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鮮やかな世界を信じて  作者: assalto
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第5話

 焚き火の中に近くで拾ってきた木を追加すれば、割れるような音を辺りに響かせる。けれども眠るシェスは身動ぎ一つしない所を見ると、疲れが溜まっているのかもしれない。

「寝ちゃったみたいだね」

「あぁ、どうも体調悪いみたいだからな」

「そうか、少しゆっくり眠れるといいんだけどね。まぁ、明日にはティルに入れるから夜にはベッドで眠れるし大丈夫じゃない」

 確かに明日にはティルには入れるし宿屋でゆっくりすることは可能だろう。ただ、賞金が掛かった俺たちに追手がいないことが不思議でならない。

 そして、問題は目の前にいるこいつだ。イヴァンの話しからもこいつがイヴァンの手下として動いているのは確実だろうけど、目的を言わないことに不信感が拭えない。信用しないことには話しにならないから、一応信用枠に入れてはあるが隠し事が色々あるらしいこいつに聞きたいことは一つじゃない。

「お前、何で一緒に来るんだ? 騎馬隊隊長って肩書きが虚言でないなら腕も立つだろうし、俺たちと一緒に行動するメリットが余り無いだろ。無いとは言わないが、所詮お荷物抱えた身だ。一人で動いた方が楽だろ」

 言いながらロゲールの様子を伺っていたけど、当人は気にした様子なく苦笑するとシェスへと視線を向けた。その目は穏やかながらもどこか同情めいた含みがあるように見える。

「まぁ、思惑が無い訳じゃないな。今は言うつもりないけど。ただ、クラウと一緒で守りたいと思っただけだよ、この子をね」

 そのままロゲールは傍で寝ているシェスに手を伸ばすと帽子越しに頭を撫でる。眠っているシェスは起きることなく健やかな寝息を零している。そんなシェスを見るロゲールの目は優しいものだ。

「俺さ、妹がいるんだよね。丁度シェスと同じくらいの子でさ〜」

 普段と変わらない口調で話すロゲールの指先は相変わらずシェスの頭を撫でている。

「攫われちゃったんだよね、一年程前に」

 余りにも明るい声で言われて聞き流しそうになった言葉だったけど、その内容と言葉の軽さに違和感を覚える。

「妹、探してるのか?」

「うーん、まぁ、ここまでくると諦めてるかな。攫われた子に用が無ければどういう末路になるのか、君よりかは知ってると思うよ、俺は」

 確かに騎士団では街の治安維持も職務の一環としている。そういう現場に踏み込むこともあるのだろう。少なくとも、ロゲールが踏み込んだ訳ではなくとも話しは詳しく聞いているに違いない。

「だからね、一年も過ぎれば諦めも強くなるんだよね〜」

 諦めたから、だからこそこれだけ明るい口調で話せるのだろうか。でも、可愛がっていた妹となれば、ここまで明るく話せるんだろうか。その違和感に薄ら寒いものを感じる。

「だから、原因となったシェスを恨んでる?」

「あはは、それは無い。何て言うかさ、恨む資格も無いっていうか、どちらかと言えば俺がシェスに恨まれる方だと思うくらいだし」

 それはどういう意味なのか、考えつくことは一つしかない。

「まさか、お前……ハドリー領攻撃に参加していたのか?」

 問い掛けに対する答えは無く、らしくなくロゲールは弱々しく笑うだけだ。勿論、ロゲールが単独で動いたとは思えない。だが、そうなれば話しが変わってくる。

「ハドリー滅ぼしたのはダリンの領主か?」

「俺には分からない。領主は命令をしていないというし、内部で命令偽造された可能性もある。あれから三年も経っているのにまだ何一つ分かっていない」

「お前とおっさんの目的はそこか」

 だとしたらロゲールが騎馬隊隊長という職を辞めてまで調べている理由も分かる。そんなことが続けば、騎士団自体も内部分裂してしまう可能性がある。いや、もしかしたら既に内部分裂しつつあるのかもしれない。

 余りにも予想外の話しに大きく溜息をつくと改めてロゲールに視線を向けた。既にロゲールの手はシェスから離れて、手近にある木を焚き火の中へと放り込んでいる。話しをしたことを後悔しているのか、それとも元々その予定だったのか、その表情からは読み取れない。普段ヘラヘラしてる奴ほどこういう内情を読み取りにくい。

「それにしても、よくあれだけ武力を持たないハドリーの連中相手に殺戮できたもんだな。手に武器なんか持たない人間の方が多かっただろうに」

「批判は甘んじて受けるよ。実際、作戦を遂行した過去の自分に吐き気がするしね」

「踏み込んだ段階でおかしいと思わなかったのか?」

 少し悩んだ素振りを見せたロゲールだったが、力なく首を横に振った。

「正直、あの頃、あの命令を貰ったことが誇らしかったぐらいだ。そりゃあ、疑問を感じなかった訳じゃないけど、自分が実行する大役に目が眩んだのさ。だから無抵抗の人間を何人も殺したよ」

 自嘲するような薄笑いを浮かべたロゲールは、もう一度シェスへと視線を向けた。

「今更かもしれないけど、今度は守ってやりたいんだ。妹の分まで」

 それが本当であれば、こいつはこいつなりに苦悩だってあったに違いない。そして、自分には不利になるだろう俺たちと一緒に行動する理由も分かる。ただ、一つ言わなくちゃいけないことはある。

