第7話
それから一週間もしない内にカーラがティル城にやってきた。来てすぐに身体のサイズを測られ、ぐったりしながらも何枚か描き出した絵をカーラに渡せば、それはもう嬉しそうに仕立て始めた。
二日もすればカーラに呼ばれ試着を頼まれる。ドレスの肩先や腕丈を確認しながら、指先が器用に動く。
「こんな感じね。どう、苦しくない?」
「全然。凄いわ、カーラ。本当に綺麗なドレス。私、バラの花って好きなの。素敵な柄よね」
思わずうっとりと溜息を零せばカーラがクスクスと笑う。
「ここにある布、全部ティルの領主様が用意して下さったのよ。シェスのためにって。大切にされてるわね」
「うーん、ちょっと違うかも。姉様の妹だから色々してくれるんだと思うわ」
「あら、そんなこと無いと思うわよ。だって、仕立て屋が持ってきた布をあれじゃない、これじゃないと一生懸命に選んでいらしたわ」
それはとても意外な事実だった。だって、あのやる気無さそうなテオフィルが自分の物でもない布を一生懸命選んでいる姿が想像つかない。それとも、私に想像力が無いのかしら、なんてそんなことまで考えてしまう。
そんな中で扉をノックする音が聞こえてカーラが返事をすれば、扉が開いて現れたのは噂の当人、テオフィルだった。
「君もここにいたのか。こうして見ると、あの頃と変わらないな」
どこか懐かしそうに自分を見る目は、私を通して姉様を見ているのかもしれない。それは仕方ないことだと思いながらも、自分を見てもらえないことは寂しくも思う。
「どうせ、変わってませんよーだ」
「そういう口調だから余計そう思われると考えないのかい」
クラウといいテオフィルといい、どうやっても口では勝てない運命らしい。グッと言葉を飲み込めば、テオフィルは気にした様子もなく箱を差し出してきた。
「これを使うといい。色々入っているから適当に選んでくれ」
差し出された箱を受け取り蓋を開ければ、そこには無造作に入れてあるものの、かなり高価な装飾品が数多く入れられていた。
「これ、どうしたの?」
「母の形見だ。こういう時にでもないと使わないだろう。死蔵しておいても仕方ない」
「あら、それなら今シェスにつけてみるから、テオフィル様に見立てて頂いても宜しいかしら。シェスも丁度ドレスを着ていることだし」
そんな時間の無駄にテオフィルが付き合うとは思えない。そう思っていたのに、テオフィルは私を上から下まで見てから私の持っている箱を覗き込む。思案する様子を見せたけれども、無言の後に箱へ手を伸ばすと幾つかの装飾品を取り出した。
「ドレスの胸元が寂しいからこのネックレスを。それから髪はこのままだと長すぎるからこれで……いや、どうせならこちらの可愛らしい物の方が似合うかもしれないな」
次々と箱の中から取り出すとテーブルの上へと並べて行く。驚くのは自分ばかりでカーラは笑顔でテオフィルの動作を見守っている。
「あぁ、これにしたらいい。ドレスのバラとこの造花のバラが合っている。何よりレースがついていてシェスには似合うだろう」
「さすが見立てが宜しいですわ。それならこれで合わせましょう。そしてあら、肩口から袖口にこれと同じレースをあしらえば随分見栄えすると思いますわ」
「あぁ、それがいい。靴はまた後日用意させる。そちらもバラをあしらった淡いピンクでいいか?」
「えぇ、十分でございますわ」
それから二言三言カーラと挨拶を交わすとテオフィルは部屋を出て行ってしまった。何だか付き合えば付き合うほど、テオフィルという人物がよく分からなくなってくる。
カーラに手伝って貰いながらテオフィルが置いて行った装飾品を身につけていく。小ぶりなネックレスには宝石が散りばめられていて、淡いピンクのドレスによく映える。だからといってネックレスが悪目立ちすることもなく落ち着いた趣になっている。
そして、最後に悩んだ髪留めは淡いピンク色をしたバラの造花で、バラからは幾つものレースや流れるように下がり、とても可愛らしいものだ。それを髪につけてみれば、確かにこのドレスにはよく似合う。そして、悔しいことに自分にも似合っている気がする。
「さすがセンスが良いわねぇ。シェスに似合う物を選択しているわ。それだけきちんとシェスのことを見ているのよ」
