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7.銀貨の値打ち

「何か体調のことで困ったことがあれば、いつでも相談してね。わたしはあの丘の家に住んでるから。わたしがいない時は、おばあちゃんが話を聞いておいてくれるよ」


 シュゼットは町から離れた山の前にある丘の上の家を指さした。町から見ると、シュゼットの家は手のひらほどの大きさに見える。


「体調の相談ってことは、シュゼットは治療師なのか?」

「治療師ってほどじゃないかな。町の人に、植物の力を借りた自然療法を施してるんだ」

「へえ! 植物の力! それじゃあ香り袋も、その自然療法の一つってことか?」

「うんっ。香りを使ったケアだから、自然療法の中のアロマテラピーに分類されるんだ。エリクにはすぐに効果があったみたいだけど、基本的にはアロマテラピーは魔法の治療みたいに、短期間ですぐに良くなるようなものじゃないんだ」

「そうなのか」

「時間をかけて体を良い方向に向けるって感じ。でも魔法よりは安いし、良い香りで気持ちが良い治療法だから、一人でも多くの人にできたら良いなと思ってる」


 エリクは優しい笑顔で「良い考えだな」と言った。


「じゃあ、治療して収入を?」

「そう。まあ、たくさんはもらわないけどね。たいていは物々交換みたいに、わたしは民間療法を、相手からは野菜や魚をもらうって感じかな」

「それなら俺も何か返した方が良いな」

「えっ! そんなつもりで言ったんじゃないんだけど」

「そういうわけにはいかないだろ」


 エリクは香り袋が入っている方とは反対のズボンのポケットを漁り始めた。ポケットからおやつが出てくると勘違いしたブロンは、舌を出しながらエリクのシャツをひっかいている。シュゼットは「ダメだよ、ブロン」と言って、ブロンをエリクから受け取った。


「これで足りるか?」


 エリクが差し出してきたのはきらりと光る銀貨だ。


「銀! 多すぎだよ! 銅で十分!」


 シュゼットはブンブン首を横に振った。


「銅は持ってねえ」


 エリクは右の口角だけを挙げて、得意げに笑った。


 ――……絶対にウソついている。これまでの会話も、お代を渡すための誘導だったってこと?


 シュゼットとエリクは銀貨を挟んでしばらくの間見つめ合った。エリクのサファイアのような目に、シュゼットのしかめっ面が微動だにせずに映っている。


「……銅が無いなんてウソだってわかってるけど、ありがたく頂戴します」

「よしっ」


 エリクはご機嫌な声を上げて、シュゼットの手提げカゴの中に硬貨を入れた。


「これって材料費と人件費よりもずっと高いんだよ。得しすぎてちょっと怖いよ」

「それなら、『それだけの値打ちがあることをした』ってことにしろよ。実際、俺は久しぶりにぐっすり寝れて、気持ちが良い思いをさせてもらったんだぞ、この香り袋のおかげで」


 銀貨の値打ち。


 それほどまで価値があると、自分では胸を張って言うことはできない。しかし他人に言われると、なかなか嬉しいものだった。

 シュゼットはニマニマしないように気を付けながら答えた。


「……わかった。それじゃあこの銀貨は、大切に使うことにするね」

「好きな菓子でも買ってくれ」

「あはは、ありがとう」


 うなずいたエリクは、あくびをかみ殺したような顔をした。

 少しは寝られたようだが、寝不足がたった一日で改善することは絶対にない。睡眠習慣を見直し、就寝環境を改善する必要がある。


「ねえ、エリク。良かったら、他にも紹介させてくれない? 睡眠に良い植物のこと」

「これからか? だったら悪いけど無理だ。この後ちょっと用があるんだよ」

「そうなんだ。それじゃあ、また時間がある時に」

「おう。またな」


 寂しそうにクンクン鼻を鳴らすブロンをフワフワとなで、エリクは町の中に消えて行った。


「香り袋だけで良くなったら、一番良いんだけどね」

「クーン……」


 ふらふらと人ごみに紛れて行くエリクを、シュゼットとブロンは小さくなるまで見送った。また道端で寝てしまわなければ良いな、と思いながら。

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