「今の話し、シェスには言うな」

「謝罪はさせて貰えないってことか」

「当たり前だ、謝罪なんて自己満足の為にこいつを苦しめるな。そうでなくても、ようやく家族の死を乗り越えたばかりだからな」

「ふーん、やっぱりシェスのことよく分かってるなぁ、お兄ちゃんは」

 先程までとは一転、いつもの食えない笑みを浮かべたロゲールはどこか楽しそうに自分を見ている。

「何だ、それは」

「べっつに〜。まぁ、いつまでも兄貴面してると、どこかの馬の骨に持っていかれるよ」

 先程までのしんみりした雰囲気もイヤだが、これはこれでやっぱりイヤだ。からかう気満々のロゲールを見ているとうんざりした気分になってくる。

「拾ったもんを世話するのは当たり前だろ。責任持ってくれるんなら誰でもいい」

「またまた〜、自分でも分かってる癖に。いや、分かったちゃった癖に〜」

「何のことだ?」

 ロゲールの言いたいことを分かりながらもしらばっくれると、呆れたような視線を投げられた。そんなロゲールを一睨みすると、自分の布袋から毛布を取り出すと横になる。

「お休み〜」

 変に明るいロゲールの声を聞きながら眠りに落ちようとしたが、森の奥から木を踏む音が聞こえて身を起こす。ロゲールも気付いたのか、ついていた焚き火に水を掛けて火を消す。出したばかりの毛布を布袋に突っ込むと、音を立てないようにシェスへと近付き軽くその頬を叩く。元々寝起きはよくないが、起きる気配が全くないのはおかしい。頬にあてていた手を額にあてれば、思ったよりも高い体温に小さく舌打ちをした。

「どうかしたの?」

「このバカ、熱出しやがった」

「それはタイミングとして余りよくないね」

 そんな会話を交わしながらも着々と出発準備を進める。徐々に近付いてくる人の気配に神経を傾けながら馬の背に荷物を乗せる。最後に俺自身が馬へ跨ると、シェスを抱えたロゲールが馬の上へとシェスを乗せる。

「大丈夫? もしだったら俺が抱えてるけど」

「お前、まだ怪我治ってないだろ。んなもんどうにかなる。とにかく行くぞ」

 その声にロゲールも早々に馬に跨ると、お互いに小さく頷いてから馬を飛ばす。突如走り出した馬の足音に気付いたのか、人の気配が一瞬にして濃くなるが、すぐに後ろへと流れてその気配は徐々に小さくなっていく。

 片手で手綱を操りながら木々の合間を抜けていく。頬に当たる風に水滴が混じり始めたのは、馬を出してから五分もしない内だった。思い切り舌打ちすると自分の被っていたストールを少し解くとシェスの上に軽く掛ける。まだ霧雨でしかない雨だが、霧雨だからこそ視界が悪くなってくる。

「少しスピード落とそう。この視界じゃ危ないし、何より夜明け前に宿屋へついても開けて貰えないだろ」

「……なぁ、ティルに入ったらこの追手はいなくなると思うか?」

「まぁ、無理じゃないかなぁ。少なくとも賞金が欲しい連中だし、多少手荒だろうとどうでもいいと思うだろうしね〜。どういう形で賞金首になってるのかは知らないけど、生死問わずなんてものだったら向こうも躍起になるだろうし」

「よし、行き先変更だ。ティルに向かう。向かう先は宿屋じゃなくてティル領主の城だ」

 呆けた顔をしていたロゲールだったが、我に返ったのか途端に捲くし立ててくる。

「ちょっと待って。それってどう考えてもヤバいでしょ! 俺、テオフィルに面割れてるんだけど」

「それなら丁度いい。追われてる、助けてくれと言え」

「は? だって、テオフィルにシェスは追われてるんだろ?」

 少し前までは俺だってテオフィルに会うとは考えてもいなかった。だが、追われて、尚且つシェスが体調不良、そしてロゲールがいる、この条件ならテオフィルに会うのもありだろう。

「あぁ、だが、いきなり切り掛かってくることもないだろ。シェスを見た時の反応が知りたい。それに、お前も守るだろ?」

「そりゃあ、守るけど、やっぱり騎馬隊隊長の名前を語ることになるのか〜」

「それくらいの語り、後でバレた所で問題ねーよ。問題になったらなったで騙されたとか脅されたとか何とか言え、俺が責任取る」

 徐々に顔に当たる雨粒は大きくなり、本格的な雨に変わりつつある。しばらく走れば森を抜け草原に出る。上に木が無くなった分、雨は降り注いでくる。時折顔を拭いながらひたすら馬を進める。足の長い草は自分たちの姿を隠してくれるが、逆に敵の姿も隠されてしまう。流れるスピードの中で目を凝らしながら先を見る。後ろにはロゲールがいるから幾分安心だ。

 しばらく走り抜けると草の足が徐々に短くなり、視界が広がる。そして遠くにティルの城壁が見えた。ティルは巨大な城壁で街ごと取り囲まれていて、夜は城門が閉じ騎士団が門扉を警護している。まだ夜明けまでは遠い。

「開けてくれるかね〜」

「別に開けてくれなくても構わん。門の前でドタバタ始まればティルとしても無視も出来ない筈。いざとなれば騎士団が出張ってきてくれるだろ。こっちとしてはそれもありだな」

「あはははは〜、まぁ、確かに出てきてくれるなら、今の現状なら一番かなぁ。後ろから追い掛けてきてるし〜」

 ロゲールの言葉で振り返れば、確かにロゲールのかなり後ろから二、三人が追い掛けてくるのが見える。とにかく馬を蹴り上げ更にスピードを上げると闇の中にある薄明かりに向かって走った。

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