そうなんだろうか。よく分からないけど、でも、確かにテオフィルが選んだ物はドレスにとても合っていた。この調子であれば選んでくる靴も恐らく似合うに違いない。
再びノックの音が響き、今度はカーラが返事をする前に扉が開いた。驚いてそちらを見れば入ってきたのはクラウで、こちらを見た途端、その足を止めた。
「……馬子にも衣装」
ボソリと呟かれた言葉はしっかりと耳に届き、睨みつければクラウは視線を逸らした。
「まぁ、似合ってるんじゃねーの」
「別にいいわよ。お世辞なんて」
「可愛くねーなー」
「可愛くない言葉を言わせてるのはクラウでしょ。折角可愛く仕上がってるんだから素直に誉めてあげればいいのに、本当に気がきかないんだから」
カーラに言われてクラウはすっかり黙り込み、反撃するつもりだった私も思わず口を噤む。確かに、折角可愛い服を着ているのだからここで悪態つくような真似はしたくない。
「で、確認もせずに急いでここへ来た理由は何なの?」
カーラの言葉でクラウも用件を思い出したのか、幾分難しい顔をする。その表情は余りいい情報でないことが分かる。
「あー、そのな、一応念のために、しばらくの間はここへいて欲しいんだ。ブレロへ戻っても誰かが護衛につける訳じゃねーし」
「あら、そんなこと。大丈夫よ、ここにいろというのであれば私はここにいるわよ。やることも色々あるし」
「シェスのドレス作る以外に?」
「えぇ、テオフィル様からメイドたちの服を作って欲しいって依頼されたのよ。若い子でも喜ぶような服を作ってくれって。優しいわよね、テオフィル様も。普通は無いんじゃないの、メイドの服を作ってくれなんて依頼」
あぁ、言われてみればここにいるメイドの服はどこか古めかしいもので、可愛らしさとは無縁だ。けれども、年代的には自分と余り変わらないか少し上の彼女たちにとって可愛らしい服というのは嬉しいものに違いない。
「あいつ、そんなことまで頼んでたのか? つーか、ブレロで待ってる客は放っておいていいのか?」
「それなら大丈夫。きちんと店も畳んできたから」
「畳んだって、店閉めたのか!?」
クラウの言葉でようやく事の重大さが分かりカーラを見上げれば、カーラは楽しそうに笑う。
「別に店が必要になればまた開ければいいだけの話じゃない。全く大げさな。でも、畳んできた甲斐はあったわよ。何せこんな大役を頂けたんだから。クラウにも感謝してるわ。勿論、シェスにもね。あそこにいたら、目に触れることも無いような生地を沢山見せて、触らせて貰ったわ。それだけでもここへ来た甲斐があるのよ。だから、二人とも気にする必要は全く無いわ」
胸を張ってそう言ったカーラさんの目に迷いはない。そしてその目はとても優しいもので、逆に何も言えなくなってしまう。気遣われている気がしないでもないけど、それを感じさせない笑顔だった。
「……まぁ、母さんがそこまで言うならいいけど。で、そのドレス、あとどれくらいで仕上がる?」
「三日もあれば出来上がるわ」
「なら一週間後。一週間後にはダリンへ乗り込むぞ。テオフィルが馬車も警備もつけてくれる手筈になってるから、誰にも邪魔されずにダリンへ行ける。お前の名前を出せば領主も会わざるを得ないし、城に現れたお前に無体を働くようなことはイヴァンたちが阻止する。じゃあ、俺はテオフィルと打ち合わせがあるから」
一気にそれだけ言うとクラウは部屋を出て行ってしまった。入ってきた時同様、勢いのままに出て行ってしまい、残されたカーラと二人視線を合わせると口元が緩む。
「慌しい子ね。でも、あの様子だと楽しんでいると思うわよ。だからシェスも色々考えずに楽しんでしまいなさい。復讐なんて考えずにね」
最後に付け足すように言われた言葉に、一瞬思考が固まる。
ここへ来て色々事情を聞くと、もしダリンの小父様が家族を殺した、城を殲滅した首謀者だとしたら、神器の為にそうした行為を行った小父様を許せそうにない。あの惨劇を思い出すと今なら殺したいと思うこと事態、何らおかしなことではないと思い始めていた。
そして、それを見透かされたことに驚いてカーラを見上げれば、カーラは私の視線に気付いて穏やかに笑うばかりだ。それ以上、何かを言うことはない。
果たして、今回、クラウやテオフィル、そしてロゲールが予想した通りの展開で家族が殺されたのだとしたら、果たして自分は許せるのだろうか。それを考えた時、胸の奥が焼けるように痛んだ。
