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話は一段落して自室に戻ってきてから数時間が経過した。
入浴を済ませて寝るだけになったラヴィニアは、まだソワソワと気持ちは落ち着かないのか座っては立ち上がりを繰り返していた。
既に部屋の前で護衛をする人以外全員下がらせたラヴィニアは今室内に1人きりだ。
コンコン……
「!!」
急に聞こえたノック音に肩を跳ねらせた。
すると、またノック音がして、それはすぐ近くの窓からだった。
壁1面ガラスの窓になっていて、その扉の様な窓の鍵を恐る恐る開けて押し開くと、全身真っ黒なサーシャが微笑んでいた。
「な…………なぜ毎回夜中にこっそりといらっしゃるのですか」
力が抜けて座り込むラヴィニアに小さく笑って膝をつけてしゃがみ込む。
「夜中に窓を開けるなど不用心だな?」
「ノック音がしましたから気になってしまったのです……!」
「そんなのはただの言い訳だ。危ないよ?こうして不審者が入ってきて君を連れ去ろうとするかもしれない」
「きゃ……!」
いきなり抱き上げられ思わず首に腕を回すと、その軽さに眉をひそめた。
「ラヴィニア嬢、ちゃんと食べているか?痩せすぎやしないか」
「まさか!……エスメリアのご飯は美味しくて……その……あぁ!下ろしてくださいませ!」
「下ろす?なぜ?君を攫いに来た不審者なのに?」
「ご冗談はおやめください!!」
「冗談じゃないんだけどなぁ」
「………………サーシャ殿下?いかがいたしましたか?」
ラヴィニアを片手で支えながら窓を閉めて、抱き直したサーシャはソファーに沈むように座った。
ラヴィニアは下ろして貰えず抱きしめられ今は抱き人形のようになっている。
いつもの少し突き放したような話し方では無く、昔まだラヴィニアが小さな頃に話しかけられた時の甘い声色でいつもより優しい雰囲気のサーシャ。
その話し方は甘ったるく、ラヴィニアに甘えているようだ。
「…………お疲れですか?サーシャ殿下」
「つかれ……てはいるね。今後のことを考えると頭が痛くなるよ。しかも、よりにもよって君をつれて行かないといけないなんて……くそっ王命なんか無ければ絶対連れていかないものを」
「まあ……私の同行は皇帝陛下の命でしたのね」
「そう、じゃなきゃ、あんな色魔の居る場所に君をつれて行ったりしない。」
「色魔……ですか」
「そうだろう!世継ぎを作るためって言う名目で城にいる女性は誰であれ手を出す事が許される、だなんて!正妃と3人の側妃といってはいるが、実際は離宮で“お手つきされて子を産んだ母子を囲う”場所まであるんだよ!?そんな所にのこのこと君を連れていかないといけないなんて!何を考えているんだ!」
珍しく振り切れているサーシャ。
皇太子になってからは、その話し方から振る舞い全てを制限していたのだが、たまにタガが外れたように振り切れる。
今回はその矛先がルグニカ王国へのラヴィニアの同行だった。
「お、落ち着いてください、サーシャ殿下」
体を捻って向きを変えると、頭を抱えるように抱きしめられて胸にすっぽりと抱かれる。
一気に沸騰するように真っ赤になったラヴィニアは両手を広げたままサーシャの体に触れないように硬直する。
トクトクと、自分とは違う心拍を感じるが、自分はその倍は早鐘を打っているのでは……?と無意識に思っていた。
「……で……でん…………はな……はなして…………」
「流石に他国の子に手は出さないだろうし、そんな話聞いた事ないけど、“お手つき”されたなんて言えるわけないから実際はどうなのかわからない所が気持ち悪いよね」
さらに強く抱きしめるサーシャ。
かなり鬱憤があるのか、話す度に力が増していってる。
