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鮮やかな世界を信じて  作者: assalto
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第6話

 目を開けてから見慣れない天井をぼんやりと眺める。柔らかい布団にもう一度包まろうとして我に返る。辺りを見回せば枕元にはクラウがいて、安堵の息を零した。

「ティル城だ。熱出して昨日一日寝てた」

 延びてきた掌が額に触れると、少し冷たくて気持ちが良い。確か野宿していた筈だったから、クラウがここへ運んでくれたんだと思う。

「ティル城ってことは、テオフィルのところ?」

「そうだ。まだ熱がありそうだな。もう少し寝てろ。まぁ、ロゲールに感謝するんだな」

 どうなってここへ来て、何でロゲールに感謝なんだか訳が分からない。分からないという顔をしていたのか、クラウが少しだけ笑う。こういうことは本当に珍しい。いつもなら、こういう状況ではバカとかアホとか言われるのに、何で笑っているのかよく分からない。

「ロゲールが口八丁、手八丁でティルの騎士団を丸め込んだ。だからお前はここで寝てられたんだ。感謝ぐらいしてやれ」

「分かったけど、そのロゲールは?」

 辺りを見回してもロゲールの姿はどこにも見えない。恐らく、どこかへ出ているのは荷物を見れば分かる。

「飯食いに行った。ついでに情報収集もしてくるとさ」

「そっか。あとでお礼言っておく」

「そうしてくれ。それから、具合が良くなったらテオフィルに会うぞ」

 だって、つい先日までの話しではテオフィルにしろ、ダリンの小父様にしても、どちらも怪しいから会わないという結論に達したばかりだ。それなのに、何故そういうことになってるのか訳が分からない。

「言っただろ。城にいると。城で匿って貰ったのにテオフィルに会わない訳にはいかない。ここで挨拶もせずに不況を買うよりも、一層のことご対面して相手のリアクションを見るのも手だろ」

「だからって、無謀に思うんだけど。いきなり捕まったりしないかな」

「どうにかなるだろう。一応、向こうにも立場がある。いきなりそんなことをするとは思えんな。テオフィルと会う時には俺やロゲールも一緒に行く。何かあれば助けてやるよ」

 そう言って笑うクラウの顔は今までに見た笑顔よりも優しいもので、凄く驚いた。だって今までそんな優しげな笑顔を見せてくれたことなんてない。とにかくクラウがそう言うのであれば、確かに助けてはくれるのだろう。

「とにかく、もう少し熱が引いてからだ。慣れない旅で疲れも出たんだろ」

「迷惑掛けて、ごめん」

「そうだな。もうお前を拾った時から迷惑掛けられまくりだ。今更一つや二つ増えたところでどうでもいい。いいからもう少し寝ろ」

 相変わらず偏屈な言い方だと思う。それこそ少し前なら腹立ったり、怒ったりしたけど、今は言い方はどうあれきちんと聞けば言いたい意味も分かる。

 言われるままに目を閉じるとまどろんでくる。しばらくの間、そんなまどろみの時間を過ごし、熱が下がったのはそれから更に三日経ってからだった。その頃になれば食事も普通に取れたし、ロゲールと会話を交わすことも出来た。今までのことをある程度説明して貰い、テオフィルとの面会日が決まった。

「どうしたの? まだ調子悪い?」

 ロゲールの心配気な声に慌てて俯いていた顔を上げると首を横に振った。

「ちょっと緊張してるかも」

「別に緊張する必要もねーだろ。元々知り合いなんだろ」

「知り合い、まぁ、知り合いだけど……ちょっとソリが合わなくて、何て言うか相手の覚えが悪いだろうなーとか思ったりして」

「は? 何だ、お前とテオフィルは諍いでもあったのか?」

「いや、うーん、諍いというか、まぁ、色々と」

 さすがにこの場で姉様の結婚相手に嫉妬しました、とバカ正直に話すには恥ずかしすぎる。確かに家族が大切で大好きだったけど、それは今となれば幼い感傷だったと分かる。

「まぁ、何かやらかしたとかじゃなけりゃ問題ねーだろ」

「確かに、問題は無いと思うけど」

 ただ、自分の気持ちとして恥ずかしいだけだ。あの頃の幼さと言ったら穴があったら入りたいくらいの尊大さだ。子供だから許される範囲かもしれないけど、あれだけ敵対心バリバリにしていた自分にテオフィルはどう思ったのか考えるとかなり憂鬱だ。

 最後にお茶を飲み終えたクラウは早々に椅子から立ち上がった。慌てて残っていたお茶を飲み干すとロゲールと一緒に立ち上がった。

「まぁ、余り固くならないで。どうせ顔合わせ程度だし」

「でも、向こうが気付いたら?」

「気付いたら気付いたで何かリアクションがあるでしょ。正直、そのリアクション待ちの所もあるけどね。でも、俺たちも一緒に行くから、ね」

 気が重いけど逃げられるものでもない。そうなれば開き直るくらいしか出来ないもので、クラウたちと一緒に大広間へと歩き出した。ロゲールはどういう説明をしたのか、ティル城内では客人として迎え入れられてる。本来なら部屋を三つ用意すると言われたらしいけど、それはクラウが断ったらしい。恐らくそれは私の護衛を兼ねていたんだと分かる。

 角を曲がり大きな扉の前に立てば、扉の前にいた男の人がその大きな扉を開けてくれる。正面にはテオフィルが座っているのが見える。どこか面白くなさそうな顔をしたテオフィルは、こちらへと向き直ると無表情になった。

「テオフィル様、こちらがダリン領の騎士団騎馬隊長のロゲール様です」

「あぁ、久方ぶりだな」

「覚えて頂き光栄です」

「そっちの二人は?」

 そう言ったテオフィルの視線はクラウへ、それからゆっくり自分へと向かう。昔よりも随分と大人の人になったように見える。あの頃会った時にも鋭い視線だと思ったけど、今は更に鋭くなっている気がする。そしてその視線はあっさりと自分から離れた。

「今回、一緒に付き添いをして貰っているクラウディオ・クローチェとシェス・クローチェになります」

 ロゲールに紹介されて頭を下げれば、横にいるクラウも頭を下げているのが見える。

「ふーん、兄弟かい?」

「はい、そうです」

 ここまで畏まったクラウはそれこそ初めて見たかもしれない。いつでも誰にでも横柄な態度で接してるのかと思ったけど、こういう場での態度は意外にも大人だ。

「で、要求は何かな、ロゲール。わざわざ君が何の目的もなくこの二人を連れて来るとは思えない」

「要求なんてとんでもありませんよ。ただ、この度は城内に留め置いて下さったお礼に参っただけです」

「そうか、別に礼なんか必要ない。どうせ部屋なんて余ってるし、どうでもいい」

 本当にどうでもいいと言わんばかりに投げやりなその言葉に、ロゲールの笑みはどこか引き攣っている。そして、そんなロゲールを見てクラウは苦笑しているし、私としては余り変わらないテオフィルの物言いに苦笑してしまう。