* * *
モヤモヤとした気分で一週間を過ごし、小雨降る日にテオフィルが用意してくれた馬車へと乗り込んだ。隣にはクラウ、正面にはテオフィルが座り、馬車はダリンに向けて出発する。馬車の周りにはティル領の騎士団が護衛にあたり、仰々しい装いとなった。そして私はカーラが用意してくれたドレスに身を包み、テオフィルが用意してくれた装飾品や靴を身につけ馬車に揺られていた。
ティル領からダリン領へは馬車で飛ばせば一日掛からない。車内はどこか緊張した空気が漂っていて、誰も何も話さない。重苦しい空気の中で外を見れば、朝から小雨愚図つく天気に小さく溜息をついた。
「どうした、調子悪いか?」
「別に平気。ちょっと緊張してるのかも」
「まぁ、多少は緊張感持って貰わないとこっちも困るだろ。今回一番の大役であり主役なんだしな」
言われてみれば確かにそうだけど、胸の奥でモヤモヤとした気分が晴れない。復讐を踏みとどまりたいと思う自分と、復讐をやり遂げて家族に祈りたいという自分、その二つが鬩ぎあって気持ちを重くする。そしてこの雨ときたからには、もうテンションなんてとても上がらない状態だ。
「テオフィル、前に言ったよね。ゴブレットは水って話し」
その言葉にテオフィルは一瞬クラウへと視線を向けた。それはここで話すべきことじゃない、という意味なんだろうけど、クラウ相手であれば別に構わなかった。
「ついでに私は精霊の加護を大きく受けてるって。体調だけじゃなくて、気分とかも反映するもんなんだね」
「おい、どういう意味だ?」
クラウにとっては訳が分からないからこその質問なのは分かっていたけど、説明しがたいものがある。
「反映、しているのか?」
「ほぼ間違いなく。この雨は多分、私のせいなんだろうね」
そう言って外へと視線を向ければ、霧雨からすでに小雨へと変化している。これは私の気持ちがダリンに近付くにつれて反応しているに違いない。
「ダリンに向かうのはそんなに気が向かないのかい?」
「……そうだね、ちょっと迷ってることがあるから気が向かない、というよりも気が重いのかも」
「おい、質問に答えろ」
すっかり話しから置いてきぼりをくらった形になったクラウは、とても面白くなさそうだ。まぁ、私がクラウの立場だったらやっぱり面白くないに違いない。
「そういえばさ、クラウと初めて会った日も大雨だったよね」
「あ? あぁ、そうだったな。だからお前を連れ帰る羽目になった」
クラウと会って混乱のままに自分は倒れた。だからこそクラウに連れられてブレロへ行くことになった。そう、あの時も雨だった。
「だから何だって言うんだ。はっきり言え」
「あの例の家宝、ハドリーの血筋の者だけが使える神器だったんだって。四つの家宝はそれぞれ力が違い、私が持ってるゴブレットは水の精霊によって効力を表すものらしいの。そして、精霊の加護がある私には、どうやら雨だって降らす力があるみたいよ。無意識だけどさ」
ぼんやりと外を眺めながらそれだけ説明したけど、クラウからの答えは無い。余りにも突拍子の無い話に面食らっているのかもしれない。そして、一緒にいるテオフィルも私が言ったことに対して噛み砕いた説明や補足を口にすることもない。ただ、無言の時間だけが無駄に流れていく。
「……普通の人間じゃないってことか?」
それは考えてもいなかった。でも、クラウが言うように人間では無いのかもしれない。
「そうかもしれない。自分じゃ分からないわ。少なくとも、私は人間だと思ってるけど」
「いや、誰も人間じゃないなんて言ってないだろ。今の説明聞いてると、確かに思い当たることが無い訳じゃない。お前が具合悪い時は決まって嵐みたいな雨だしな。それに悩みだすと大抵の日は小雨がパラついたりしてるから納得出来る。偶然だって片手程度だったら全て偶然で片付けるが、それ以上は偶然じゃなくて必然だと俺は思ってる。家宝と言われる程の物だし、そういうこともあるだろうな。で、この雨の原因は何だ」
クラウはこういう所で本当に飲み込みが早い。驚く訳でもなく、ただ事実を受け入れてくれる。けれども、飲み込みが早すぎるというのも困りものだ。こうして、余り理由を言いたくない時は特に。
隣に座るクラウが徐々にイライラしているのが分かる。言い難いものはあるけど、ここで口を噤んだところで追求の手は止まらないに違いない。