その度にラヴィニアの身体はサーシャの力によって締め付けられ、痛みと苦しさに触らないようにしていた手を動かしてサーシャの腕を必死にぺちぺちと叩き出した。
「え?なに?…………あぁ、ごめん」
腕をぺちぺちされた事でやっと意識をラヴィニアに向けた。
真っ赤になった顔で苦しそうに眉をひそめているラヴィニアをパチクリと見たあと腕な力を緩めた。でも、離さない。
「ごめん、大丈夫?ちょっと嫌だなーって思ったら止まらなくなった。……最近無かったのになぁ」
あーあ……と言いながらソファーの背もたれに寄りかかる。自然と引っ張られて胸に寄りかかり、また顔が沸騰する。
「サーシャ殿下!離して下さい」
慌てて離れようとするが、やっぱり腕は外れない。
「ちょっと……休憩」
「私を離した方が休憩出来ますから!」
「あー、いや、いいや。このままで」
「(よくないです!よくないです!よくないです!近い!近い!近いんですー!)」
サーシャの態度や話し方がだいぶ崩れているのと同じく、ラヴィニアもだいぶパニックになっている。
普段淑女としてお淑やかなラヴィニアは初めて焦りと恥ずかしさ、異性との近い触れ合いに完全に我を忘れている。
「わ!……私、婚約しています!」
「…………………………うん」
ぐったりとソファーに沈んでいたサーシャの腕がピクリと反応する。
明らかに婚約者以外の男性との接触の仕方では無い。
「……そうだね、君には婚約者がいるんだよね」
体を起こして今の体制では見上げる形になるサーシャはラヴィニアを下から覗き込むように見つめた。
月明かりに照らされてお互いが神秘的なその姿に見惚れる。
「…………少し、疲れた時や苛立った時にだけ、こうして甘えさせてくれないかな。寝静まったこれくらいの時間に」
「…………サーシャ殿下」
「……皇太子として完璧を目指す事が、時々疲れてしまって。こうして気取らず普通に会話をしたい。……だめかな」
「……この体制は、普通ではありません」
「これは滋養強壮」
「意味がわかりません」
思わず笑ったラヴィニアに、サーシャも安心したように笑った。
こっぴどく変態!と言われても可笑しくないことをしている自覚はあるのだ。
「少しだけ、ですよ。少しだけ。お互い多分、疲れているんです」
そう言って、今度はラヴィニアが優しくサーシャの頭を胸に抱きしめた。
柔らかな感触を感じ、目をぱちくりとさせたが、サーシャはゆっくりとラヴィニアの細い腰に両手を巻き付けた。
「……必ず、ルグニカ王国では必ず君を守るから。手出はさせない。そばにいれない時はアビゲイルとフロリアンと必ず一緒にいて。いい?例え王に呼ばれたにしても1人では行動しないように」
「わかりました、約束します」
「……うん、必ずだよ」
お互い、初めは知識の多さやそれについての会話の楽しさが始まりだっただろう。
初対面の印象も良く相性も抜群に良さそうな2人は自ずと惹かれあっていた。
優しく包み込むラヴィニアに、何事にも真面目に取り組み限度を知らないサーシャの体と心の疲れを無意識にラヴィニアに癒してもらおうとしていた。
今回、ラヴィニアに護衛を付けて必ず無事にエスメリアに返すからと伝えるだけのつもりだった、それも夕方に。
しかし、サーシャはどうしても2人きりの時間が欲しくなりこうして夜に忍び込んだのだ。
ラヴィニアにしても、婚約者がいてこんなことをしてはいけないと分かっている。婚約破棄されてもおかしくないだろう。
特に最近のラティスは人が変わったようにラヴィニアにも優しさを向ける事がある。その罪悪感もなくはないのだ。
だが、どうしても可愛く甘えてきたサーシャを突き放せなかったし、もっと近づきたいと言う欲求をごまかせなかった。
「(ラヴィニアに婚約者がいなかったらな……)」
「(私に婚約者がいなかったならば……)」
「「(あなたに好きです、と……伝えれたのに)」」




