複素数「愛」
「それでは皆さん、今日の内容はここまでです。課題は忘れずに来週までに提出して下さいね」
「起立、礼~」
「ありがとうございました~」
【??? side】
この世界は病だ。
…人間は砂漠のような道を歩み、星のように遠い理想を掲げ生きていく。
その存在は罪だ。
…人間は星のように眩い文明を築き、砂漠のような地球を形成した。
あの絶望は神だ。
…3年前に全てに絶望した俺が見たのは、あらゆる夢を叶える「神」だった。
どの選択が善だ。
…原罪たる人間に、秩序たる神の裁きを。
時は満ちた。始めよう、終わりを。
【湧弥side】
俺の名前は水野湧弥。蒼鳥高校2年に在籍している。
この春から2年生になり、新しいクラスの顔ぶれにも慣れてきた頃だ。
小高い丘の上に建つこの高校、2階の教室の窓際の席からは綺麗な桜と暖かい日の光が差し、気を引き締めなければいけないと思いながらも眠気が常に付いて回る。そうして、目線はいつも、さえずる小鳥と大きな黒板とで行ったり来たりしている。
授業も終わったので、所属する数学研究会の活動に向かおう。
????「ゆーーーうやっ!」
耳元で名前を急に呼ばれ、そっちのほうを見る。
湧弥「なんだ愛奈か。びっくりした。どうしたの」
こいつは夢川愛奈。俗に言う「幼馴染」というものだが、気付いたらいた程度の…。
高校では下の名前で呼ぶなとあれだけ念押ししたのに、本当に筋金入りのアホだ。
愛奈「なんだって何よ、今日の約束忘れてないよね?」
湧弥「今日の…約束?」
俺は思案を巡らせる。
愛奈「…もう!!駅前に出来たムーンバックスに行くって約束してたでしょ!!ひどい!ほんとに湧弥って私との約束覚えてくれないよね。筋金入りのアホ!」
どこかで頭に浮かべた文字をそのまま返され、苦笑いするしかなかった。
湧弥「うーん、本当に申し訳ないんだけど、今日は音崎先輩と作問するって約束しちゃったんだ。音崎先輩に今更すいませんとは言えないから…ごめん!明日でいいかな」
愛奈「もう!!!!数学バカ!!瑠依先輩にも言っといて!数学バカって!!バカ!」
湧弥「予定も断れないのにそんなこと言えるわけないでしょ~。まぁ次から気を付けるよ。」
愛奈「絶対だからね、じゃあ私帰るね。また明日…」
これはさすがに申し訳ないことをしたなと思った。一昨日、音崎先輩に作問を一緒にやってみないかと誘われ、憧れの先輩の誘いを断ることはできなかった。というか愛奈との約束を忘れていた。
明日くらいは俺が奢ってもいいかもしれないな…。
そんなことを考えながら数学研究室に着き、ガラガラと扉を開ける。
????「おっ、来たな湧弥~」
????「水野くん、久しぶりだね」
湧弥「こんにちは、音崎先輩、鳥月先輩」
部屋の中にいたのは数学研究会副会長の音崎瑠依先輩と、部長の鳥月早良先輩。どっちも数学力が凄まじい、俺の憧れの先輩だ。
鳥月「水野くんも小鳥遊さんも来たし、作問会議を始めよっか」
音崎「ちょっと待って今いいところなんだ」
鳥月「そのゲームは後でも出来るだろ!」
音崎「調子が狂うだろうが!まったく…バカ鳥!」
鳥月「ん??誰がバカだって!?」
2人はお互いの胸ぐらを掴みあっている。
湧弥「はは…」
いつも通り喧嘩の絶えない音崎先輩と鳥月先輩に苦笑しながら、横の小鳥遊さんに目をやる。
小鳥遊優香、俺の学年の総合首席。この学年のみならず、全国模試でも常に5番に入る怪物だ。
小鳥遊さんは掴み合っている二人に目もくれず、本を読んでいた。
湧弥「なんの本を読んでいるの?」
優香「ん…、占星術の本…。」
湧弥「占星術…。現実派の君がそんなもの読むなんて何かあったの?」
優香「…何も。胸騒ぎ」
湧弥「胸騒ぎ…?」
ガシャーーン!!!!
すごい音をするほうに目をやると、音崎先輩が化学の模型に突っ込んでいた。
鳥月「まったく!いい加減にしろ!」
音崎「いてぇ~~~。ヘリウムが台無しじゃねぇか!」
音崎先輩は仰向けに倒れながら大破したヘリウムの模型を振り回している。
鳥月「音崎!早く準備して問題作るぞ」
音崎「しゃーないなぁ…」
鳥月「ごめんね2人とも、待たせてしまって」
湧弥「いえいえ」
鳥月「じゃあ、分野ごとに見ていこう…幾何の範囲が…」
俺たちは机を囲いながら作問を始めた。
【愛奈side】
新しくオープンしたムーンバックスの前には多くの人が集まって賑わっている。
愛奈「湧弥のバカ…」
あまり賑わっているほうを見ないようにしながら、私は再び帰路についた。