「シェス、お前の気が重い理由は何だ。事と次第によっては計画自体中止する。言っただろ、主役はお前だってな。主役がへたれてるんなら今は時期じゃないともとれる。どうする?」
「あ、違う、違うの。この計画に気が重いとかじゃなくて、もっと……うん、違うの」
「だから、それをはっきり言えって言ってんだろ!」
クラウの苛ついた怒鳴り声に思わず首を竦める。
「君はいつもそんな感じだな。感情的に物を言いすぎだ」
「お前は冷静すぎるんだよ! 機械か何かか!」
「怒鳴らなくても聞こえている。君はシェスに対してもいつもこんな感じなのか」
「そうだよ、何か悪いか!」
ここまで目的が同じだからそれなりにやってきたけど、どうやら根本的にこの二人は合わないらしい。それはそうかもしれない。私から見てもこの二人は対照的とも言える。ただ、いつまでも続きそうなこの遣り取りを聞いている訳にもいかない。
「あー、もう、分かった! 言うから二人とも黙って」
途端に二人の口論が止み、お互いにばつの悪い顔をして窓の外へと視線を向けた。
「別にダリンに行くことはイヤじゃない。ただ、もしダリンの小父様がハドリー領を、ううん、家族を殺したんだとしたら自分はどうするんだろうと思ったら、もの凄くイヤな想像しか出来なくて困ってる」
「何だ、その困ってるっていうのは。事実は事実として受け入れるしかないだろう」
「そうなんだけど、事実を受け入れる覚悟は出来てるの。事実を受け入れた上で自分がどうするか、それを考えると怖くなる」
「怖くなる……それは、復讐を考えている、そういうことかい?」
「まさかだろ。お前、復讐は考えてないって言ってただろ」
二人の鋭い視線が突き刺さるようで、視線を足元へ落とす。言うと声にした時点で説明するつもりではあったけど、こうして言葉にされると自分でも怖いと思える。
大丈夫だと思っていた。復讐なんて自分は考えないんだとばかり思っていた。最初は悲しみ、それから焦燥、けれども、それは自分に対しての焦りであって怒りでは無かった。落ち着いて、手が届くと思った途端、隠れていた恨み辛みが現れた。自分でも予想していなかったから驚きもあるけど、妙に納得している部分もある。あんなことがあったんだから仕方ないと。でも、余りいい気分じゃない。
「最近、色々考える。もしダリンの小父様が犯人だったらどうするんだろうって。もしそうだった場合には認めて欲しいって気持ちと、認めて欲しくない気持ちがずっとある。でも、認められたら怒るだろうし……怒るだけじゃ済まないんじゃないかって。だって、私には誰もいなくなったのに……」
「なら、お前は一体誰に復讐するんだ? 確かに指示したのはダリンの領主かもしれないが、それには実行犯がいる。その全てを憎むのか? 領主の命令の上でやった相手にも」
「だって、一緒じゃない! 父様たちが武器を持っていないのに、それでも殺した人たちは別だって言うの? 私には指示した方も実行した人間も同じにしか見えない!」
「……だったら、お前が誰かを殺すくらいなら俺が殺してやる。だからお前は絶対に手を出すな」
いつもよりも低いクラウの声が車内に響き、それから痛いくらいの沈黙が落ちる。誰も何も言わない。そして私も何も言えなかった。だから膝の上に置いてあった掌を握り締める。
だって、そんなことをクラウに言わせたかった訳じゃない。でも、やり返したいと思うことは、結局、相手を殺す以外の何者でもない。言葉にされて自分の考えていたことの醜さを露わにされて、胸の痛みと共に涙が溢れてきた。
「……ヤダ」
小さな声はすっかり涙声になっていて情けないものだったけど、狭い車内の中で十分に響いた。けれども、クラウもテオフィルも何も言わない。
「クラウが誰かを殺すのはイヤだ」
「それはお互い様だ。俺だってお前が人殺しになるのは見過ごせない。バカだからそんなことも分からないか。第一、お前は母さんと約束しただろう」
確かにクラウの家を出る前にカーラと約束した。人を殺すことはしないで欲しいというカーラの痛切な願いだった。分かってるけど、心の中の憎しみをどう処理していいのかが自分でも分からない。
「シェス、君の気持ちは分かるよ。僕も似たような気持ちだったからね」