 テオフィルは近くにいた執事に飲み物の用意を頼むと、私たちにテーブルを勧める。その間に人払いをしたらしく広間には私たち四人とお茶を淹れる執事の姿しかない。勧められるままにテーブルへつけば、執事が丁寧な仕草で私たちの前と、テオフィルの前にお茶を置いた。香りたつお茶はバラをあしらったものなのか、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

「これからどうするつもりだ。もし留まるつもりならその間、ここへ泊まればいい。必要なものがあれば用意する。そういえば、ここへ来るまでに随分無理したらしいな。うちにも余ってる馬がいる。三頭あればいいか?」

「いえ、そこまでお世話になっては私が領主に会わせる顔がありません。宿泊の許可を頂けるだけで十分でございます」

「別に馬くらいどうでもいい。むしろ、君たちに使って貰った方が厩舎の人間も馬も喜ぶだろう。三頭でいいか?」

 予想していたよりも強引な言葉を疑問に思う。でも、私が疑問に思うくらいだからクラウもロゲールも疑問に思っているに違いない。

「それならお言葉に甘えまして二頭、ご用意頂けませんでしょうか」

「あぁ、シェスが乗れないのか。運動神経が備わっていなかったんだな」

 くぅ……何でここまで言われなくちゃいけないんだ。確かに運動神経が無いなんてずっと自覚してきたことだけど、他人に指摘されると結構ムカつくものがある。

「どうせ踊りくらいしか得意なことが無いんだろう」

「悪かったわね、どうせ踊りくらいしか踊れないわよ」

 思わず立ち上がり胸を張って答えれば、ロゲールは笑いを引き攣らせ、クラウは片手で頭を押えている。やってしまったと思ったけど今更引き下がれるものでもなくテオフィルを睨みつければ、何故かテオフィルはクツクツと笑い出した。続く笑いは小さいものから、しばらくして大きなものへとなり、最後には目尻に浮かぶ涙を拭っている。

「やはりそうか。君はシェスティン・ケイリー・ハドリー嬢だな。その言葉遣いからいっても男ではない。第一、上流階級でないと踊りを得意とする者なんていないんだよ。勉強不足だったね」

 慌ててクラウを見れば呆れた目で自分を見ている。今更やってしまったというには墓穴を掘り過ぎているみたいで、何のフォローも飛ばない。

「それにしても驚いたな。まさか君が生きているとは思ってもいなかったよ」

「何言ってるの? だって、あなたが私を探しているって」

「探してる? まさか、死んだと聞いている君を探しようもないだろう。僕が聞いているのはハドリー家は誰一人残らず滅亡した、ということしか聞いていない」

「どういうこと……? だって」

 訳が分からない。確かに探しているのはテオフィルだと聞いていたけど、でも、テオフィル自身は探していないという。

「どういう噂が流れているのか知らないが、僕が君を探す筈もない。少なくとも婚約者であったレイチェルを探すなら分かるが、既にレイチェルの遺体には対面しているのでね。ただ、君が保護を求めるというのであれば元婚約者としての立場上、受け入れるが」

 どうすると問い掛けてくるその視線に、首を横に振った。確かにティル領主の保護があれば身の安全は図れるに違いない。でも、背後にテオフィルの影がちらつけばそれだけ口を噤む人間も増え真実に遠くなる。

「お断り。別に必要ないわ」

「相変わらず気が強いね。そんな格好をしている、ということは身分を隠したいんだろうが成長していない君を見れば、会ったことがある人間なら大抵気付くと思うんだが。まぁ、あの城の中で大事に大事にに育てられた君の顔を知る人がそう多くはいないだろうけど」

「成長してなくて悪かったわね。聞きたいことがあるんだけど、聞いてもいいのかしら?」

「まぁ、拒否するつもりはないな。あぁ、執事のレイだ。父の代から執事をしているが口は堅い。ここでの話しが漏れることはないから安心して聞いてくれ」

 その言葉にレイは一礼するとテオフィルの後ろに立った。執事としては定位置につくその姿に、ハドリー城にいたアクトンの姿を思い出し懐かしく思う。よく父様の後ろにこうやって立っていた記憶がある。

「なら聞かせて貰うけど、うちの城を滅ぼしたのはテオフィルのお父様?」

「それは答えたところで信じて貰えるのかい?」

「そんなこと聞いてから決める」

 そんな私の答えにテオフィルはあからさまに呆れた顔をすると、次の瞬間にはあのシニカルな笑いを浮かべた。

「まぁ、情報を取捨選択するのは大切なことだな。最も、取捨選択するのは君ではなさそうだけど」

 テオフィルの視線は私からクラウとロゲールの二人に注がれ、そこで笑みを深くした。

「君たちも聞きたいことがあるなら聞けばいい。別に敬語なんて必要ない。敬語に気遣いすぎて言葉を違えるのもバカらしいのでね。さて、シェスへの答えはノーだ。残念ながらティルはハドリー家とは上手くいっていた。少なからず、父と君の父上は血印の誓約書を交わしていた筈だ。ただ、城のどこかにあるだろうが、残念ながら父の遺品にはまだ手をつけていない。最近、色々領内に問題があったのでね」

「それは、あのモンスター騒動のことか?」

 テオフィルの言葉でクラウは言葉をいつものように戻している。聞かれたテオフィルも全く気にした様子はない。

「モンスター騒動というのは初耳だな。どういう噂だい?」

「ティル領にモンスターが出るって他で噂になってる。少なくともダリンやブレロでも聞いたし、それによって行商がティルを避けているのを知ってる」

 話を聞いたテオフィルは顎に手を掛けてしばし悩んだ挙句小さく溜息をついた。

「そういうことか。実はここ一年程、行商が入らないことで食料や衣類が足りなくて問題になっていた。そういう噂があったのだとしたら納得だ。はモンスターが現れたという事実は無い。それは事実無根の噂だ」

「そんな気はしていた。噂で聞いているのはティル領内ということで、どんなモンスターで、どの場所か、それについて詳しい話しが全く無かったからな。噂が流れ始めたのはここ一年だ、噂の根源に心当たりは?」

「それなら、僕が領主になった時期と重なるかもしれないな。表立った反対は無かったが、裏では全く無いとは言わない。外から潰しに掛かるのも手としては悪くない。他には?」

