すたびにオレンジ色の火花が散っている。鎧はともかく木刀は長くは保たない。
「お、お願いだからケガだけはしないで!」
「うう……見てる、こっちが、怖い……」
「でも……一発も有効打になっていませんわ」
この声はロッタにリーズ、それにフィーネか。そう、俺はまだ直撃は受けていない。
(確かにアルゴのパワーと攻撃のスピードは凄まじい。だが、母さんのそれとは違う。見える。見切れる!)
「おぉーッ」
雄叫びを上げ、アルゴが渾身の右突きを繰り出す。
(ここだ)
俺は体を沈め、紙一重でこれを回避。
「はぁっ!」
そして右手が伸びきってがら空きとなった相手の右脇を狙い、向かって左下から右上にかけて、右腕一本で斬撃を叩き込んだ。木刀の先端が、寸分の狂いもなくアルゴの脇、鉄板より防御力の弱い鎖かたびらでしか守られていない箇所を打ちすえる!
「ぐわぁッ!」
これにはさしものアルゴも堪らず、得物を取り落とした。マスターの旗を見ている暇はないが有効のはず。
これがノーダメ判定なら八百長だ。真剣なら……鎖かたびらで多少軽減されても大量出血は免れない、すぐに止血しないと危険な一撃だった。
だが試合は止まらない。
太い血管を切られても、人は一瞬で失血死するわけではない。よって短時間なら続行可能……マスターはそう判断したのだ。そしてアルゴは、その短時間で相手を道連れにする力を持っている!
「ぬおーッ!」
最後の力を振り絞り、せめて相討ちと左腕を振りかざすアルゴ。しかしその攻撃より早く、俺の木刀の先端が彼の喉元に突きつけられた。
会場が静まりかえる。数秒か、それとももっと長かったか……
驚愕に目を見開いていたアルゴが、ふう、とひとつ息を吐き……ゆっくりと腕を下ろす。
「見事だな……。お前の勝ちだ、ヒデト」
「……それまで! 試合終了! ヒデトさんの勝利ですっっ!!」
マスターの宣言に、会場のボルテージは最高潮となった。
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「信じられねえよ、あのアルゴに勝っちゃったぜ……」
「とんでもないヤツが現れたな。有力パーティで争奪戦になりそうだ」
「さすがは勇者様の息子ね」
「冒険者どころか、領主様も放っておかないんじゃないか?」
「だろうな。母親であるジュリア様との人脈も欲しいはずだし」
どよめき未だ納まらぬ中、マスターの声が響く。
「では、これにて全種目を終了いたします。ご声援、ありがとうございました。ランク査定の間に講習を行いますので、新規登録の皆さんはこのままギルドの……」
「いや! もう一試合だ!」
(ん?)
マスターの言葉を何者かが遮った。なんだ? サプライズ演出でもあるのか?
「あっ……領……いえ」
声の主は、複数の従者がついた富裕商人とおぼしき男性だった。まだ若いな、ヒゲを蓄えているが目元とかにシワがない。
ところで「リョ」とはなんだろう。そういや薬草を扱う大店に緑なんとかって店があったっけ。そこの若旦那だろうか。
「今の試合で、彼が一騎討ちに強いことはよく分かりました。十分すぎるほどにね。でも、複数を相手取るのは、また違った強さが求められるものです」
その通りだ。まったく勝手が違う。実際、闘技場あがりの戦士など一騎討ちに強い者が、乱戦であっさり殺られるのは珍しくない。
「そして、実際の依頼では多人数を相手にすることだってある、むしろそちらの方が多いでしょう? なら、複数相手の強さも見たい! また、それを見なければ依頼を出す参考にならない! どうですかな皆さん。皆さんもそう思いませんか?」
ごもっとも。
若旦那(?)が大袈裟な身ぶりで――これは雄弁術といって、立派な演説のテクニックだ――煽ると、無責任な観客はすぐ乗った。
「そうだそうだ! ハンデ戦だ!」
「だいたい彼は一人で二体のドラゴンを討伐したんだろ?」
「なら複数相手の戦いも嫌とは言わないよなあ!?」
たちまち巻き起こる「もう一戦」コール。他人事と思って。いや他人事なんだけど。
「あ、あの、困ります。ギルドの規則がありますので……」
マスターが会場をなだめようとするが、コールは鳴りやまない。もう制止は無理と見たのか、彼女は困ったように俺を見た。
「俺は、武者修行のためにこの町に戻ってきた。それにあの方の言うことは正しい。なので異存はありません。ただ……相手は誰が?」
一対二とはいえ、あの戦いを見た後だ。観客席の冒険者たちが顔を見合わせるが、名乗り出る者はいない。
「俺がやるわけにはいかんだろうな。同じ相手との連戦は観客が望むまい」
アルゴはだめ。
「ならいっそマスターが誰かと組むとか? さすがにマスターに数の優位が加わったら、俺の勝ち目はほとんどないと思いますけど」
「却下。何かあったら裁定を下すのは私だもの、気絶でもしたら収拾がつかなくなるわ。そもそもアラ還のおばあちゃんに無理をさせないで」
マスターもだめ。その時、観客の誰かが声を上げた。
「あの姉ちゃんたちがいい! シスターとメガネちゃん!」
「おう、それだ! あの二人の試合、あっという間に終わっちまったもんなぁ!」
「そうだそうだ! あの二人の試合ももっと見たい!」
「えええええ!? わ、私たち、です……か!?」
リーズが目をぱちくりさせ、ひっくり返った声を上げた。