今まで口を開くことの無かったテオフィルがいつもと変わらない淡々とした口調で話し掛けてくる。でも、その顔を見ることは出来ない。
「じゃあ聞くが、殺したからといってシェスにとって何になる。君の両親やレイチェルは喜ぶのかい?」
争いを好むような人たちじゃなかった。だから、とても喜ばれるとは思えない。分かっていても気持ちが治まらない。
「テオフィルは……どうやって、この気持ちを殺したの? もう、私はどうしたらいいのか分からない。前はこんなことすら考えなかったのに」
「それはシェスが落ち着いてきた証拠だ。多分、少し前までは悲しむことに忙しかった。それが落ち着いてきて魔が差しているだけだろう。誰の心にでも憎しみはある。けれども、それとも上手く付き合わなくてはいけないものだろう。我慢しろとは言わない。だが、やり返すくらいは許されるだろう」
「おい」
遮るようなクラウの声にテオフィルの声は止まらない。
「だが、相手を殺せば、それは相手と同じ立場に落ちるということだ。相手に家族がいれば、シェスと同じ立場になる。そしたら今度は君が恨まれる立場だ。その苦しさを君は知っているだろう」
馬車の隙間から風が入ってきて、頭上に飾られたレースがふわりと揺れる。それに促されるように外を見れば雨が叩きつけるように降っている。まるで私の気持ちのように轟々と吹き荒れる雨風をただぼんやりと眺める。
「相手を殺せば人殺しの汚名を着る。そんなことは私だって知ってる。それなのに、何で家族を殺した人たちは安穏としているの? そんなのズルいじゃない。許せない」
「ズルい? バカ言うな。世の中は平等だとでも思ってるのか。どうして上流階級なんて言葉があると思う? 少なくともお前はその上流階級にいた人間だろ。ズルいとも言えず飲み込んでる人間がどれだけいると思ってる。お前が一代で築いてきたものであれば俺は何を言うつもりもないが、自分のものでもない地位で恩恵を受けてきたお前がそれを言うな。生きてく上で平等なんて言葉はねーよ」
それはいつも以上に冷ややかなクラウの声で、思わず嗚咽すらもその冷たさに止まる。そして、言われた言葉を全て理解した途端に一瞬にして心が冷えるのが分かった。
自分は知っている。城での生活とクラウの家での生活の違い。それは予想もしないくらい大きく違うものだった。そして、自分はその落差にどこか納得していた。ここは自分の住んでいた城じゃないから仕方ないと。でも、違う。それは仕方ないと片付けていい問題じゃなかったのかもしれない。
「何気に僕にとっても耳が痛い話しだね。だが、正論ではあるね。生きていく上で平等なんて言葉は無いというのは同意するよ。まぁ、僕も甘受している立場だから同意されたくはないだろうが」
「そうだな。だが、お前の努力だけは認めてやる」
「それはどうも」
いつでも遣り合ってるのかと思っていたけど、この二人の間でも認める合えることがあることに驚いた。それは、あれだけいがみ合っていてもお互いに認め合えるだけの度量があるということだ。だからクラウは自分が平等の上にないことを受け入れられるのか、テオフィルは親を暗殺されても復讐したいという気持ちを押えることが出来るのか。そして、自分はこの二人に並ぶことは出来るのか。それを考えたら醜い自分の心ばかりが浮き彫りにされた気分だった。
「何か、もうやだ……」
凄く苦しい。こんな気持ち知らない。知りたくも無かった。捨てたいのに、忘れたいのに捨てられない醜い心が痛いくらい苦しい。涙でぐしゃぐしゃになった顔を掌で覆うと膝に突っ伏した。
気持ちは醜いし、自分はとても未熟だ。
「お前……本当にバカだろ」
そんな言葉と共に襟首を捕まれて無理矢理顔を上げさせられると、その顔を隠すようにクラウの胸に押し当てられた。一瞬、何が起きたのか分からず困惑して顔を上げようとしたけど、強引に頭を押えられてしまう。
「な、なに?」
押さえつけられたままでくぐもった声だったけれども、凄く近くにいたからクラウの耳には届いたらしい。
「いいから、もう泣いとけ」
呆れたような声が身体から響いて聞こえる。感情は落ち着くところを知らず、更なるパニックを得て涙が止まらない。生まれてこの方ここまで泣いたのは初めてのことかもしれない。声を殺して、クラウの服を握り締めてただひたすら泣いた。