「ダリンの領主との確執ってのは何だ?」

 クラウの質問にテオフィルはその視線をロゲールに向ける。視線の意味を分からずにテオフィルとロゲールを交互に見ていれば、ロゲールは軽く手を上げた。

「一つ謝らないといけないことがあります。俺はもう騎士団の人間じゃありません。騙すような真似をして申し訳ない」

「騎馬隊隊長だったな。それなりの役職だったにも関わらず、辞めた理由は何だ」

「随分、私的なことを聞くんだな」

「こちらとしても情報をオープンにしてダリンに持ち帰られても困るんでね。ようやく領内が落ち着いてきたところなのでこれ以上面倒はごめんだと思うのはおかしなことかね」

「いや、妥当だな。ロゲール、どうする? 話しを聞くにはこちらの説明もしないと情報開示はして貰えないらしい」

「いや〜、俺としても極秘事項だから困っちゃうな〜。言うべき?」

「別に構わないですよ、言わなくても。僕も黙秘するだけですから」

 ロゲールの爽やかともいえる笑顔と、テオフィルのシニカルな笑みを見ていると何だか場が白々しく寒い。クラウはすっかり傍観を決め込んだのか、椅子の背凭れに身体を預けてお茶を飲んでいる。

 チラリとこちらを見たロゲールは、少し困ったように笑う。その笑みの意味が分からずに首を傾げれば、更にロゲールの笑みが深くなったように見えた。でも、それは一瞬のことでその視線はすぐにテオフィルへと戻されてしまう。

「実はダリンの領主、エヴゲニー・イーゴレヴィチ・ダリンの領主剥奪を目論んでいたりするんですよ〜」

 余りにも軽く言われた言葉だったこともあって、一瞬聞き逃しそうになったけれども、意味を改めて考えるとお茶を飲む手を止めてロゲールを見た。ロゲールはテオフィルと視線を合わせたままこちらを向くことはない。

「おや、一緒に行動している二人は知らなかったみたいですが宜しいんですか?」

「宜しいも何も、最初から目的が違うことは言ってありますから」

「そうですか。なら、その理由は? 領主剥奪と聞くと不穏に聞こえるのですが」

「いや〜、俺もここへ来るまで色々な街を見てきたつもりです。どこも領主は領民のことを考えているように思えました。でも、ダリンの領主は領民に還元することをしない。今、ダリンでは家を追われる人間が多く、領民が重い税に苦しんでいます」

 ロゲールの話しを神妙な顔をして聞いていたテオフィルだったが、身を乗り出すと両肘をテーブルについて手を組んだ。一瞬、テオフィルの眼鏡が怪しく瞬き、次に見えた時にはその顔に先程よりも楽しそうな笑みが浮かんでいる。それでもどこか冷徹な印象を拭えないのは、その笑みが作り物めいたものだからなのか、見慣れない眼鏡のせいなのか自分では分からない。

「でも、それは僕に言うことではなく国王に言うことでは?」

「分かってますって。だから、あなたに泣きつくために言った訳ではないですし、理由を言えと言われたので言ってみただけですよ。別にこの一件にあなたが噛んでくれとは頼んでいません。いや、むしろ口を挟んで欲しくないのかもしれませんね。そのままダリンがティル領地にされるのも面白くないですし」

「面白いか、面白くないか、か。そういう考えは嫌いじゃないな。まぁ、はっきり言えば、ダリン領に興味は無いよ。うちとしても領地拡大するつもりもないし、今いる領民を食べさせるのがやっとなんでね」

「その割にはハドリー領には興味を示したみたいだが? まぁ、興味を示したのは親父さんだったんだろうが」

 唐突に口を挟んだクラウは、思っていたよりも鋭い目でテオフィルを見ている。微妙な空気の中、テオフィルは小さく笑った。

「まぁ、僕でも興味を示しただろうね。興味というのはおかしな言葉だが、父とハドリーの領主は面識があったし、深く付き合いもあった。そして僕自身もレイチェルと婚約していたし、あの土地に興味を持ってもおかしくない、そうは思わないかい?」

「普通だったらおかしくないな。だが、あのハドリー領だ。そういう意味での興味は?」

 思わず身を乗り出してしまえば、テオフィルはクスリと笑うと私を指差した。

「そういう意味だったら、僕はあの土地よりも君の方に興味がある。それから、ハドリーの家宝と言われている物の存在は、四つの内、三つはどこにあるか知っている。一つは君が持っているね、シェス」

 思わず腰から下げてあった小袋を握り締めれば、テオフィルが口の端を上げた。

「まぁ、僕にとってそれらは、意味を知っているからこそ興味が無い」

「意味を知ってるって、どういうこと?」

 今は口を挟まないつもりだったけど、つい、自分のこととなれば質問を投げてしまう。

「僕はね、恐らく君よりもそれらについて詳しく知っている。父からも、そしてレイチェルからも聞いているからね」

「それって、どういうこと?」

「知りたければ君一人で聞きに来るといい。僕は君以外に口外するつもりは無い。ただ、聞いた君が誰かに言おうと僕としては構わない。それによって僕に害意が及ぶとは思えないのでね」

 それについて、もっと聞きたいことはあったけど、続く言葉が出てこない。一人で聞きに来いというのであれば、聞きに行くべきなんだと思う。何せ自分の家のことなんだから。逆に自分の家のことにも関わらず、他人であるテオフィルが知っていて、自分が知らないというのは情けないし悔しいものがある。

「まぁ、そこら辺の話しに興味が無い訳じゃないが、話しを元に戻すとしよう。ロゲールは言ったが、答えとなるダリンとティルの確執話しをまだ聞いていないな」

 クラウに話しを振られるとテオフィルは表情を変えることなく口を開いた。

「簡単な話しだ。元々、父とハドリーの領主には繋がりがあったのさ。だが、ダリンの領主が父に取って変わろうとした。勿論、父もハドリーの領主も納得することなど無かったがね。強大とも言われるハドリーの家宝がダリンの領主は欲しかったのさ。くだらないと思うかもしれないが、内実はそんなものさ。あの日、ハドリーが滅ぼされたのも、僕とレイチェルが婚約発表をしたからダリンに滅ぼされたんだろうね。違う?」

 そう言ったテオフィルはロゲールへと視線を向けた。視線を向けられたロゲールは先程までの笑みを隠し、真剣な顔でテオフィルを見ている。

「その証拠はあったりします?」

「まぁ、あると言えばあるかな。ただ、僕は確認したことはない。シェス、君があのゴブレットを持っているなら、ダリンの領主の手にはレイチェルの持っていたネックレスがある筈だ。もし、シェスがあのゴブレットを持っていないなら、ダリンの領主の手にはゴブレットとネックレス、その二つがダリンの領主の手にある筈だ」

