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【ダーク】な短編シリーズ

赤い夜が来る

作者: ウナム立早


『住民の皆さん、今夜は空が赤くなる日です。窓には遮光カーテンをお願いします。極力外出を控え、やむを得ない場合は、サングラスを着用しての外出を、徹底してください』


 午後5時になって、町内放送が窓から聞こえてきた。そういえば、今日は『赤い夜現象』の日だった。僕はゲーム中のスマートフォンをいったんテーブルに置き、窓のほうへと近づいた。


「うわ、この時間でもけっこう赤みがかかっているなあ」


 窓から覗いた町の景色は、夕陽のオレンジ色に染められ、輝いていた。しかし、よくよく見ると、その中に不自然な赤色が点在しているのがわかる。沈んでいく夕陽の反対側に目をやると、まるで血のような濃さの赤色が、山影の淵からせり上がってきている。


「いつ見てもあれは不気味だな……」


 僕はそうつぶやくと、鉛色の遮光カーテンを閉めた。そして、テーブルのスマートフォンをとって、またゲームに集中しはじめた。




 翌日、バスで大学に通っている途中、様々な噂話を聞いた。


「3丁目の長田さん、昨日の夜、外出して、そのまま隣人を襲って逮捕されたのだそうよ」

「2組の雄太のやつ、窓を全開にしてたせいで、親父さんをビール瓶でボコボコにしたって話だぜ」

「えっ、殺人……? こんな近所で、また……?」

「うそ、真理子が行方不明? 冗談でしょ? まだ見つからないの?」


 このような噂話は、『赤い夜現象』の翌日なら嫌というほど耳にする。朝からこんな話ばかりでは、大学で講義を聞く前から気が滅入ってしまうが、仕方がない。


 僕はスマートフォンで、何気なく『赤い夜現象』の予報を見た。次は、だいたい一ヶ月後の五月十三日のようだ。とはいっても、僕はアパートに一人暮らしだし、当日になったら外出せずに、引きこもっていればいいだけの話なんだけど。


「おはよ、克哉」

「あ、遥、おはよう」


 同じ大学に通う、幼馴染の遥がバスに乗ってきた。


「昨日は、大丈夫だった?」

「うん、カーテンも閉めて、ゲームに集中していたから平気だったよ」

「またー、その様子だと夜中ずっとゲームをしてたんじゃない? そんなだから、どんどん目が悪くなっちゃうんだよ」

「うるさいなあ」


 遥にはただのゲームとして説明しているけど、実際は、スマートフォンを使ったカードゲームアプリ、『グレイトフル・サモン』だ。そして何を隠そう、僕はそのゲームの世界ランカーなのだ。


 僕の大学生活の情熱は、ほとんどこのゲームに注がれていたと言っても過言じゃない。うまくいけば、世界大会に出場して、賞金や名声を得ることだってできる。もし遥がそれを知ったら、きっとビックリするだろうなぁ。


「ちょっとぉ、何ニヤついてんの? ほら、大学に着いたよ」

「お、おう」


 バスを降りて、大学の正門を通る。また今日も、講義という名の、日中の時間つぶしが始まる。まあだいたいは、隠れて『グレイトフル・サモン』のウィキや、コミュニティを読み漁る時間に変わるのだけど。


「克哉、あんまりゲームに人生を捧げちゃダメなんだからね」

「いやいや、人生捧げるほどじゃねーって、ほんとに」


 別れ際に、遥はそう言って、別の講堂へと歩いていった。




「バカな、どうして、こんなことに……」


 最後に遥と会った日から、何日経っただろうか。僕は画面全体にヒビが入り、無残な姿になったスマートフォンを見下ろしてつぶやいた。


 今から2週間ほど前、『グレイトフル・サモン』の大型アップデートがあって、それに興奮した僕は、つい、帰宅中に歩きながらゲームをしてしまった。そして、大型トラックと接触事故を起こしたのだ。僕は弾かれるように歩道に倒れただけで、大きな怪我はしなかった。しかし、僕の手から離れたスマートフォンが、ものの見事にトラックの下敷きになった。


 僕は、スマートフォンのバックアップを全くとっていなかったのだ。『グレイトフル・サモン』はいつも自動ログインしていたので、パスワードも覚えていない。つまり、このままだと、僕の『グレイトフル・サモン』のアカウントが消えてしまう。


 スマートフォンは補償付きで新品に買い替えという形にはなったが、金銭的な補償はできても、中のデータまで補償することはできない。


 どうにか、中のデータを修復することはできませんか! と、僕は藁にもすがる思いで修理センターに依頼した。


 そして今では、記録媒体が抜かれたボロボロのスマートフォンと、買い替えた真新しいスマートフォンとともに、毎日のほとんどを、アパートに閉じこもって過ごしている。


 新しいスマートフォンからは、たびたび遥や、母からの着信がきていたが、とてもそれに応答できるような心境じゃなかった。今この時点でも、『グレイトフル・サモン』にログインできていない日々が、何日も続いているのだ。デイリーボーナスが無駄になるだけでなく、僕のランキングも、そうとうに落ち込んでいっているはずだ。


