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18. お姉ちゃん







「……ロ……ア?……ロア?」




一体何が起こったの……?確か、私のことをロアが守ってくれて、それで……ホブゴブリンが――



「ロアーー!」



視界の先で――ボールの様に地面をバウンドしながら吹き飛ぶ妹を見た。




私のせいで!私の事なんかを守ろうとしたせいで、ロアは――って言ってる場合じゃない!早くお母さんに治してもらわないと!……その為にもこいつを――!



なのに――



……怖い!……足が震える。誰か助けて……お父さん……お母さん…………ドア……。……でも、私が……私がやらないと!



ロアを殴り飛ばしたホブゴブリンへ真っ直ぐに剣を構える。前から……ズン!……ズン!……とゆっくり、一歩ずつ迫ってくるホブゴブリン。



3m、2m、1m……とっくに奴の間合いだ。


……だが、そいつは私の事など見えてないかのように――



ねぇ、何を見てるの……どこに向かってるの……



驚異であるはずの剣構えるエリシアの横を素通りし、一歩ずつゆっくりと歩を進める先には、既に虫の息で倒れる黒ローブの少女。




……だめ……それだけは……それだけはだめ!



「こっちよ!!」


(来ないで……)



「こっちって言ってるでしょ!どこ見てるのよ、この化け物!」


(お願いだからこっちを向かないで……)



「ほら、あなた達の大好きな女よ!……好きにしていいわよ!」


(怖い……逃げたい……だけど、妹だけは――。私はどうなってもいい……だからお願い……こっちを向いて!)



挑発し、剣を下げ、無防備にしてみるも、何も変わらない。ただ、一歩ずつ着実に妹へと絶望が近づいていく。



そして――



倒れ伏す妹の隣へ立ち、見下ろすホブゴブリン。その絶望の手が伸びる――



――スローモーション。欲望に塗れた手がロアへと近づいていく。それをゆっくりと、見ることしか出来ない……。これは、お姉ちゃんだからと虚勢を張り、結局何も守れなかった、私への罰なのだろうか――。



わたし……何やってるんだろう……。

今朝は弟に守られ、そして今は妹にも守られ……ロアに至っては大怪我までさせてしまった……。

私は二人のお姉ちゃんなのに……私のせいで……私が弱いせいでッ……!

……今もロアへと絶望が伸びている……



このままでいいの………?このまま見てるだけで…………



……良い、わけがない!



……だけど



――動かない。まるで恐怖という感情に重力があるみたいに――



でも、だけど!私が……私が!私がやらなきゃ、ロアは…………



――だめ……だめ……ダメダメダメダメ……



「そんなのダメェーーーーー!!」



突如、足裏に瞬間的に爆発する魔力――――





――――ザンッ!





靡く金髪――その金の軌跡が通った後には、重力を思い出したかのようにドサッっと落ちる丸太のような腕。



「はぁ……はぁ……はぁ……」



ホブゴブリンの腕を切り落とす事で生まれた隙に、ロアを抱き抱え、距離を取る。



動けた……!……私がロアを助けたんだ!

……そうだ、私がやるんだ!

もう、口先だけで、守られてばかりの私はいらない!!……もう、私は逃げたりしないっ!



ロアを優しく寝かせ、キッ!とロアを庇うようにホブゴブリンを睨みつけ、切っ先を向ける。



右腕は落とせた!……あとは左の殴りと蹴りだけを気を付ければいい――いける!



――だが、その期待を裏切るかのように……




「嘘でしょ……再、生した……?」



赤黒い魔力が腕の断面へと集まり、破損したデータを再構築するかのように、腕が元通りになった。



そして、漸くエリシアを脅威だと判断したのか、今度は赤黒く充血した異様な眼が真っ直ぐエリシアを見据える。



「……っ!」



……怖気付くな私!再生出来ると言っても限度があるはず!!



決意を固めるかのように、剣を握る手をギュッと強く握り、再度脱力をする。



……だけど、ここじゃロアが危ない。……でも、目を離したら殺られる。 ……なら、相手を動かさなければいい!



すぅーっと深く息を吸い、呼吸を整え、静かに、一歩ずつ……今度はこちらから距離を詰める。



……3m……2m……



剣をダラりと下げながらホブゴブリンへと近づいていく少女――それは、傍から見れば、戦うことを諦め、慰みものになることを観念したかのように映るだろう。


……だがその少女の心の内は……



左足……前に踏み込み、右腕大ぶり、やや下へ私の顔に向かっての殴りつけ……



――スッ…………



筋肉、視線、呼吸、意識……それらを観れば、相手の次の動きを予測するなど容易。……なら、相手の動きの軌道に剣を置いておけばいい。そうすれば勝手に―――




――ドサッ!




