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雑談をしながらも教会近くまで休憩を挟みながら進むラヴィニア達。
夕暮れに差し掛かった頃に遠くに教会が見えてきた。
既に馬車に揺れ7時間半が経過していて、ラヴィニアだけでなく、アンジェリーナの体力も底を尽きようとしている。
だからこそ、街中にある教会よりもしっかりとした作りで周りには塀がグルリと囲われて魔物の侵入を遮るように出来ている頑強な教会にほっと息をついた。
更に結界が張られていて、教会内に危険はなさそうだ。
「疲れましたか」
抑揚の無い声色で言うユンリにラヴィニアは小さく笑った。
「そうですね、疲れました。……なによりお尻が限界です」
「限界突破したらその苦痛も無くなりますよ」
「何やらまた新たな扉が開かれそうな気がしますわね」
「やめて!ダメ、絶対!」
ヒィ!と声を上げて言うアンジェリーナにクスクスと小さく笑い声を上げたラヴィニアは、馬車が止まった事により気を引き締め公爵令嬢の顔をする。
開かれた馬車のドアのすぐ側にはラティスが立ち手を差し出していて、ラヴィニアはその手にそっと自分の手を重ねた。
「体調はどうだ?疲れたか?」
すぐ隣にいるサーシャがラヴィニアを見て聞いて来たので、ラヴィニアは緩く首を横に振った。
「少し、でも大丈夫です」
「そうか、教会で少し話が有るだろうがすぐに休めるよう話をつけよう」
「ありがとうございます」
ホッとしながら笑みを浮かべて礼をすると、サーシャも満足そうに頷いてから教会を仰ぎ見た。
ここら辺では1番大きな教会で、周囲の教会一体を仕切っている場所である。
その入口には40代前半と思われる男性と、傍付きであろう女性が数人佇み頭を下げていた。
「急な訪問だが、受け入れを感謝する」
「勿体ないお言葉です」
サーシャを先頭に、そのすぐ斜め後ろにフロリアン、そしてラヴィニア達も続き騎士たちが周りから護るように位置づけ教会の前に到着した。
頭を上げた40代頃の男性は教会の責任者で、人好きのする笑みでサーシャたちを迎える。
「私はリンリー司祭と申します。」
綺麗に頭を下げたリンリーと名乗った司祭は、緩やかな動きで真後ろにある巨大な玄関へと手を向けた。
「ではどうぞ、お入りください。」
くしゃりと笑みを浮かべて目元に皺を作りながら先頭を歩き中へと誘導する。
その後を全員が着いていった。
玄関を入ると広いホールになっていて、天井にはステンドグラスがキラキラと光を反射していた。
しかし、その教会はいざと言う時の避難場所にもなっているのか、きらびやかな様子は一切無く、むしろ無骨な雰囲気であった。
やはり森が近く魔物の出現率も一定数あるからだろう。
司祭はホールから真っ直ぐ行った突き当たりの部屋を開けて中に促すと、そこには広い円卓と椅子があり壁際には会議に使われるのか小さな棚が置かれていた。
必要最低限の家具のみ置かれた質素な部屋に似つかわしくない、部屋の四隅には豪華な飾りが施された燭台に、刺繍のような素敵な模様が刻まれた太く大きな蝋燭に明かりが灯っている。
その蝋燭から香るのか、豊潤な花の香りが部屋を満たしていた。
「1度こちらでお話を伺ってもよろしいでしょうか」
室内の入口で振り向き、司祭は優しげな笑みを浮かべながらサーシャを見ると、頷きひとつで返事を返した。
促されたサーシャ達は、そのまま部屋に入ると広がる花の香りにラヴィニアはうっとりと目を閉じる。
「なんて素敵な香でしょう。疲れも吹き飛んでしまいそうです。」
「そう言っていただけて良かったです」
さぁどうぞ、と促され着席したサーシャたちを見たあと、司祭は口を開いた。
「お伺いしておりましたのは、1泊の宿泊と転移門の利用との事でしたが、よろしいでしょうか?」
「あぁ、頼めるか?」
「はい、大丈夫です」
にこやかに返事を返した司祭にサーシャは頷く。
この世界は、教会が主導する祭事は大小様々ではあるが、1つ2つではない。
その連絡を密に交わすために、各国の中枢には教会に直接連絡出来る機材やアーティファクトが設置されていて、今回の事も司祭は連絡を既に受けていた。
「皆様には泊まる際のお部屋をご用意しています。申し訳ないのですが、護衛騎士の皆様や侍女の皆様には大部屋となってしまいます事ご了承ください。」
「いや、構わない」
1度立ち上がった司祭が頭をゆっくりと下げて部屋数が足りない事への謝罪をした後に、また柔らかな笑みを浮かべて椅子に座った。
「夕餉、朝餉の際はお声がけ下さればすぐに準備を致します。入浴は食後に場所をお教え致しますので、夕餉までお休み下さい。」
「あぁ、助かるよ」
入浴が出来るとわかりラヴィニアは人知れず安心して息を吐き出した。
旅先である為あまり入浴は出来ないものかと思っていたのだ。
馬車移動で座っているだけとはいえ、疲れは蓄積されるし、おしりは痛いしで暖かな湯で体を解したいと思っていたのだ。
「聖女マリア様、ご無事の帰還、ご安心致しました。サーシャ皇太子殿下、誠にありがとうございました」
サーシャの隣に座っているマリアに向かい笑みを浮かべて頭を下げた司祭に、マリアは目を潤ませて両手を握りしめた。
「噴火の件は我々も聞き及んでおりますよ、まさか噴火が起きるなど……恐ろしい体験をなさいましたな」
「司祭様、私は自分を守ることで手一杯で……悔しいです。聖女とは言っても何もできませんでした」
「貴方は祈りの途中の事でしたから、あの場から皆がいた場所に行く事は難しかったかと思いますよ。……貴方が無事で本当に良かった。我々カーディナル教にとって、聖女様方はとても大切な方ですから」
「司祭様……私はサーシャ様に守られ怪我一つありません。」
「……それはようございました」
サーシャの腕に手を添えて微笑むマリアに、司祭は朗らかに笑ってからサーシャを見て頭を下げた。
「我らが聖女様を守って頂きありがとうございました」
「……いや、助かった命だからな」
軽く頷き返事を返したサーシャにラヴィニアは無表情で視線を向けた後、すぐに顔を真っ直ぐに戻した。
そんな様子を目の端に捉えたサーシャは小さく口端を持ち上げる。
「では、お部屋へとご案内致します。」
立ち上がり部屋へと案内をしようとした司祭にラヴィニアは駆け寄った。
「司祭さま」
「はい、…………失礼ですが……」
「失礼致しました、私ラヴィニア・アッティリアと申します。滞在の間、教会で保管されています蔵書を読ませて下さいませんか?」
「おや、書物がお好きなのですか?」
「えぇ!とても!!」
両手を合わせて笑みを浮かべたラヴィニアに、すぐ後ろにいたサーシャは思わず笑い、顔を逸らした。
それに気づいて顔だけを向けたラヴィニアは、ジトリとサーシャを見る。
「……わるい。司祭、持ち出していい書物を貸してもらえるか?」
「では、行きがけに蔵書室を案内致します」
「よかったな」
ラヴィニアの肩を軽く叩いたサーシャにラヴィニアは、むむ……と口篭りながらも感謝を伝えた。




