3-6
「……素晴らしいですね……」
あの豊潤な花の香りが満ちた部屋を出たあと、2階に上がったラヴィニア達は、宿泊をする為の部屋に行くその途中に、大きな観音開きの扉がある部屋へと案内された。
中には教会関連の書物が所狭しと並んであり、教会から外への持ち出しは禁止だが、室内に持ち帰りゆっくり読むことは大丈夫だと司祭に説明を受けたラヴィニアのテンションは上がった。
見たことがない書物が並んでいるのが遠目でもわかり、すぐにでも歩き出そうとするラヴィニアをサーシャがやっぱりね、と腕を掴んで止めた。
「ラヴィニア嬢、書物は部屋への案内を終わらせた後だ」
「……そうでした。申し訳ございません」
無表情で謝り頭を下げたのだが、サーシャは、あぁ、これは今すぐ読ませろと憤っているな、と内心ほくそ笑んだ。
ラヴィニアが書物を愛読していたのは知っているが、あまりにも前のめりなラヴィニアにラティスは目を丸くしていたのをアンジェリーナは呆れた様に小さく息を吐き出して見ていた。
こんな様子のラヴィニアは書物を前にした時よく見かける表情である。
曲がりなりにも幼なじみで婚約者なのに、そんらラヴィニアをラティスは知らないのだ。
「……まぁ、綺麗なお部屋です」
通された部屋は1人用の小さめな部屋ではあるが、水色で統一された綺麗な一室だった。
ベッドと、小さなドレッサーに椅子に2人がけのソファ、そしてハンガーラックしかない簡素な部屋ではあるが、とても清潔だ。
尊い人が泊まる用の部屋を教会は元々用意されはおらず、一人部屋の内装は全て同じ作りになっていた。
即ち、ラヴィニアの部屋もサーシャの部屋も、もちろんラティスの部屋も配色は違えど同じ内装になっている。
ポフンとベッドに座り疲れた足を軽く手で揉みほぐした後、部屋の四隅を見た。
あの部屋の物よりも小さいが、同じ刺繍の様な模様の入った蝋燭に明かりが灯り芳しい香りを部屋に届けてくれる。
目を閉じてベッドに横になると眠ってしまいそうな心地良さに、ラヴィニアは危ないと立ち上がり部屋を飛び出した。
しっかり施錠してから向かうはラヴィニアの胸を高鳴らせる蔵書の詰まった部屋である。
わくわくと顔に笑みを浮かべてアンジェリーナを待つ事すら出来ずに飛び出し、観音開きの扉を開けたその時だった。押し殺したような笑い声が室内から聞こえる。
「思ったより早かったな」
「……サーシャ殿下」
右手の甲で口元を隠し、もう片手で書物を持って机に寄りかかるサーシャにラヴィニアは目を丸くした。
「殿下もいらしてたのですね」
「ラヴィニア嬢が来ると思ったからな」
「……まぁ、私が来ると思ったから待ち伏せされていましたの?」
「いやか?」
「……ずるい聞き方をしますのね」
嫌とは決して言えないが、ラヴィニアの立場的に嬉しいとも言えない。
頬を染めて俯き気味に答えたラヴィニアに、サーシャは目を細めて笑った。
「何が見たいんだ?」
「妖精や精霊のお話を見たいのです。……教会にしかない教会特有のお話とかでしょうか……」
本棚を見上げて言うラヴィニアの隣で、持っていた本を開き視線を向けながら聞くサーシャ。
その本棚に背中を預けて軽く足を交差させて立つサーシャは、丁寧にシャツの袖を巻くっていて、その姿はただただ格好良かった。
この教会はこの世界に一つしかない宗教、カーディナル教。
その信仰対象はこの世界の始まりとも言える精霊、妖精信仰である。
その為、一般に知られている話以外の事を知る機会があるのではと、ラヴィニアは期待していたのだ。
「……懐かしい、よく母様が眠る前に読んでくれてました」
ラヴィニアが見つけ出した真新しい本を一冊取り出しパラパラとめくる。
それは子供用に描かれた世界創世の物語の絵本。
どの子供も寝物語として話して聞かされこの世界の成り立ちを知るのだ。
「……懐かしいな、俺も読んだ」
本をパタリと閉じ、腕に挟んでラヴィニアの持つ絵本を眺めた。
「私はこの絵本を知って何故今、妖精や精霊はいないの?私たちを嫌いになったの?って母様を良く困らせておりました」
「可愛い困らせ方だな」
「あの時は必死でしたのよ」
本の中の挿絵には綺麗に咲くホワイトライティアの花輪を持つ精霊に、その花輪から生まれる妖精が手を上げて伸びをしながら陽の光を全身に浴びていた。
周りに浮かぶ花びらがヒラヒラと散るが、地面に着いた花びらからは草花が生まれてきている。
「今でも妖精や精霊を見たいか?」
「会えるのならば、会ってみたいです」
まだ居るなら、会いたい
そう小さく呟いたラヴィニアの頭を優しくひとなでした。
物語では、信仰が強すぎて精霊や妖精が離れ、人類は独立して生きていく事になった。
めでたしめでたし。
絵本はここで終わっている。
今読んでみたら不可解な事は沢山あるのだが、所詮は絵本の中のお話であり、実際にあった話なのかは誰にもわからない。
だが、わからないからこそ、不可解なもの程ラヴィニアはその真相を追求したくなる。
指先で優しくなぞると、その指にサーシャの手が触れた。
「……殿下?」
見上げて小さくつぶやくが、サーシャからの返事はなかった。




