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真っ白なカンバス

 その日はトモエに起こされるまでもなく5時前に目を覚ました。

 直後にベッドから抜け出してきたトモエは少し残念そうな顔をしていた。他人をたたき起こしてストレスのはけ口にでもしていたのだろうか。


 目が合ったトモエは無言で健介のデスクを指した。

「はいはい」と呟いて健介はデスクに向かった。


 ノートパソコンを起ち上げて、執筆画面に移った。今日からまた新しいタイトルを書き始める。健介は新たな筋を考えようとした。


 しかし、どんなに頭を捻り、うんうん唸っても三作目の設定が思い浮かばなかった。一文字も打ち込まれることなく時間が過ぎた。


「また?」

 見かねたトモエに声をかけられた。

「はい」

「なんで? 野球で何回書いたって良いって言ったじゃない」

「ネタが枯れました」

 これまでの二作で健介が人生で蓄積した野球ネタを消費しつくしていた。唯一の得意な題材もまた薄っぺらなものでしかなかった。


「しょうがないな」

 トモエは口に人差し指を当てた。ものを考えるときの仕草だ。この癖は健介に感染し、健介の場合特に何も考えていないときも使う。

「公募情報でも見てみたら?」

「え? でも公募に出すほどの量なんてまだ書けないよ。文章力は置いとくとして」

 健介は以前頻繁に公募情報を眺めていた。しかし何ページ以上という条件を見るたびにげんなりした覚えがある。


「応募しなくたっていいのよ。こんなテーマで募集してますって言うのだけ見ればいいの」

「あ、そっか。お題をもらうわけだ」

「真っ白なカンバスね」

「何それ?」

「図工とか美術の時間を思い出してみて。自由に絵を描けって言われて最初の一筆に悩んだ記憶がない?」

「ああ、あるある」

 健介の場合それが重症で取り掛かりが遅いと怒られたことがある。

「絵のうまい人の世界でも一緒で描き始めが難しいんだって。それで敢えて真っ白なカンバスに絵の具をぶちまけて汚すんだって。そうするとそこから描けるようになるの」

「へえ、絵描きも楽じゃないな」

「今のあなたも真っ白なカンバスの前の画家なの。今から汚しを入れるのよ」

「わかったよ」


 健介はインターネットで小説の公募を探した。

 気になるものを一つ見つけた。とある少年漫画雑誌の名前を冠した小説賞だ。その雑誌なら健介も数年前まで購読していた。

 それにその賞を受賞して出版された小説の一つを健介も所持していた。

 しかも募集ジャンルが細かく設定されていて今の健介にちょうど良かった。

 そのジャンルとはホラーでしかも病院ものに限定されていた。これをもとに筋を考えられそうだと思った。


 設定を作るにあたって一つ心当たりがった。健介が以前プレイしたテレビゲームに登場した一人の少女だ。

 その少女は臓器移植が必要な難病にかかっていた。しかも血液型がABOのどれにも属さない稀血で、来る日も来る日もドナーを待ち続けていた。


 健介は稀血の女性が事故に遭い、輸血を得られずに亡くなった無念で吸血鬼と化し、適合する血液を求めてさまようという筋を考え出した。


「野球以外にも引き出しあるじゃん」

 見守っていたトモエが茶々を入れた。

「なんで女性なの?」

 と言われて自分がごく自然に女性をモンスター役に選んでいたことに気付いた。

「ジャパニーズホラーと言えば女なんだよ。貞子然り加耶子然りだ。だから俺も『巴』で行く」

「なんでわたしと同じ名前なのよ」

「たまたま近くいた女が君だからだ」

 変えろとしつこく言われて別の適当な名前にした。


 命名会議の間に判明したがトモエは「リング」も「呪怨」も見たことが無いらしい。健介からしても割と古めの映画なので無理もないかと思った。「リング」はBSで放送していたのを録画してあるのでダビングして見せてやろうと思った。


 設定が決まり、執筆するに至った。高校3年の春を最後に病院に行ったことのない健介は時折病院内の描写に頭を悩ませながら、前作同様一週間かかって初のホラー小説を完成させた。

 そのページ数はあのヒントをもらった公募の応募条件に惜しくも何ともなく届かなかった。


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