第9章 第8話 対立
久しぶりにユファインに帰ると、いつもの様に港にはグランが出迎えてくれた。
「お館様、奥様、お疲れ様でした」
「出迎えありがとうグラン」
「領内の開発と経営は順調なのですが、実は、ユファインでいささか問題がありまして……」
港から領主屋敷に向かう俺の専用船に乗り込む。中には俺とフミとグランの3人だけ。
「実は、ハープン様とサラ様が、それぞれ別居状態です」
訳を聞くと、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのユファインのギルド長にして、準子爵であるハープンさんに取り入ろうとする王国の貴族が、若い娘を自分の養女にした上でハープンさんのもとに嫁がせようとしたのがそもそもの原因。
当然、そんなことをすればサラが黙っていない。しかし、巷の噂では王国一とも言われる絶世の美女を見たハープンさんが、結婚を受け入れたと話題になっているそうだ。
このスキャンダルは瞬く間に騎士団の諜報網にかかり、サラは家を出て騎士団本部に立てこもる。団長の行動に追随する女性騎士団員が続出し、今、騎士団はほぼ機能していない状態らしい。
何てことだ!
ギルドはギルドで男性の冒険者を中心に、「貴族が嫁を複数養うのは当たり前だろう」「ハーレムは男の夢。俺たちの目標を潰すんじゃねえ」などと、盛り上がっているらしいが、こちらは冒険者という性質上、組織だった連携が取れている訳でもなく、せいぜい酒場で大騒ぎしているくらいなので無害なんだとか。
ちなみにギルドの女性職員は、全員サラの味方に付いている様で、ハープンさんは職場でも肩身が狭いらしい。
とにかく、ハープンさんに女性を送り込んだ貴族の調査は必要だろう。新手のハニートラップの可能性もある。
「はい、北の王国の宰相の一派らしいです。バランタイン派の貴族の中で、たまたま条件が良かったのがハープン様だったと思われます」
何だ? バランタイン派って。その派閥、俺も入っているのだろうかと思ったが、逆に怖くて聞けなかった。
「もし条件さえ合えば、この話は俺の所にも来ていたんだろうか」
「その通りです。実際バランタイン侯爵を通してレイン様にも話があったらしいのですが、いち早くマリア様が察知されて、お断りしていた模様です」
ハープンさんの所へは直接話が来たんだろう。確かに今は、誰の家臣でもないわけだし。
「グラン、すまないが引き続き相手方を探ってくれ。それとこの事はハウスホールドにも連絡して欲しい」
グランは怪訝な顔をしているが、俺としては、カインをはじめとするハウスホールドの諜報網の力を借りたい。
何はともあれ、俺は自分の屋敷に着く前に、まずハープンさんの新居を訪れた。俺が帰国したという知らせを聞いて、ギルドからララノアも駆けつけてきた。
「よう、ロディオ。今大変なんだよ」
かなり飲んでいる様子のハープンさんだが、俺も領主として言わなければならない。
「話は聞きました。心中御察しします。さあ、覚悟を決めて土下座しに行きましょう」
到底、貴族同士の会話とも思えないが、俺としては一刻も早く2人に仲直りしてもらいたい。このままじゃあ、ハープンさんもつらいだろう。
大体、新婚家庭の痴話げんかを、国家レベルの問題にしないで欲しい。
「いや実はな……」
ハープンさんの話によると、第二夫人の話は、あるにはあったのだが、すぐ断ったため、自分は一度も会っていないという。
独身時代からの、なじみのエルフと一緒にいるところを騎士団に発見され、サラに勘違いされているとのこと。自分がどれだけ謝ろうが、サラは口をきいてくれないらしい。
ハープンさんが言うには、今回のサラとの結婚の事をエルフに言い出しにくく、そのまま、結婚式を迎えてしまった。結婚式の後、その事を知ったエルフは大激怒して、ハープンさんは一方的に張り手をかまされて絶交を告げられただけだという。
“付き合う”なんて概念がないこの世界、たちの悪いことにハープンさんはそのエルフと婚約していたそうだ。
