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閑話・乳母の独白


「さぁ。綺麗になりましたよ」


 鏡に映る姿を確認したラヴィニアは振り返りマーサを見た。

 何時にもまして可愛らしいのは今日が特別な日だからかしら、と笑みを深くするとラヴィニアはマーサの手を取った。


「マーサも楽しんできて、私に話をきかせて下さいね」


「えぇえぇ、勿論ですとも」


 可愛らしく微笑み言ったラヴィニアに素直で真っ直ぐな女性に育ったとマーサは思う。

 あまり良い男性に恵まれず幸せな結婚が出来るかどうしても心配になるマーサは既に体力が落ち体調も崩れやすくなっているがラヴィニアの為せめて花嫁姿が見れるまでと老骨に鞭をうつ。

 幸せな結婚を、そう願い言葉を口に出せば願いは叶うというから、マーサは何度でもラヴィニアに言って聞かせた。

 その度にラヴィニアは困ったように笑うけど、いいじゃないですか。もしかしたら奇跡が起きるかもしれないのだから。


「……綺麗だわ、真っ白なドレス姿。なぜ褒める言葉のひとつも言わないのかしら」


 馬車に乗り込み城に向かう2人を見送るマーサは呟くと、優しく手を握られ振り向く。

 

「いつか、仲良くなるといいのだがな」


 もう長いことあまりいい仲ではないラヴィニア達を屋敷の使用人達はいつも心配そうに見つめている。


「さぁ行こうか、ラヴィニア様が帰宅する前に帰らなくては。時間がないぞ?」


「えぇえぇそうですね。久しぶりにオシャレしてしまおうかしらね」


 うふふと笑うマーサを見てラフティーは深く横シワが入った顔をくしゃりとさせて笑う。

 優しさの滲み出ているラフティーはマーサの少し長い支度をいつもは絶対にしない壁に寄りかかった姿勢で待った。

 

 それから数十分後、準備が終わったマーサはラフティーの腕に手を重ねて外へと出ていった。


「おや、その髪飾り……」


「気付きました?あなたが初めてくれたものよ。まだ似合うかしら?」


 普段使う緑の簪ではなく緩く結んだ髪に赤い蝶の髪飾り。

 当時まだ見習いだったラフティーにとってかなり高級なものであったが結婚の挨拶とともに送った思い出のものだ。


「あぁ、君は何歳歳を重ねても素敵だよ。とても似合ってる」


「まぁ!……うふふ、てれてしまうわ」


 何時までも可愛らしいと、まるで少女の頃のマーサを見ているかのように話すラフティー。

 結婚しても何時までも仲の良い2人は密かにラヴィニアの理想の夫婦である。



「さぁ、時間はあまりないわ!見ていきましょう」


「そうだね」


 手を繋ぎ歩き出すふたりは本当に幸せだった。

 そう、この1時間半たったあとの噴火が起きるその時まで。








「さぁ。そろそろ帰ろうか」


「そうですね、ラヴィニア様の帰宅を待たなくては行けないわ。それに充分楽しめたもの」


 近くでクララが彼氏と歩いているのを見つけて思わず笑みを浮かべ、2人は広場の出口に向かう。

 細い路地を通りそろそろ屋敷に着く、そんな時だった。

 地響きと大きな揺れ、一気に上がる気温。

 マーサは倒れ込んで地面に付いた手が暑いのはに気づきすぐに地面から手を離す。


「なに?なんなのかしら……ラフティー、ラフティー大丈夫?」


「あぁ大丈夫。マーサは大丈夫かい?」


「えぇ、大丈…………え?」


「な、なに、噴火…………マーサ!走れ!!」


 自分の目が信じられなかった。

 薄暗く空を覆う灰に火柱のような噴火。炎を纏う石が無造作に飛んできてマーサのすぐ隣に落ちた。


「ひっ!」


「マーサ!早く屋敷に!屋敷ならアーティファクトの範囲内のはずだ!」


「ええ!」


 手を繋ぎ走り出す2人。しかし、溶岩はあまりにも早く到達する。


「っあなた……」


 後ろからせまりくる溶岩、細道だからこそ余計に速い。

 息を荒くしながらも手を握りしめ走る2人。

 マーサは声をはりあげた。


「あなた!私はあなたを愛しているわ!来世で会ってもまたあなたに恋をするわ!何度でも!何度でも!!」


「っ!……あぁ、……俺も、だ!マーサ!愛してるよ!!」


 もう、間に合わない。

 屋敷は目と鼻の先なのに、走る速さよりも溶岩の方がはやいんだから。

 屋敷からこちらを見てる使用人たち。

 窓を開けて早く!と叫ぶ声が聞こえるわ。

 慌ててたのだろう、服を乱しながら玄関を開けて手を伸ばす数人の家族達。


 幸せだったわ……


「ラヴィニア様に伝えて!私の大切な子、どうか幸せになって!幸せな結婚をして生きて!愛しています!!」


「自分で伝えてマーサさん!早く!早く!!走って!!」


 窓に向かって叫ぶと、同じお仕着せを着た若い侍女達が涙を流している。

 こんな姿を見せてごめんなさいね。


「マーサ……最後は抱きしめたい」


「えぇ、あなた」


 息を切らし走った2人。溶岩はもうそこで屋敷には間に合わない。

 2人は足を止めて体を密着させた。

 離れる場所などひとつも無い。


「幸せな、人生だったよ。マーサ、君がいたから」


「ええ、あなたがいて出来ないと思っていた子育ても出来ましたもの。幸せでした」


「ラヴィニア様の花嫁姿見たかったな」


「ええ、きっと綺麗だわ。私が育てたんですもの」


「……そうだな」


「泣かないで、愛してるわ」


 この言葉を最後に2人は唇を合わせ涙を流しながら溶岩の中へと消えていった。

 屋敷から見ていた使用人達は泣き崩れ2人の名をずっとよんでいた。


 


 幸せだったわ。えぇ、本当に。

 ただそうね、最後にラヴィニア様のお帰りをお迎え出来ないことだけが心残りだわ。きっと泣いていらっしゃるわね。

 気丈で頑張り屋で、探究心が強くって。でも泣き虫なラヴィニア様はいつも私に泣きながら話を聞かせてくださったわ。

 えぇ、ラヴィニア様の心が晴れるならこのマーサどんな話だって聞きますとも!

 ただ今後は話を聞けなくなるわ、おひとりで泣くのかしら。

 どなたか、優しい方がラヴィニア様の隣にいてくだされば、もうマーサは心配する事など何一つありません。

 だから、素敵な方と幸せな結婚をしてくださいね。

 私の可愛い大切な娘、愛していますよ、ラヴィニア様。


 さぁ、あなた。

 これからは穏やかにふたりで過ごしましょう。

 今まで止まることなく働いてきたわ、休む暇なく2人ですごした時間なんてあっという間に過ぎ去ったわね。

 だからこれからは、ちょっと速い2人きりの時間を過ごしましょう。

 おばあちゃんになってしまったけれど、それでも貴方は私を愛してくれるから。

 来世のそのまた来世でも、何度でも出会ってまたあなたを好きになるわ。

 最後の時を一緒にいれて私は幸せよ。


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