第10話
城の裏側にある洗濯物干し場で日光を浴びながら、全てのシーツを干し終えると大きく伸び上がる。今日は本当に良い洗濯日和だ。昨日、ぐっすりと気分良く眠ったのが良かったのかもしれない。
白くはためくシーツが眩しくて、思わず目を細めるとシーツに人影が映る。これが終われば昼食だと言っていたから、もしかしたら誰かが呼びに来たのかもしれない。
「ごめん、今行くから待ってて」
シーツを入れて持ってきた籠を手に声を掛ければ不意にはためくシーツから顔を出したのは長身の男。少なくともメイド姿ではない。
「……シェス?」
問い掛ける声は聞き違える筈も無い。逆光でその顔は見えないけれど、誰だか自分は知っている。
「……クラウ。いつ戻って来たの?」
「あぁ、さっきな」
「良かったぁ、無事に戻ってきてくれて。凄い嬉しい……クラウ?」
確かに目の前にクラウはいる。逆光でその表情は見えないけど、こちらを見ようとしないクラウに首を傾げる。
「どうかした?」
少し屈み込んでクラウの影に入れば、ようやくクラウの顔が見えた。けれども、その顔は二年前とは随分変わって大人びたものになっている気がする。
「お前、こんな格好で何してるんだ」
「お手伝い。だって、ここへ住まわせて貰ってるのに何もしないのはおかしいでしょ」
「テオフィルが……言う訳ないな。あいつ、止めたりしなかったのか?」
「まぁ、最初は反対ぽかったけど、別に止められたり、文句言われたりはしてないし。え? 何で? 何か変?」
「変じゃねーけど……」
何だか二年前とはクラウの印象が随分と違う。こんな言葉を濁したような話し方はした記憶が無い。いつでもきっぱりはっきり、そして口が悪いけど、優しい。私の中にあるクラウの印象はそんな感じだ。どこかはっきりしないクラウだったけれども、いきなりこちらを見据えると持っていた布袋が手から離れると同時に、いきなり抱き締められた。その力強さと勢いに思わず息が止まる。
「お前、何勝手に成長してるんだよ。くっそー、あの野郎、一言も言わなかったぞ」
何やら口の中でブツブツと悪態ついている声は聞こえたけど、誰に対しての文句なんだかさっぱり分からない。いや、もしかしたら、思考能力が低下しているせいで分からないだけかもしれない。だって、こんな風に抱き締められたことなんて一度も無い。
「く、クラウ……離してくれると嬉しいんだけど」
前に比べて身長差は無くなったとばかり思っていたけど、私が成長するようにクラウも成長していたらしい。二年前に比べて、その腕はしっかりと自分を抱き締めている。密着度が高すぎて息苦しささえ覚える。
暴れてクラウの腕を解こうとするけど、その力は緩むことなく身体を拘束する。難なく押さえつけられている自分を腹立たしく思いながらもクラウの上を引き剥がそうとすれば、頭に何かが触れた。それと同時に耳元に低い声が落ちてきた。
「好きだ」
短い言葉は、一瞬、心臓を止めた気がした。そして、もの凄い勢いで心臓が走り出す。
「ずっとシェスが好きだった。こうして抱き締めたかった」
今、信じられない言葉を聞いている。聞いたこともないような甘い低い声は確かにクラウのもので、何も言えずにいると抱き締める腕の力が更に強くなる。
二年間、クラウが現れる日をずっと待っていた。それは恋焦がれる気持ちにも似ていると思っていた。けれども、それは確かに恋だったと今知った。苦しいくらいに抱き締めるその腕に、その声に、胸が痛い。そして懇願にも似たクラウの告白にオロオロと子供のようにうろたえる自分がいる。
「答えは?」
こんな甘さは知らない。でも、耳元で囁かれるその声が背筋を震わせる。気が遠くなりそうな中でどうにか一つ頷けば、ゆっくりとクラウの顔が近付いてくる。余りの近さに目を閉じれば、クラウが笑う気配がしてそのまま唇が触れた。少し乾いた唇は想像していたキスとは違ったけれども、それは確かに甘いものだった。