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最期の言葉

「なあなあ、これ見てっ。買っちゃったっ」


 雅の手には空の写真集。満面の笑みで俺に見せてくる。


「え、それ買ったの?」

「買ったっ」

「言ってくれれば貸したのに……」

「えっ、シモンも持ってんのっ?」

「持ってるよ。その写真家の写真集は全部持ってる」

「マジかっ! じゃあおそろいだなっ!」


 なんだ借りればよかった、そんな答えが返ってくるかと思ったのに、まさかおそろいだと喜ぶなんて想定外だ。


「なんかさぁ。空って深いよな。絶対に同じ写真ってねぇじゃん? いろんな顔があってさ。あ、俺この夕焼けの写真がいっちゃん好きっ!」


 俺がいつも思ってることと全く同じことを口にする雅に驚いた。

 そして、俺が一番好きな写真を雅も好きだという。

 

「あ、昨日もばあちゃんに『今日の空は?』って聞かれてさ。昨日の夕焼けめっちゃ喜んでたっ」

「そっか。なんか喜んでもらえると次はもっといい写真撮ろうって思えるな」

「なぁ。夕焼け撮るときってどの辺散歩してんの? 近所? シモンの家ってどの辺?」

 

 最寄り駅を伝えると、雅とは一駅違いだった。

 

「すげぇ近いじゃんっ。部活帰りに会えねぇかな?」

「……え?」

「シモンが夕焼け撮ってるとき一緒にいたいっ」

 

 正直ドキッとした。『一緒にいたい』って……なんかもっと別の言い方あるだろ……。

 

 それ以来、夕方にも時折落ち合って一緒に歩くようになった。

 雅は、俺と一緒に写真を撮り、同じ構図の写真が撮れただけで嬉しそうに喜ぶ。

 そのたびに、俺は胸の中があたたかくなるのを感じた。

 

          ◇ 


 ばあちゃんの“いいね”が途切れた。

 嫌な予感がして、学校が終わるとすぐに飛び出し病院に走った。

 病室に着くと、ベッドが空で血の気が引く。

 

「ば……ばあちゃん……?」


 そのとき、後ろから母さんの声が聞こえた。

 

「史門」

「か……母さん……。ばあちゃんは……?」

「個室に移ったわ」

「ど……どうして……?」

「史門、覚悟して……」


 個室に着くまで、母さんはずっと俺の背中を撫で続けた。


 

 ばあちゃんは静かにこの世を去った。

 その最期は穏やかで、まるで眠っているかのようだった。


 葬式には、なぜか雅が出席した。祖母の葬式の案内なんて学校には伝えていないはずだ。それなのになぜ……。

 出口で弔問客を見送る際、雅はなにも言わず、ただ優しく俺を抱きしめた。


「み……みや、び……」


 その瞬間、ずっと泣けなかった俺の目に涙があふれた。


「雅……っ。ばあちゃん、最期に……『今日の空は?』って言ったんだ……」

「シモン……」

「ばあちゃん……笑ってた……」


 俺を抱きしめる雅の腕があたたかくて、俺は涙が止まらなかった。

 

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