 確かに、私が見た時にあのネックレスは姉様の首に掛かっていなかった。それは誰かに持ち去られたというよりも、あの騒動の中で落としてしまったのだとばかり思っていた。でも、もしそれがダリンの小父様が奪ったのだとしても、俄かに信じ難かった。

「信じる信じないは好きにするといいさ。最初にも言ったが、情報は集めて精査することに意味がある。ただ、これだけは言っておくが、僕はダリンに攻撃する気は全く無い。勿論、仕掛けられたら防衛はするが面倒くさいのは御免だ。この領も僕が死ねば後継ぎがいる訳でもないし、作るつもりもない。後は滅びるなり、誰か他人が領主として成り代るだけだ」

「それは姉様が好きだったから結婚する意志が無いということ?」

 質問にテオフィルは苦笑すると、僅かに目を伏せた。照明の関係で反射した眼鏡のせいでその奥にある視線を見ることは出来ない。目が見えないだけでこんなに表情が隠れて分からなくなってしまうことに初めて気付いた。

「君の姉様大好き病も相変わらずだね」

 溜息交じりに言われたその言葉に図星を指され思わず立ち上がりそうになった所を、クラウに腕を捕まれて止められた。小さく口の中で唸りながらも椅子に腰を落ち着けた所でテオフィルに苦笑された。

「正直言うと、父に言われたからレイチェルとは婚約した。綺麗で聡明なレイチェルを嫌いでは無かったよ。ただ、僕にとっては信頼出来る存在ではあったが、好きかと言われると悩むところだな。はっきり言って、大人しく慎ましい女性は僕の趣味じゃないんだ」

「そんな! だって、姉様はテオフィルのことあんなに好きだったのに!」

「なら君は親から、この男性と結婚しなさい、と言われて相手を好きになるのか? まぁ、それはそれで幸せなことだろうがね」

 そう言われるとぐうの根も出てこない。悔しいけど、テオフィルの言葉は正論だ。

「まぁ、そこで反論してこない所は成長したみたいだな。君は他人の立場になって考えることをもう少し覚えた方がいい」

 そう言って立ち上がったテオフィルは、これ以上話しは無いということなのだろう。背を向けたテオフィルに慌てて声を掛けた。

「テオフィル! 私があの城を出なかった理由を知ってる?」

 振り返ったテオフィルは微かに笑みを浮かべると「あぁ」と短く返事をした。それからロゲールとクラウに視線を向けてから私に視線を定めると口元を上げる。

「だが、ここで理由を言うことは出来ない。それについても知りたければ後で一人で聞きに来ればいい」

 それだけ言い残すと背を向けて部屋を出て行ってしまった。残された私たちは沈黙の中でお茶を飲むと一番最初に溜息をついたのは誰だったのか。沈黙がそこで破れ、あっさりと口を開いたのはロゲールだった。

「何だか、困ったな〜。えっと、色々と呆れてたり、不愉快だったりする?」

「別に全然。それよりもテオフィルの物言いの方が不愉快だったわ」

「お前、よく言うな。少なくとも会った時は似たようなもんだっただろうが。あーやだやだ、他人の振り見て我が振り直せじゃなくて、他人の振り見て我が振り棚上げとは大したもんだな」

「なっ! 私、あそこまで尊大じゃないわよ!」

「十分尊大だろ。ったく、本当に自分のことは見えてない奴だな」

 呆れた様子のクラウに、更に怒り爆発状態だがそれを全てお茶で流し込んだ。身体には悪そうだと思いつつも怒りの全てを飲み込むと、どこか乾いた笑いを零しているロゲールへと視線を向けた。

「驚いたけど、不愉快じゃない。最後まで隠されてる方が不愉快だっただろうし、今は知って良かったと思う。そして、私自身も目的がはっきりしてすっきりした気分だしダリンに行くわ。そして、ダリンの小父様に直接聞いてみることにする」

「おいおいおい、それはお前、はい、持ってます、って答えると思ってるのか?」

「そんなこと知らないわよ。それこそなるようになるでしょ」

「つーか、それ以前に本気でテオフィルの話しを信じるのか?」

 それを言われると正直、誰を信じればいいのか分からなくなる。ただ、まだテオフィルは隠していることがある。それを聞けば、ある程度の方向性は見える気がした。

「うん、ダリンに行く前にテオフィルに聞くことがある。だからそれを確認して、それから半分信じるか、全面的に信じるか考える」

 手にしていたお茶を飲み干すと椅子から立ち上がった。

「善は急げって言うでしょ。今から聞きに行ってくる」

 背後からクラウとロゲールの止める声が聞こえたけど、私はそのまま足早に部屋を後にした。客間である部屋を出れば、扉近くにテオフィルの執事がいた。すぐにテオフィルと会いたいことを言えば、執事はそのまま案内しますと言って歩き出した。どうやらテオフィルとそういう段取りになっていたらしい。先回りされた多少の悔しさはあるけど、今から聞くべき内容を思うと緊張してきた。

 しばらく歩き、通された所はどうやら客間に見えた。ノックの後に執事が私が来たことを言い、扉を開けてくれた。客間だと思っていた部屋には両側に本棚が設えてあり、ぎっしりと本が詰まっている。その部屋の真中に机があり、その机上も書類に埋もれていた。机の中心に座っているテオフィルの姿は全く見えなかったが、低い声だけが聞こえた。

「そこへ座ってもらえ」

 執事の、かしこまりました、という挨拶で部屋の片隅に置かれているソファへと促される。けれども、そのソファとセットになったテーブルの上にも書類が積み上げられていて、私がソファに座ると身長が低いこともありテーブルの向こう側にあるソファが見えなくなった。

 執事は私に、それから書類向こうにいて見えないテオフィルに一礼すると部屋を出ていってしまった。部屋の中にはテオフィルが筆を走らせる音だけが耳に届く。まさか書類に手を伸ばす訳にもいかず、しばらく書棚に並べられた背表紙を眺めていた。

 本は高価な物だから大切にしなさいと教わったけど、それがここまで沢山あるっていうのは凄いことだと思う。確かに父様も本を持ってはいたけど、ここまでじゃなかったと記憶している。

 カタリと音がなり、本の背表紙から机へと向き直れば、丁度テオフィルが椅子から立ち上がる所だった。

「随分思い切ったな。三人で相談なりしてから来るのだとばかり思っていたよ。だから早くても夜にしか聞きに来ないだろうと思っていたんだがね」

「仕事中に邪魔して悪かったわね」

「別に邪魔だったら最初からここには入れていない。聞きたいことは?」

 目の前のソファに座ると、テオフィルは長い足を優雅に組むと、ゆっくりと眼鏡を外してから目元を指先で押えている。それだけ眼鏡というものは疲れるものなのか、それともあの山のような書類を片付けるのに疲れているのか。

