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「……ラヴィニア」
「ラティス様!?」
依頼されてラヴィニアの足の状態を見に来た医師は、丁度自室の椅子に座るラヴィニアの右足首を診察している所だった。
恐怖と驚きで気付かなかったのだが、どうやら転んだ時に足首を捻っていた様で赤く晴れ上がり痛みがある。
無理をしないようにと、足を固定されている時に少し開けていた部屋の扉が広く押し開けられた。
「ラティス様、どうして我が家に……?」
「あぁ、立たなくていいよ」
「は、はい……」
いきなり入ってきたラティスに驚きながらも立ち上がり礼をしようとしたラヴィニアに、ラティスは片手で制して座るように促された。
医師も驚き手を止めたが処置を続ける様に言われ緊張しながらも少し緩んだ固定用の包帯を締め直して足首を動かさないようにする。
「2週間程で治るかと思います。あまり無理されぬ様気を付けてください。また1週間後に伺います」
「ええ、わかりましたわ。ありがとうございます」
「はい、失礼します」
ラヴィニアに優しく笑いかけた年配の医師はラティスに礼をした後に部屋を後にした。
「……大丈夫か?地震で怪我を?」
「はい、椅子から落ちてしまいまして」
「そうか、それで足を」
「はい。……ラティス様はどうしてこちらに?」
「公務が長引き今から帰るところだったんだ。そうしたら強い地震があったから。お前の家が近いからついでに見に来た」
ドカッと音を鳴らして座ったラティスは背もたれに体重を預けて足を組む。
チラッとスカートの裾から見える包帯の巻かれたラヴィニアの足を見たあとそれ以外の怪我の有無を聞いてきた。
「大丈夫です、ご心配かけまして申し訳ありません」
「……別に。その足ならパーティは難しいんじゃないか?ダンスも踊れないだろう」
顎でラヴィニアの足を指すラティスにラヴィニアは心の中であぁ……と呟いた。
そうか、この人は足の怪我を理由にパーティを辞退させてアンジェリーナと共に参加したいとでも思っている……という所かしら。
気付かれないよう表情には出さずに、だが幼い頃から見ていたラティスの考えていることなど大体予想はつく。
ラヴィニアはニッコリと微笑んだ。
「足はしっかりと固定されておりますし、見た目より痛みはありません。だから大丈夫です。お医者様に診てもらいながらではありますがパーティは参加出来ると思います。ご心配ありがとうございます。」
「……そうか」
じっとラヴィニアを見ていたラティスであったが、返事は自分の望むものでは無かった為すぐに顔を背け舌打ちをした。
「……ラティス様?」
「怪我はたいしたものじゃないなら俺はもう帰る。流石に休みたい」
疲れているのは本当なのだろう、学園での授業が終わったあと今日は公務がありそれも日付が変わるギリギリまで終わらなかったようだから。
それでも体裁の為とはいえ近くだったからとラヴィニアの家に向かったラティスは希望とはちがう結果に息を吐き出し、ラティスはすぐに立ち上がった。
「ではまた」
「はい、ありがとうございますラティス様」
ラヴィニアを振り返ることなく部屋を出ようとすると、ノックの音が響いた。
ラティスは顔を上げ扉を見た瞬間、早足になり扉を開く。
そこには目を丸くしたアンジェリーナが佇んでいた。
「!?ラティス殿下、失礼致しました」
「アンジェリーナ!あぁ、地震怖かっただろう?大丈夫だったか?怪我は無いか?」
アンジェリーナの腕を両手で握り言うラティスにラヴィニアは気付かれないくらいのため息を吐き出す。
婚約者にはそれほど心配もしなかったのに、婚約者の前で別の女性に触れて心配する王太子。
こんな状態の王太子と一緒に他国の王族をおもてなしするなんてとラヴィニアは頭を抱えたくなった。
「ラティス様、申し訳ありませんが私も休みたいと思います」
「ん?ああ、そうだな。じゃあアンジェリーナ、俺と少し話を」
「アンジェリーナはこれからお嬢様のお支度のお手伝いでございますのよ、王太子殿下。」
扉から現れたのは、両手を合わせてシャンと立つマーサ。
笑みを浮かべてはいるが、凄い圧を感じラティスは眉を寄せマーサを見た。
「……マーサか」
「お久しぶりにございますね、王太子殿下。ラヴィニア様が心配で駆けつけるお心素晴らしいですわ」
「……またくる」
「はい、屋敷の者一同心よりお待ちしておりますわ」
アンジェリーナを一瞥し、なにか言いたそうな顔をしていたがマーサに促され玄関へと向かって歩き出す。
見送りにとついて行くマーサは振り返りラヴィニアに笑み向けてから部屋の扉を閉めたのだった。
「……さすがマーサですね」
「凄いですね、見習いたいです」
小さな頃からラヴィニアの元に来ていたラティスは、乳母であるマーサになぜか頭が上がらなかった。
常にどんな女性よりも婚約者であるラヴィニアを優先してくださいと口を酸っぱくして言っていたのをラティスも覚えている。
王族であるラティスに無礼にもそう言うマーサにラティス自身何か感じ取るものがあったのか、マーサにだけは不遜な態度をとらなかった。
「……マーサ、今日は帰るが俺はアンジェリーナとも話をしたいんだ」
「ご友人が出来ることはこのマーサとてもいい事だと思っておりますよ」
「じゃあ!」
「ですが、仕事の邪魔をするのはいけませんし、ラヴィニア様の前でアンジェリーナに触れあんなに懇意にされるのは違いましてよ?ご友人との距離を保たなくてはなりません」
「……友達、か」
苦虫を噛み潰したよう言うラティスにマーサはこれ以上の言葉を続けることはなかった。
俯いていたラティスは顔を上げてマーサを見てから王家の馬車へと向かう。
「またな、マーサ」
「はい、殿下。」
まるで母親のように窘めるマーサの言葉を噛み締めてラティスは帰って行った。
マーサにとってはラヴィニアと同じように大切に育てた子供と位置付けられているラティス。
小さな頃、まだラヴィニアと仲の良かったころは良くラヴィニアの家に来てはマーサも一緒にと遊んでいた。
王妃よりもラティスにとって身近な母のような存在なのだ。
「お帰りになったかい?」
「ええ。……殿下ももう少し素直になったらよろしいのに。決してお嬢様をお嫌いというわけではないのに」
「どうしても男には自尊心というやつがあるんだよ、マーサ」
「あら、あなたにも?」
「そりゃそうだよ。そして好きな人にはいつでもかっこよく映りたいものさ」
「まぁ、あなたはいつまでも素敵ですよ」
「そうなる努力をしているからね」
結婚して長いラフティー夫婦は公私混同をしない仕事人間であるがそれ以上に愛妻家であることを皆が知っていた。
仕事もひと段落し、一日が終わる。
ラフティーは妻のマーサと共に用意されている私室へと仲良く戻って行った。




