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「聞いておられますか?」
「……あ?あぁ」
「………………」
ここは年中雪が降る小国 ファイライト。
雪深く寒い土地故に温かさを求めた火魔法を使う魔法士を排出する。
そんなファイライトの中で一際豪勢な屋敷の一室に、暖かな室温とは真逆な雰囲気を醸し出す男女が向かいあって座っていた。
香り高いダージリンを胸いっぱいに吸い込んだ淡いピンクの髪色をした少女は、吐き出したいため息をダージリンと共に飲み込む。
彼女はファイライト国の公爵令嬢ラヴィニア・アッティリア。
腰まである緩やかな薄ピンクの髪を緩く三つ編みに結び前に持ってきていて、白いレースをふんだんに使ったAラインのドレスがとても似合っている。
しかし、そんな彼女に視線を向ける事無く、目の前の少年はラヴィニアにおかわりの紅茶を注ぐ侍女を蕩けるような視線で見つめていた。
「アンジェリーナ、今日も綺麗だ」
「……おそれいります」
決して失礼にならないように笑みを浮かべ返事を返す侍女、アンジェリーナの目は笑っていない。
自身の主人たるラヴィニアの婚約者で、このファイライト国の王太子であるラティス・カルチェはただただアンジェリーナを見つめていた。
ラヴィニアの斜め後ろに立つアンジェリーナは薄い茶色の緩い縦巻きにした髪をツインテールに結び緑のドレスを着ている。
クリクリしたまん丸い茶色の瞳に、丸みを帯びた頬のせいで実年齢より若く見えるのが悩みの種。
ラヴィニアと同じ歳の17歳で、王立魔法学園のクラスメイトだったアンジェリーナは身分に関わらず仲良くしてくれたラヴィニアの好意で卒業後ラヴィニアの侍女として仕事をしている。
アンジェリーナは男爵令嬢、公爵家の侍女としての資格はあるため、名目は侍女として行儀見習いの為と住み込みで働いているのだ。
「なぁ、アンジェリーナ、1年後には僕も卒業するから、そうなったら僕の世話役になれよ」
頬杖を付き流し目をするラティスにラヴィニアは咳払いをする。
そんなラヴィニアに小さく舌打ちをして一瞥、しかしすぐにアンジェリーナを見る。
金髪碧眼、細身で高身長のラティスは良く女性にモテた。
勿論、婚約者が居ることも他の令嬢は知っているのだが如何せん2人の仲は良好ではなかった。
どうにか後釜になれないかと擦り寄る女生徒は後を絶たず、ラティスもラティスで邪険にしたりしない。
女性の噂が絶えない王太子なのだが、それでも婚約は継続していた。
そんな時に見つけたのがラヴィニアの友人であるアンジェリーナだった。
良く2人で話し込んでいたのを知っているが、初めてしっかりとアンジェリーナを見た時、その可愛らしい外見に惚れ込んだラティスは、人生で初めて自分から女性にアプローチをしたのだ。
これには全校生徒が驚き、ラヴィニアは目を丸めた。
そして今現在、ラヴィニアやアンジェリーナが学園を一足先に卒業した為、簡単に会うことが出来なくなったラティスは今まででは有り得なかった頻度で休日にラヴィニアの屋敷に訪れるようになったのだった。
アンジェリーナに会いたい一心で、である。
「アンジェリーナ、下がっていいわ」
「かしこまりました」
「おい!やめろ!アンジェリーナと話せないだろ!」
「ラティス様は私とのお茶会に来ましたのよね?」
「…………ちっ」
アンジェリーナがゆっくりと一礼してから退室する様子をラティスはじっと見つめ、ラヴィニアはまた、ため息を紅茶と共に飲み込んだ。
「ラティス様、先程の続きなのですが……」
「あぁ、鉱山の話だろ?宝石の原石の数が減ってきてるって。聞いた、わかった」
「はい。それに無石を大量に購入された人が居るようです」
「はぁ?無石?あんな無価値な石を?ふーん、あっそ」
ファイライトには数多くの鉱山があり、降り積もる雪の中綺麗な鉱石や宝石の原石を発掘していた。
ラヴィニアの家もまた所有する巨大な鉱山があり、その1部の管理を王妃教育の一環としてラヴィニアが行っていた。
何かを調べたり管理する事が好きなラヴィニアはこれを嬉々としてやり始めその成果をみせている。
そんなラヴィニアはある事を懸念していた。
ファイライトは雪深い国、産業も林業も農業も上手くいかない事が多いのだ。
それゆえ宝石は国の運営の要となっているのだが、宝石が潤沢している為にこれに寄りかかる形となっている。
しかし、数年前からのデータを見た所少しずつ採掘量が減少しているのだ。
宝石の中には薬の原料になるものもあり、高騰してきていて既に市場に影響を出していた。
「ラティス様、既に影響が出始めております。何らかの措置を取られた方がよろしいかと」
「……わかった、父上に言っとくよ」
「はい、よろしくお願い致します」
「……お前は本当にかわらないな。子供の頃からグチグチと説教紛いなことや政治に口出したり。女なら女らしく男の話を笑って聞いてればいいんだよ!」
バンッ!とテーブルを叩き、ティーカップがカチャリと揺れた。
ラヴィニアは目を丸くしてラティスを見ると、鼻を鳴らして帰る、と振り返ることなく部屋を後にした。
「……貴方がもっとしっかりなさっていれば私だって口を挟んだりいたしません。ですが私は未来の王妃になるのですもの、見て見ぬふりは出来ませんし、王である貴方をサポートする必要があるのです。……政治も含めて。私はただお茶を飲んで最新のドレスや流行りものの話をするだけにはいかないのですよ」
1人ぽつんと残されたラヴィニアは冷めきった紅茶を飲んで口を潤す。
王妃教育の中には政治・経済の内容も勿論含まれていて、それは確実にラティスを助ける為の知識なのだ。
婚約者に決まった7歳の時から淑女教育、王妃教育を行い知識と教養を兼ね揃えたラヴィニアは王太子の自覚が薄いラティスに声をかけ続けた。
それがラティスにとって小言と思われているのを知っていても、ラティスに恥を欠かさない為にラヴィニアは細心の注意を払っていたのだ。
「それにしても、何故無石なのでしょうか」
鉱山から採掘される石の中、その6割程は無石と呼ばれるなんの変哲もない石ころだった。
庭先に敷き詰めたりと使われる事もある無石は安価で購入できるのだが、その購入量が普通ではなかった。
「大量発注、それが3回で購入先は全てバラバラ。ただ、その3回でアッティリア家所有の無石が全て購入された……ですか」
よく分からないわ、と呟いたラヴィニアもまた静かに退室した。