「大丈夫? 随分疲れてそうだけど」

 その言葉にテオフィルは顔を上げた。その顔にはさも意外だと言わんばかりの表情があり、そんな顔をされたら幾ら何でも面白いもんじゃない。

「私だって人を心配するくらいのことはするんだけど」

 つい尖る声にテオフィルの表情が和らぐ。その顔は先のようなシニカルな笑顔ではなく、どこか懐かしむようなそんな顔に見えた。もしかしたら、眼鏡が無いから穏やかに見えるのかもしれない。

「すまない、心配するのは執事のアルマンくらいなのでね。そういう言葉を聞くこと事態に意外性があった。別に君の発言だから驚いた訳ではない」

 家族が亡くなり執事しか心配する人もいない、それは酷く寂しいことのように思える。でも、ロゲールが言っていたように領民へと還元しているのであれば、領民だって心配するんじゃないのか。そう思うけど、それを口にするのもためらわれた。だって、私はブレロに領民として住んでいたから知ってる。還元された所で、領主というのは雲の上の存在で、心配と言っても結局は赤の他人だ。多分、テオフィルはそういうことを言っているんじゃないと思う。

 そこまで考えると、身近な人が本当に執事しかいないのだとやっぱり寂しく思えた。

「僕のことはどうでもいい。何が聞きたい」

 テオフィルの声で我に返ると、頭の中で整理していた事柄を順番に思い浮かべていく。

「まず、ハドリー家の家宝について。あれは一体どういう物なの?」

「僕が父とレイチェルから聞いた話しでは、家宝は四つある。杯、硬貨、剣、そして棒、この四つがハドリー家代々に伝わる家宝と言われる物だ。それぞれには役割があり、杯は水、硬貨は地、剣は風、棒は火、それぞれの精霊を宿していると聞いた。そして、それら精霊を呼び出すことを出来るのはハドリー家の血族のみとされているらしい」

「精霊? あの本の中に出てくる妖精とか精霊の類のこと?」

「そうだ、その精霊だ。少なくとも、その話しを僕は信じている」

 でも、いきなり精霊だの妖精だの言われて信じられる人間がこの世にどれほどいるのか聞いて見たい。しかもこのリアリストの代表みたいなテオフィルがそれを信じるには訳がある筈だ。

「何でそんな突拍子の無い話しをテオフィルは信じてる訳?」

「信じるも何も、見たからな。レイチェルが精霊と会話し、その助けを借りるところを。君が生きているということは、少なくともレイチェルに助けられている筈だ。君はあの戦火の中、箱に入っていた為に助かったんではないのか?」

 箱と戦火――言っているのはハドリー城が陥落したあの日のことだろう。確かに、目覚めた私は箱の中に入れられていて傷一つ負うことなかった。そういえば、よく考えて見ると、何故あの箱だけは燃え尽きることなく、そして壊されることなく残っていたのか。一度も考えたことは無かったけれども、よく考えてみればかなりおかしな話しだ。

「あの箱にレイチェルはもしもの時のために、そう言って地と火の精霊から力を借りてあの箱を守護するように頼んだ。僕はそれを見ていた。確かに幻想的な風景ではあったよ」

 何か俄かに信じがたいことが並べられて、困惑している自分がいる。でも、納得したことが一つある。

「そうか、だからテオフィルは興味が無いのね。あれはハドリー家の人間じゃないと使えない物だと知ってるから」

「そういうことだ。使えない物を持っていても結局は宝の持ち腐れだからな。僕には必要ない」

「でも、ダリン小父様が持っていると知っていたのは何故? 興味があったからじゃないの?」

「興味があった訳ではないな。ハドリー家の者が亡くなったということで、婚約者である僕にレイチェルの遺品だけダリンの領主から送られてきた。遺骨の他にアクセサリーの類なども全てが揃っているように見えたが、彼女が肌身離さずつけていたネックレスだけが届かなかった。勿論、ダリン領主の下にいる人間が奪った可能性もあるだろうが、だが、領主はあっさりと城を片付け慰霊碑を建てた。すなわちそれは目的の物を一つは見つけたからではないかと僕は思っている」

「それが姉様のネックレス」

 鷹揚に頷いたテオフィルは椅子の背凭れに身体を預けると、ゆっくりと腕を組んだ。

「まぁ、もっともダリンの領主にはあれがどういう物であるのかは知らないだろうがね。少なくともレイチェルや君の両親があのダリンの領主に説明しているとは思えない」

 テオフィルはそう言って微妙に肩を竦めて見せた。そういうことをこの人でもするのかと思うと意外だったけど、そんなテオフィルの行動に人間らしさなんてものを感じてしまうのは失礼かもしれない。

「テオフィルから見て、ダリンの領主は全く信用できないってこと?」

「あぁ、全くしていないね。モンスターの噂にしても、君を探している噂にしても、遣り方がえげつない。ああいう下品な人間は嫌いなんだ。何よりも、領民を食い物にしているあの姿を見ていると同じ領主として吐き気がするね。基本的に領の拡大を狙い、それによって得た労働力は全て自分の家畜だと思うような人間だ。信じる信じないは本人を見てくれば分かるだろうがな」

 どれだけ毛嫌いしているのかはテオフィルの言い方だけでもよく分かった。私自身はダリンの小父様の優しい一面しか見ていなかったから信じたいと思っているけど、話しを聞いているとその全てが信じたい気持ちを崩していく。

「これは僕から見た一方的な思い込みだ。君は君の目で確かめるべきだろう。他に聞きたいことは?」

「身長! あ、えっと、成長が止まってる訳は?」

「こちらは信憑性が無い。その上で聞いてくれ。君は自分の家族をどう思う? 年齢の割に若いと思ったことは無いか?」

 言われてみれば、母様と姉様は年相応だけど、父様は年齢の割に若く見えた。少なくとも父様は五十後半に指しかかろう年代だったけれども、四十前半にしか見えなかった。

「父様は確かに年齢より若く見えたけど、他は別に……」

「あぁ、そうだな。君は父上の血が濃く受け継がれているらしい。精霊の加護を受けた者は四つの神器が無ければ身体に影響を及ぼすと言われている。君がいた頃に城にあった神器は三つ。その為に成長が止まっているらしい。もっとも、父上が子供の頃から三つしか無かったらしいから、それで父上の成長も遅れたのだと聞いている。まぁ、どれも信憑性は無いから、どこまで本当だか分からない。ただ、君についてはその成長が著しく遅かった為に、精霊の加護を多く受けてるのではないかという憶測があった。そのため成長の遅れが大きく出る可能性も考えて城の外に連れ出すことをしなかったそうだ」