……踏み込もうとした左脚。その膝から下が無くなり、バランスを崩したホブゴブリンの巨体が小さいエリシアを忌々しそうに見上げる。



……くっ!私はまだまだ!お父さんなら、倒れてくるホブゴブリンの自重で首まで切れてた!



脚を再生させながら繰り出してくる右腕でのなぎ払いはスレスレで避ける。



……また再生した。もっと……もっと魔力の無駄を無くさないと……。



……身体強化は最小限……動体視力、それに合わせた思考加速。そして、移動に使う魔力は間合いを詰める事で軽減する。だが、剣に魔力を沢山込めて強化しなければ、吹き飛ぶのはエリシアの方……。



脚を再生させて立ち上がったホブゴブリンを再び観る――



……ただの突進……ううん、両腕を広げた掴みね……。……あれ、さっきよりも遅い?

それに……吹き出る魔力が減っている。

……もしかして、再生に魔力を使ってるから?

それなら、あと何回か繰り返せば――



――ザスッ!



両腕を広げ真っ直ぐに突っ込んでくる巨体。その脇をくぐり抜けると同時に、後ろから膝裏へ剣を突き刺す。切るよりも刺す方が魔力消耗が少ないからだ。



膝裏を刺され、膝をつきながらも裏拳を放ってくるホブゴブリン。……だが遅い。



裏拳を屈んで避けると同時に、剣を振り上げ、腕を切り飛ばす――。そして、膝をついた事で切りやすい位置になった首を―――




――ザシュッ――――



――残心――――



――少し間を置いて、ボフッと煙のように消える体……そこに残るのはゴロッとした拳大の不気味な魔石。



「……っふぅーー。やった……やった!私、ロアを守れたんだ!やっとお姉ちゃんになれたんだ!……ロア!今、お姉ちゃんがお母さんの所に連れて行ってあげるからね!」



――トラウマを克服し、妹を自分の手で守れた安堵と喜びの余韻に浸った後、急いでロアの元へと駆け寄ろうとした、その時――――




「……うそ、よね……こんなのありえない……どうして……!」




……ズン!……ズン!……ズン!…………っと思い出したくもない絶望の足音が、1匹……2匹……3匹………………



全部を倒す――無理よ。そんなの私には出来ない。……ならもう……ロアを連れて逃げるしかない!……村から出てメンバニ方向に行けばお母さんも――


……っと門の方を見てみれば――



ズン!……ズン!……


門の方からも1匹……2匹と近寄ってくる。




……ッ!……どうすればいいのよ!?……でも、とりあえず今は、ロアを連れて逃げなきゃ――



倒れる妹をぎゅっと抱き抱え、急いで走り出す――追ってくる足音――



エリシアは残った力を振り絞り、身体強化を施すが――


――逃げ切れない。 そう悟り、大きな倒木の影にロアを抱えながら滑り込んだ。



……隠れられた……。だけど、見つかるのも時間の問題よね……。……何か……何か、奴らを引きつけられるものがあれば…………



――そういえば!……さっきからあいつらはロアを見ていた!私が倒したホブゴブリンも、ロアが倒したゴブリンも、私より先にロアを捕まえようとしていた……。……もしかして奴らの狙いは、ロア??……でもどうして……?――いや、今はそんなことより――



すぅーっと大きく息を吸い、はぁ〜っと長く息を吐く……



………っよし!!

覚悟は決まった、あとは――



「……ごめんね……ロア……。」



倒木に寄りかからせたロアの、特徴的な黒ローブを脱がしていく――。



そして――

バサッ!っと少し丈が合わないローブを自身に羽織り、目深にフードを被る……。そして、未だ目を開けないロアの頬に手を添えて…………




「……ごめんね……ロア……。」



「…………」



「……痛かった……よね? 本当は怖かったわよね?」



「…………」



「本当にごめんね。私が弱かったばっかりに……。」



「…………」



「……だけどもう逃げないって決めたの!……私はロアの……そしてドアのお姉ちゃんなんだから!……だから、ごめんね。ロア……。」



――ロアの眼がうっすらと開き……



「……うっ……おねえ……ちゃん?……どうして私のローブ……着てるの?」



「ふふふっ……そうよ。私はロアのお姉ちゃんよ!……だから、私、行くわ!……今までありがとう! 私の妹でいてくれて……私をお姉ちゃんにさせてくれて……だから、じゃあねっ――。」



――ダッ!っと倒木の影から抜け出し、ロアから少しでも遠ざかるように……1匹でも多く引き付けられるように!!




――――そして、あっという間にホブゴブリン、ゴブリンに囲まれて――




――恐怖を克服し胸を張るエリシア――そこに生まれる致命的な隙――――振り上げられる棍棒――――…………だが、今度は助けが来る訳もなく、無慈悲に振り下ろされる―――








――――バゴッ!!






――薄れゆく意識。

遠くで、ドォン!という、優しい絶望の音が聞こえた気がした………―――――。





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