「だから、俺は結婚式の事をうっかり言い忘れていただけで、何かしたわけでもないんだ。むしろ、殴られた被害者なんだよ」
「はあ?」
「い、今、“うっかり”とおっしゃいましたか?」
ハープンさんの説明を聞いて、ブチ切れ寸前のフミとララノア。女性の立場からすると当たり前のことだろう。婚約者が、自分に内緒で他人と結婚式を挙げているのである。俺は2人を必死でなだめた。
「分かりました。俺としては騎士団が機能せず、何より恩人のお二人が仲違いされていることが、つらいです」
「「私たちは、同じ女性として許せませんが!!」」
腕組みをするフミとララノア。
「面目ない……」
「付き添いますので、サラに正直に話して土下座して誠意を示すなら、許してもらえるのではないでしょうか」
「ロディオ様、それは少し甘いお考えかと思います」
ララノアが言うには、騎士団本部には、セレンやセリアだけでなく、いつの間にかマリアまで駆けつけ、今や伝説となったパーティー『サラマンダー』が再結成されている。中でもマリアは自分の事の様に怒っているそうだ。例え誤解を解いたとしても、とても謝罪だけで済む雰囲気ではなさそうとのこと。
「謝るのは当然として、それだけではとても足りません。大切なのは今後です。何らかの処置が必要です」
上司に対して辛辣なララノア。フミも、ここぞとばかりに口を開く。
「おそらく、ロディオ様やレインさんたち同様、ハープン様の行動を、暗部たちに見張らせることが、サラさんに許してもらえる最低限の条件ではないでしょうか」
「え、俺の行動は今後ずっと見張られることになるのか……プライバシーは?」
「はあ? ハープン様は女性からすれば許しがたいことをされたのですよ。自分の婚約者が、他の女の人と結婚することを知らされていなかったなんて、こんなひどいことがありますか! この期に及んで人権など認められません」
何かフミはすごいことを言っているが、俺としては、改めて俺とレインの厳しい立場を思い知らされた次第である。
俺たち3人に付き添われたハープンさんは、騎士団本部で土下座で事情を説明。そして謝罪。これでようやくこの件は、無事終わると思われたのだが、サラは冷たい表情を崩さない。
「サラ、ハープンさんはここまで謝っているんだ。しかも、今後、彼の行動は暗部の監視下に置かれることにも承知してもらっている。結婚の話は誤報だったんだ。もう、許してあげて欲しい」
それでも、無言のサラ。彼女を取り囲む『サラマンダー』の面々も厳しい表情を崩さない。
すると突然、ドアが開いた。
「あんた、また家出したそうじゃないか! まったく、結婚して心を入れ替えてくれると思ったら、何かあるとすぐ家出。いい加減、大人になりな!」
入って来たのはサラのお母さん。いきなり、サラを怒鳴りつける。
「殿方を土下座させるなんて何を考えているんだい。恐れ多くもあんたの事をもらってくれた準子爵様だよ。あんたも女として自信があるなら、浮気の一つや二つ、目をつぶって許してやんな!」
お母さんの意見としては、冒険者として家出同然で出て行った娘と結婚してくれたハープンさんは大切な恩人。例え少々浮気をしたとしても、反省して謝っている以上、すぐにでも許すべき。
いちいち目くじらを立てるのは、サラが女として自分に対して自信がないことの裏返しだろう。大体、ギルド長にして準子爵が、一夫一妻を守ってくれているのだから、これだけでもありがたいだろうということだ。
サラはお母さんに叱られ、涙目。サリアさんは俺より強そうである。
「う、うう……だけど、私の誕生日は先週だったのに、ハープン様は何もしてくれませんでした……」
目に涙を浮かべて、恨めしそうにハープンさんに視線を送るサラ。何気に可愛い。ギャップ萌えです。
「あちゃー」
うっかりしていたとばかり、頭を抱えるハープんさん。
……。
お願いだから、そんなことで、スタイン領を混乱に巻き込まないでくれ!