 でも、父上も若く見えたなら私が若く見えたところでおかしな話しではない気がする。ただ、それだけの理由で自分が城の外へ出して貰えなかったんだとすれば納得がいかない。

「父上は外交などで外に出ているのに、何で私だけ」

「君は大人の成長度合いと子供の成長度合いの違いが分からないのか? いや、分からないのか。城の中で暮らしてきたのだからな。大人に比べて子供の成長は早い。一年で身長が伸びたりすることを考えれば、大人との差は歴然だろ。一年、二年でその差は大きなものになる。五十の大人が四十に見える分にはありえる話しだが、十五の子供が五歳にしか見えなかったら普通、どう思われる」

「……変、かな」

「変くらいならまだいい。最悪、魔女などと言われる可能性も高い」

 昔あった魔女裁判の話しを思い出し身震いする。他人と違えば異端に見えることは分かっていたけど、テオフィルの話しで自分は異端なんだと自覚した。分かっていたのに、あのままブレロに留まっていたらどうなったのか考えただけでも空恐ろしいものがある。

「今後、君は、いや君たちはどうするつもりだ」

「取り合えず、ダリンに行こうと思ってる。どういう形になるかは分からないけど、姉様のネックレスという証拠を探すが、他の証拠を探すか、何か方法を考えてダリンの領主に会うつもり」

「その後は」

 その後なんて全く考えてもいなかった。でも、このままの状況では姉様のネックレスを手に入れることが出来たとしても、人並みの成長を得ることは出来ないのかもしれない。そうなれば、ブレロの街へ戻ることは出来ない。だとしたら、自分は一体、どこへ行けばいいんだろう。

「考えていないのか。行くところがなければここへ住めばいい。領内であればある程度の情報操作は出来るし、問題が起きれば僕が対応できる。一応、君はレイチェルの妹である訳だから、僕が面倒を見てもおかしな話しではない。ここへ住むというのであれば、それなりに用意をさせる」

「それは……もう少し考えてみる。正直、ダリンへ行ったところで何が起きるか分からないから。今でも賞金掛かってるくらいだし」

「好きにしたまえ。ただ、戻る場所が無いというのであればここへ住めばいい。それだけの話しだ」

 それはかなりの温情に思える。少なくともハドリー家が無く後ろ盾の無い私にここへ住めということは、テオフィルに取って問題児を抱え込むようなものだ。成長しない自分は、城内においても知らない者から見れば奇異な存在だ。

 幾ら婚約者の妹だからと言っても、もうすぐ十六になる娘を城内に置いておけばうるさく突付く人間は出てくるに違いない。大抵、女性は十七には結婚することが多いのだから。

テオフィルにとって今は結婚を考えられるものではないらしい。だとしたら、ここで数年、成長が落ち着くまで留まらせて貰うのも一つの手なのかもしれない。

「まぁ、考えておくわ。今はとにかく家宝とか言われてる訳の分からないものを取り戻すのが先決だし」

 神器というものがどういう力を持っているのか分からないだけに想像がつかない。私が持ってるゴブレットが水だから、困った時には雨でも降るとか……そういえば、自分が精神的に不調だったり体調が悪い時は確かに雨が降ってる。それは偶然? でも、偶然じゃないとしたら、ちょっと怖いものがある。

「そう言うと思ったよ。君はレイチェルと違って無謀だからね」

 そうでしょうとも。姉様はいつでも思慮深くて、私みたいに無謀なことはしない。そんなことは言われなくても知ってる。知ってるけど他人に指摘されるのは面白くない。

「まぁ、僕としては君のそういう部分は気に入っているよ」

「それはどうも。全然嬉しくないですけど。とにかく、ダリンに行く。それからのことは、その時点で決める。そんな訳でお世話になった恩返しも出来ませんが、本当にありがとうございました」

「また困ったことがあればここへ来ればいい。いや、今回全てが終わったのであれば、ここへ来て貰えると助かる。君に渡したい物があるからな」

「今じゃダメ?」

「ダメだな。今回の件が片付いてからだ。これ以上考え事を増やしてもどうにもならないだろう、君の場合は。それに、今回の件と余り関係があるとは思えないしな。今君がしたいことは、犯人探しなんだろう?」

 確かに今やりたいのは家族を失った原因と、その犯人探しが私のメインだからテオフィルの言うことに間違えてはいない。何よりも、今はこれ以上抱え込めない。

「それ以前に、私が考え込むような物を渡そうとしてるの?」

「してるな。いらないというのであれば、僕が保管していても構わないが」

「……保留。今は保留にしておく。とにかく犯人探しが終わった時にそれも考える」

「その方がいいかもしれないな。まぁ、成功と無事を祈る。話しはそれだけなら僕はこれで失礼するよ。色々とやることがある」

 組んでいた足を下ろしたテオフィルはすぐに立ち上がると、そのままこちらを見ることなく書類に囲まれた机に向かうと、その姿を書類の山間に消した。

 そして情報を得た自分としてもここにこれ以上いる意味は無い。椅子から立ち上がると部屋を出る為に扉の前に立つ。けれども扉の前で振り返ると、山間の中にいるだろうテオフィルに向かって声を掛けた。

「色々、ありがとう。本当に」

 先程のような投げやりなお礼ではなく、本心からの言葉を声に乗せた。その言葉に返事は無かったけれども、聞こえない距離では無かった筈だ。だから、それだけ言って自分もテオフィルの部屋を後にした。

 扉の外で待っていた執事に軽く会釈をして長い廊下を歩き出す。色々と情報は揃った。テオフィルの言ったことを信じるとすれば、目的はダリン以外にはありえない。とにかく証拠を集めるか、もしくはダリンの小父様に直接謁見するか、今の情報では二つに一つしかない。もしかしたら、クラウやロゲールが他に考えているかもしれないからとにかく合流して話しを聞くしかない。

