010 勇者の紋章の重み
能力測定テストの模擬戦も次が最後、ようやく出番だ。
さて、貸し出される武器もいろいろあるが、槍と短刀は当然として、いちおう短弓も持っておくか。ここには身を隠す遮蔽物がない、丸見えの状態で射て当たるかは別として、念のため。
あとは剣だが……
真っ直ぐな木剣でも問題はないが、少し曲がった木刀にしよう。こっちの方が愛用品に近い。
軽く素振りして感触を確かめる。伝導率は低いがあの技を使えないことはない。そもそも模擬戦なら致命傷レベルの威力は不要だし、大きな問題はないだろう。
「いよいよ最終戦! トリを飾るのは勇者の息子にして噂の竜殺し、ヒデト! 対するは……この人ですっ!」
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「なっ……」
控室から出てきた人物を見て、俺は絶句した。
でかい。とにかくでかい。
正確には、百七十五センチほどなので上背だけなら百八十一の俺より低い。だが骨格の太さが、筋肉の厚みがまったく違う。俺も母さんの指導と、栄養バランスを考えて作ってくれた食事のおかげで並の戦士以上の筋肉はあるが、それでも小枝と丸太の差だ。体重だって俺の九十五キロの倍はあるだろう。
それもそのはず、その人物は信じがたいことに、受験者組の僧侶と同じドワーフ族なのだ! 人間になぞらえるなら軽く二メートルを超える超巨漢、まさしく世界の大巨人であった。
(マスターにロッタ、フィーネにリーズと、この町に戻ってから驚きの連続だが……今回が一番ビックリだぜ。百七十超えのドワーフなんて冗談だろ!?)
驚いたのは俺だけではないらしい。観客席からどよめきが漏れる。
「ア、アルゴじゃねぇか!」
「マジかよ! 『不倒の巌』がやるってのか!?」
「あいつが新人の試験官なんて反則だろ!」
アルゴ……そうか、この男が昨日、そして今朝ロッタが言っていた、迷宮都市リンゲックでも一、二を争う戦士か。
種族全体の傾向として機敏なフットワークにこそ若干欠けるものの、そのタフネスとパワーをもって全ての攻撃を受け止め、全ての防御を打ち砕く規格外の豪傑。スタミナも底なしで、どんな攻撃でも倒れない、相手が先に倒れるため最後まで立っている、そして雄大な岩山が連なるガドラム山脈にあるドワーフの国出身という三つの意味から「不倒の巌」の異名がついたのだとか。
ドワーフの例に漏れずヒゲ面なので年齢はよく分からないが、冒険者歴はまだ一年ほどだそうだ。そのためギルドへの継続的な貢献度の関係でランクはAだが、強さは間違いなくSランク、しかもその中でもトップクラスという。
だがランクに反して、その鎧はすこぶるシンプルなものだった。
一般に、ドワーフは貴金属への執着が強い一方で質実剛健を好む。彼らは優れた金属加工技術を持つが、美術品は人間のそれに比べて複雑さを抑えた「金属そのものの美しさ」を見せるものが多いし、実用品も「高品質と安さの両立」を追求する傾向が強い。アルゴの装備は典型といえるだろう。
といっても普通なのは形だけ。装甲の厚さは、場所によっては通常の三倍ほどもあろうか。良質な鋼がよく鍛えられ、手入れも行き届いている。ギラリとした武骨な輝きは、熟練の職人が使い込んだ道具のような凄みを感じさせた。
大型の長方形盾も普通の倍は厚みのある樫の板で作られ、縁は金属で補強されている。よく見ると、裏面に鐙かペダル? のようなものがあるのが面白い。
両手を空けるときに、足で踏んづけて固定するための仕掛けだろう。弩を使う兵士がよく持っている、据え置き式の盾の機能を持たせたものか。
表面は山吹色の革張りで、ガドラム山脈を模したらしき山型模様の黒い横線の図柄。中央部を補強する丸い鉄板に刻まれた多くの傷が、くぐり抜けてきた激戦を思わせる。
兜は、厚み以外はごく普通の水滴型。コスパがいいためもともと普及率の高いタイプだが、それに加えて上からの攻撃を受け流し易いため、身長の低いドワーフは伝統的にこのタイプを好む。鼻当てはあるが角はない。それは儀礼用のだ。
メイン武器は、ここまでくると巨大なヌンチャクといったほうが近い殻竿、予備の武器はこれまた大型のクロスボウ。ていうかあれ、城壁に据え付けられてるやつじゃないか?
なるほど、だから盾に工夫をしてたわけだ。接近戦のみならず、状況次第で飛び道具も使うタイプ。厄介だな。
貸し出し品にはサイズの合うのがなかったのか、短刀は持っていない。もっとも、あの豪腕にかかれば素手でも同じことだろう……
装備からしてそこら辺の端武者ではない。だが何より本人のかもし出すオーラが、これまでの試験官たちとは明らかに「格」が違うことを雄弁に物語っていた。
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試合前の説明を受けるため、俺とアルゴはマスターを挟んで向かい合う。視線は見下ろしているのに、まったくそんな気がしない。
ギョロリとした大きな目、緑の瞳。太い鼻に、意思の強さを感じさせる引き締まった口元。格闘戦では邪魔になるからだろう、銅を思わせる赤茶色の髪と髭が、いずれも短く切り揃えられ、しかしよく整えられているのが印象的だ。
一見して、身嗜みと立ち居振舞いがしっかりしている。武人の作法に則っている。有象無象の荒くれ者とは違う。
その闘気は、鎧を突き抜けて肌を刺すほどに強い。おそるべき強敵だ。だがそれはそれとして、俺は早くもこの人物に、戦士として敬意を抱く自分に気づいていた。
「竜殺しの噂は聞いていた。俺が相手になる」
「よろしくお願いします。それにしても、二つ名を持つAランク冒険者ともあろう者が新人の相手なんて、少し大人げないんじゃありませんか?」
「お前は特別だ。桜花の剣士、勇者ジュリア様の弟子だそうだな」
「ええ。ついでに言うなら、あの人は師匠であると同時に母ですけどね。時に『子連れ勇者』とも呼ばれていたあの人が連れていた子供、それが俺です」
その言葉に、アルゴはふむと頷く。
「そうか。お前はまさに、勇者が手塩にかけた男というわけだな。さて本題に入るが、冒険者の中にも、彼女にあやかって異国風の鎧を着ている者はいる。だが桜の紋章をつけている者はいない。勇者の象徴だからだ」
言われてみれば、観客席にはサムライ風の鎧をまとった戦士が散見され、それぞれが違ったエンブレムをつけていた。心なしか、その視線は他の者に比べて厳しいようにも見える……。
「しかし、いわば家紋であり流派の印でもあるのだから、息子で弟子のお前がつけるのは道理だと、俺個人は思う。が、そうでない者も少なくない」
「つまり、弱いやつがつけるな、と」
「そうだ。だからこの試合で、勇者のエンブレムに相応しい戦士と証明することだ。もし俺に勝てたなら、誰も文句は言わない。俺が言わせない。むろん、俺とて負けるつもりはないがな」
「さ、お話はそのくらいで。試合を始めるわよ」
「はい」
「うむ、ちと喋りすぎた。戦士は口舌でなく武勇で語るものよ」
マスターに促され、俺たちは距離を取って向かい合う。
「それでは、本日の最終戦……始め!」
観客席から、ワッと歓声が上がる。
視界の隅に、祈るように手を組むロッタとリーズが見えた。
アルゴの盾はだいたいこんな感じ
∧が黒い線、真ん中よりやや上
○が鉄板、実際はもう少し大きい
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