 焦燥が頭を渦巻く中、見慣れない番号の着信がかかってきた。


 僕はすばやく電話に出ると、むこうから、申し訳の無さそうな声が聞こえてきた。


「高代さまの携帯でしょうか、こちら、修理センターの担当、増田でございます。先日お預かりしておりました、記録媒体の修復作業ですが、申し訳ございません。最善を尽くしましたが、当方では修復不可能という結論に――」


 そこまで聞いて、僕はスマートフォンを床に落としてしまった。


 終わった。


 大学生活のほとんどをかけてやったことが、消えてしまったんだ。


 呆然と立ち尽くしていると、ある時、壁を反射する光が、どんどん赤くなっていくことに気がついた。


 窓を見ると、遮光カーテンではない、白のレースカーテン越しに、赤い光が差し込んでいる。


 そうか、今日は『赤い夜現象』の日だったのか。


 ショックのあまり、町内アナウンスも聞こえていなかったようだ。


 僕は誘われるように窓へと近づき、カーテンを開け、真っ赤に染まった街並みを見た。


 赤い。それに、綺麗だ。変だな、前は不気味にしか思わなかったのに。


 家々の間に、出歩いている人を見つけた。何やら叫びながら、バットのような物を振り回している。


 なんだか、楽しそう。僕も仲間に入れてもらえないかな。


 僕は、台所をあさり、奥にしまってあった包丁を取り出した。


 それを赤い光にあてると、なんとも妖しい色彩を帯びて、きらめいてくるのだ。


 よし、これなら、あそこにいた人と、いい勝負ができるぞ。


 勝つのは、世界ランカーの僕だ。


 体中から、心臓の音がBGMのように鳴り響き、口や鼻から、とめどなく吐息があふれてくる。


 そして、汗でじっとりとぬれた手で、玄関のドアノブをつかむと、僕は赤い夜の世界へと進み出でていった。


********


 プロジェクターに映し出された図表を見ながら、私は声を絞り出した。


「研究所長、そのデータは、真実なのか」

「はい、これが『赤い夜現象』について、調査した結果の全てになります」


 その言葉を聞いて、私は頭を抱えた。机に立てかけた肘が、ばん、と大きな音を鳴らす。


「よもや、人に与える影響が全く無いとは……」

「対策本部長、お気持ちはわかります。ですが、あの現象自体が、人間の脳に直接影響を及ぼすような実験結果は、出てこなかったのです」


 研究所長の淡々とした喋り方に、思わず強いため息が出る。


「4年ほど前からこの現象が始まって以来、ここに緊急対策本部を設立し、多額の費用を投じて、調査研究した結論がこれなのか」

「はい、今の段階では、そうとしか言えません」

「しかし、『赤い夜現象』の日は、犯罪発生率が異常に増加している、それは統計的にも明らかだろう。なぜ人体に直接的な影響がないのに、犯罪発生率の増加が起こるのだ?」

「そこなんです、これは調査の過程で議論していたことなのですが、『赤い夜現象』は、人が犯罪を起こす『きっかけ』に過ぎないと思うのですよ」

「きっかけ?」


 研究所長が不意に言い出した話に、私はあらためて耳を傾けた。


「そう、満月の夜には狼男がその正体を現すという、伝説があるではないですか。昔の人々にとって、満月の夜は、今よりもずっと不可解で、謎めいたものでした。ですから、満月の夜は、人を凶暴にさせたり、狂わせたりするという言い伝えが、非常に多い。あの『赤い夜現象』も、それに似ているのです。つまり、何をもたらすかわからないという『神秘性』が、人々に犯罪行為や、異常な行動を誘発させる、いわば引き金となっているのです」

「待ってくれ、だとしたら、我々が緊急対策本部を設立したり、警戒を国民に呼びかけたりするのは、むしろ『神秘性』を際立たせ、かえって犯罪を助長していることにならないか?」

「それは……ありえないとは言い切れません」


 私はまたも、頭を抱えることになった。


 なんということだ。今までの対策が無駄だったどころか、裏目に出ていた可能性まであるとは。いっそのこと、こんな調査結果、闇に葬って、無かったことにしてしまいたい。


 その時だった。私は、机の上に、赤色の線が走っていることに気が付いたのだ。


 顔を上げると、対策本部室の遮光カーテンの隙間から、赤い光が漏れていた。



-END-

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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