 階段を下りて二人の待っている部屋へ入れば、予想外にも二人は既に旅の支度を終えていた。

「お前はここで待ってろ」

 説明もなくそう言われても納得出来る筈も無い。不平不満が顔に出たのかロゲールが穏やかに笑う。

「ちょっと俺とクラウで外の様子を見てくる。ついでに賞金稼ぎの一人や二人、捕まえられたらいいな〜、とか思ってみたり」

「捕まえてどうするの? 賞金稼ぎって一人や二人じゃないでしょ?」

「吐かす。どいつが今回賞金を掛けたのか吐かせてやる。お前が来ると足手まといだからここに残ってろ」

 それだけ言うと、クラウは布袋を肩に担ぐとさっさと部屋を出て行ってしまう。残ったロゲールはやっぱり穏やかに笑いながら私の前に立つと一度立ち止まった。

「クラウはさ、あれで心配してるんだよ。シェス、まだ病み上がりだし」

「別に足手まといなのは分かってるからフォローはいらない」

「まぁ、確かにそうかもしれないけど、クラウの心配度合いも分かってあげてよ。同じ男としてちょっと同情しちゃうしさ」

 余りにもクラウには似合わないその言葉に聞き返したけど、ロゲールは笑うばかりで答えてくれそうにはない。小さく溜息をつくと手近にあるベッドへと腰掛けた。

「分かった、待ってる」

「うん、良い子でね」

 強い口調で「一言多い!」と言い返せば、ロゲールは笑って「行って来まーす」などと言って部屋を出て行ってしまった。そして部屋に一人残された私としてはやることもなくそのままベッドへ寝転がった。正直、礼儀が悪いとは思ったけど誰がいる訳でもないんだから別に構わない。そして、先程のテオフィルとの話を思い返す。

 正直、あの時には情報の量に驚かされて圧倒されていたけど、今考えて見れば大人の付き合いというのはかなり怖いものがある。ダリンの小父様とブレソール小父様の間に確執があるとは思わなかった。少なくとも私が見える範囲ではダリンの小父様もブレソール小父様も笑顔で挨拶を交わしていたし、父様と三人で話していることだってあった。ただ、そんな笑顔の裏に色々な思惑が隠れていたのかと思うとその笑顔すら嘘臭いものだった筈だ。そういう意味で自分にまだまだ見る目が無いってことなんだろう。

 それから、予想外にテオフィルが知っていた神器の話にも驚いた。少なくとも姉様は同じ話しを聞いていたに違いない。テオフィルは姉様とブレソール小父様から神器の話しを聞いたと言っていた。ということは、ブレソール小父様は父様から話しを聞いたに違いない。そうなると、確かにブレソール小父様は父様に信頼されていたということなんだろう。

 ただ、問題はこの話しの全てはテオフィルから聞いたもので、嫌な言い方、テオフィルのいいように情報操作されている可能性だってある。疑えばきりが無いことは分かっているけど、何を信じればいいのか、どこまで話半分で聞けばいいのか、私にはまだまだ判断がつかない。それだけ、判断はクラウに頼りきりだったということなのかもしれない。

 これからもっと、自分で取捨選択して情報を拾っていかないと生きていけないこと。そして、自分の身を守る術を身に付けなければならないこと。それから、人を見る目を養うこと。一人で生きていこうと思うとそれだけのことを身に付けなくちゃいけない。

 今回の一件が終われば、それぞれ自分の道を進んでいく。私もこれから一人で生きるためには、色々な物を見て、聞いて、判断していかなければいけない。もう、自分を守ってくれる城はどこにもないんだから。

 そういう意味では、両親にはちょっとだけ恨み言を言いたいかもしれない。自分の成長は棚上げしつつも、せめて城の外での生活方法を教えておいて欲しかった。いや、こうして教えて欲しかったと思っている時点で間違えているのかもしれない。本来なら自分で学び、自分で考えていくことが普通なのかもしれない。

 そして、あの城は自分たち一家が快適に過ごすための場所なんだから、私が居心地が悪い訳ないし、他人の顔色を伺うなんてこともしてこなかった。回りにいる人たちは両親が選んだ人たちがいて、その人たちが優しくしてくれる。そんな両親に与えられた環境で満足していたのは自分で、それを疑問に思わなかったのも自分だ。

 自分は他人に比べて十五年という時間をかなり無駄に過ごしてきたのかもしれない。それは怠慢だったのかもしれない。少なくとも、ブレロにいた時にだって、十五になれば親の代わりに仕事をしている子供だっていた。数日前まで遊んでいた子供たちが親の手伝いをするから早く帰ると言ったとき、自分はどう思ったのか。何でもっと遊んでいかないんだろう、つまらない。ただ、それだけだったことが今となっては恥ずかしく思える。そこで疑問に思わなかった自分はどれだけ甘えきった人間だったのか、そんなことからも分かる。

「これから、か……」

 テオフィルはここへ来ればいいと言ったけど、それは甘えじゃないかという思いが強い。だからといってカーラの元へ戻るのもやはり甘えにしか思えない。本来なら十五にもなれば自立してしかるべき年だし、十六になれば結婚して家庭を持つ子も多い。けれども、自分には自立する力も、そして結婚して家庭を維持する能力も無い。

 そういうものは何をすれば身につくのかも分からなくて途方に暮れるしかない。とにかくやってみればどうにかなるものなのか、その検討すらつかないのはちょっと終わっているかもしれない。

 そして年齢に対して追いつかないのは中身だけじゃなくて外見も追いつかないのが困った所だ。テオフィルが言うように、神器の影響で成長を損なっているということであれば、自分は嫌でも神器を四つ探し出さなければならない。一つは自分、そしてもう一つはダリンの小父様、残りの二つがどこにあるかと考えると憂鬱になってくる。

 クラウはそこまで付き合ってくれるようなことを言ってはいたけど、そこまで甘えることも今となれば出来る筈もない。既に、今回の件ではかなりクラウを巻き込んでしまっている。そうなると残りの二つは自力で……ん? テオフィルは確か、四つの内、三つはどこにあるか知っていると言っていた。そう、もう一つの場所をテオフィルは知っているということになる。

 思わず勢いよく起き上がった所で、扉も勢いよく開き、慌ててそちらを見れば、クラウとロゲールの二人が部屋に入ってくる所だった。だが、二人の姿はあちらこちらに傷があり、出て行った時よりも遥かに汚れが目立つ。

「どうしたの! 何をしてそうなるのよ」

 慌ててベッドから降りると部屋に用意されていたタオルを二枚手に取ると、水差しでタオルを濡らす。クラウとロゲールは幾分顔をしかめながら椅子に腰掛ける姿を確認すると、一人ずつに濡れタオルを渡す。渡された二人は顔を拭き、手を拭くと一旦タオルをテーブルの上に置いた。

「いや〜、賞金首探している人間探してたら逆に見つかっちゃって街中で大運動会する羽目になっちゃって〜」

「なっちゃって〜、って、それで逃げ帰ってきたの?」

「そうしようかと思ったんだけど、二十人くらいだから片付けてきちゃった」

 ウキウキという様子で笑顔のロゲールの言葉に思わずコップに入れるために傾けた水差しから水が零れ落ちる。

「片付けたって、まさか」

「大丈夫、殺したりなんてしてないから。ちょっと、ギュッとして締め上げただけ。賞金を出しているのは誰だ、ってね」

「で、誰だったの?」

 二人が出て行った目的は確かにそれだった。でも、今一番知りたいことでもあった。テオフィルの言葉を疑うのもイヤだけど、ダリンの小父様を疑うのもイヤだった。どうせなら白黒はっきりとついた方が気分的にはまだすっきりする。

「ダリン城から領内へ公布があったそうだ。時期的に考えるとシェスを攫うために俺を雇った人間が元々城の人間だったのか、城に雇われた人間だったんだろうね〜。クラウなんて殺しても構わないとか言われたもんだから切れちゃってさぁ、三分の二はクラウが殴り飛ばしたな」

「嘘つくな。半分はお前だろ」

「いやいや、クラウの方が絶対に多かったって〜」

 どちらが多い少ないと二人で遣り合っている様子を見ていると、どうにも武力的な人間には見えない。一層、武力的というならダリンで会ったイヴァンの方がずっと武力的に見えるに違いない。

「とにかく二人が平和的ではない方法を取ったのはよーく分かった。で、どうするの?」

「どうする? それはお前が決めることだろ」

 クラウとロゲールが自分を真っ直ぐに見ている。それは決定権が自分にあることをを示している。

 今までも色々と考えてきた。とにかく今したいことは、家族を殺した人を知りたい。それを知るにはどこへ行くかはもう決めていた。

「ダリンに行く。そして、ダリンの小父様と会ってくる。そして直接聞くわ」

「答えてくれなかったら?」

「調べるわよ。ここまで来たらもう。だから手伝って欲しい」

 その言葉でクラウは顔色を変えることも無かったけど、ロゲールは緩やかに笑みを浮かべた。

「手伝いましょう。俺にできる限りは」

「まぁ、手伝って当たり前と思ってないだけマシだな。ところでお前の方はテオフィルから色々聞けたのか?」

 自分が思っていたよりもテオフィルは情報を持っていて、予想以上に色々なことが聞けた。知りたかったことも、知りたくないこともあったけど、聞かないよりかは聞いた方が良かったと思える。

「うん、聞けた。だから勢いだけじゃなくて、きちんと考えてダリンに行くことも決めた」

「直接領主に会うつもり? 難しいと思うけど……」

「だったら逆手に取ればいい。お前が成長してないなら尚更、あの頃と同じ格好をしていけば無碍には出来ないだろう」

「あの頃と同じ? 同じ格好なんてできる訳ないじゃない。あの時に服とか全てが無くなったんだから」

「そんなの、母さんに頼めば幾らでも作れる。ブレロに戻るには危険があるから母さんをこちらへ呼び寄せよう。一層のこと、大々的にやってやろうじゃないの。お前はどうする」

 クラウは隣に座るロゲールへ視線を向ければ、少し悩んだ素振りを見せたロゲールは穏やかな笑みを浮かべて首を横に振った。

「いや、俺は一度ダリンへ戻る。イヴァンにも報告したいし、イヴァンの協力も仰ぎたい。イヴァンのことだ、色々やらかしてくれそうだし」

「そりゃあいい。一層のこと、ここの領主様にも役立って貰おうじゃねーの」

「ちょ、ちょっと待って。そんなことしたらカーラにもテオフィルにも迷惑が掛かるよ」

 カーラは店を持っている。そうなれば、店を一時的にでも休まないといけなくなる。そんなことになれば、あの店にいるお客さんにも迷惑が掛かるばかりか、下手をしたらお客さんを失うことにもなりかねない。あそこで手伝いをしていたから知ってる。お客さんを獲得するのにどれだけ大変なのか。

「それは問題無いな。領主に仕立てをするにはどれだけ名誉なことか分かるか? お前がそれを着るんだ、ハドリー家の領主としてな。間違いなく宣伝になる。いい宣伝材料として派手に着飾れ。それによって母さんの名誉にも繋がる」

「だったらテオフィルは?」

「まぁ、ああいう言い方はしていたけど、ダリンの領主を面倒には思ってる筈だ。こうして面倒に巻き込まれる原因になったのもダリンの領主だしな。まぁ、あいつが乗るか乗らないかで話も変わってくるがな」

 そういうものなんだろうか。テオフィルの件については分からなくもないが、カーラに掛かる迷惑を考えるとどうにも素直に頷くことが出来ない。自分が着ることによって宣伝になるといわれたけど、どうしてもそれが宣伝になることに繋がらないからかもしれない。

「取り合えず、俺はテオフィルと話してくる。ロゲールもイヴァンに話しがあるならしてこい。ただ、裏切るなよ」

 鋭い視線でクラウはロゲールを見遣れば、ロゲールは肩を竦めて見せた。

「今更こんな面白いことから降りたりしないよ。確かに俺もダリンの人間ではあるが、あの領主にはほとほと呆れてる。シェスの手前だから多くは言わないが、表舞台からは退場して頂きたいと願っているよ」

 ロゲールの言葉に幾分驚いた。領主と領民はある程度支えあってるものだと思っていたけど、ダリンにおいては違うらしい。しかも、自分がダリンの小父様と知りたいだからと気遣われていたことに驚いた。そして、その優しさに自然と笑みが零れる。

「ロゲールはロゲールの思う所もあるだろうし、最初から言うように目的が違う。今は分かるよ。きちんと人によって考え方も色々あるんだってこと。だから、ロゲールはロゲールの思う通りにしてね」

「あぁ、それは思う通りにさせて貰うよ。俺一人の判断じゃないからね。だから、シェスもシェスの思う通り、きっちりケジメつけるんだよ。そうでないといつまでも先に進めないからね」

 こういう時のロゲールはとても穏やかな顔をしている。だからこそ素直に頷けば、少し苦しそうな顔をして私を見る。その意味が分からず問い掛けようとしたけど、クラウの声に遮られた。

「それじゃあ、お前はここで待ってろ。俺はテオフィルと話しをつけてくる。ロゲールも来い」

 クラウの声でロゲールは私から顔を逸らすと椅子から立ち上がった。

「怪我してるのに、手当て」

「いらねー、こんなの怪我の内に入るか。それよりもお前はドレスの絵でも描いとけ」

 そう言って、クラウはロゲールと共に部屋を出て行ってしまった。怒涛の情報の次には、勢いの作戦に慌てている自分がいる。でも、何故かワクワクに似た高揚感を覚えている。全てが明らかになることを期待してなのか、それとも、皆で何かをすることに高揚しているのか自分でもよく分からない。ただ、今はクラウに言われた通り、紙とペンを用意すると自分が覚えているドレスを紙に描き止めるためペンを走らせた。

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