第9章 第7話 秘密
ダグリュークは、フミに向き直り、うやうやしく頭を下げる。
「今まで、お伝えできずにすみませんでした。……姉上」
……。
「え、え、え……。あ、あ、あ……姉上?」
何とフミの生き別れた弟は、賢王ダグリューク。
フミの父親はエルフの王族。にもかかわらず、人間の女性と駆け落ちしてしまいサンドラで冒険者暮らし。素性は秘密にしていたのだがやがて見つけられ、ダグリュークは跡継ぎとして引き取られる。この時、王族内で若い男子は彼だけだったそうだ。
その後、王国として独立する際の政変に巻き込まれた父親と母親は死亡。フミは親交のあった俺の母親に預けられていた。あくまで表向きは奴隷の子を引き取ったという事にして。
「そんな……」
呆然とするフミ。
フミが今まで信じてきた話とまるで違う。しかも、自分がこれまで散々嫌っていたエルフだなんて。彼女のアイデンティティが崩壊してもおかしくない。大丈夫だろうか……。
言われてみれば、確かにフミは人間にしては少し耳が大きくてとがっているようにも見えるが、まさかハーフエルフだったとは……。
「我が国もようやく政情が安定してきました。もはや姉上に害を加えようとするものもいないでしょう。なあ、カイン」
「はっ」
音もなく『暗部』を統括するカインが現れる。
「私も、綺麗ごとだけではこの国を豊かで正しい方へは導けませんでした。カインたちには嫌な役をしてもらって申し訳ない思いです」
「今まで、安全保障上の事を含めて、姉さんたちの周りには、内緒でカインの手の者を貼り付かせていましたが、もう大丈夫でしょう。今まで黙っていたのは姉上の身の安全のため。両親の様になって欲しくなかったからです。全て私が判断しました。どうか、お許しください」
「そんな……あなたが、生き別れた、私の、弟……」
余りの事にフミは言葉を失って動揺している。
「姉上とロディオ殿には、私の反対派の一部が、嫌がらせの様な工作活動を仕掛けた痕跡があったとも聞いています。今まで、嫌なこともあったでしょう。本当に申し訳ありませんでした」
俺の記憶にはないが、おそらく、スタイン家の借金の事だろう。あれには大迷惑したもんだ。
◆
「ロディオ殿は、いずれは私の義兄になられるそうですね」
「はい、そうです。これからも、よろしくお願いします」
王はそう言うと、フミに向かい厳かに語りだす。
「ところで姉上。最近我が国において、身分や種族を問わず、ロディオ殿に夢中な婦女子が増えてきております。ファンクラブなるものを作る動きもあり、私が王の権限で潰しておきました」
「まあ、ありがとう! さすがは私の弟です」
いいのか、王権をそんなのに使って!
フミは、すぐにショックから立ち直ったようで、弟の手を取るとこう言った。
「引き続き、カインたちの仕事は継続して欲しいの。私ではなくロディオ様に!」
その後、フミは、俺がいかに女子から誘惑されて危ない所が多かったのかを実例を挙げて説明する。中には、俺が転生する前の事も多数含まれており、俺は無実だと言いたかったがじっと我慢……。
……幾らなんでも、レインとトライベッカでエルフの店に行ったことまで言わなくてもいいだろ。というか、いつまで話が続くんだ。いくら実の弟とはいえ、相手は国王だぞ。恥ずかしすぎる。
「ロディオ様もロディオ様です。誘惑されたらすぐにふらふらと!」
なぜ、俺はこんな場で叱られているのか、もうわかりません。
「ロディオ様、いいですね」
「はい……」
もはや半泣きの俺は、王様の前で約束させられてしまった。
「ですから、今後、ロディオ様をお守りするために、常にカインたちに見張っていただきたいのです。私たちが常に側に居られるとは限りませんので」
感動の姉弟の再会が、後半は俺への制裁になった。俺は複雑な心境だが、フミは晴れ晴れとした顔だ。しかも俺だけではなく、フミの親友であるマリアの婚約者に対する監視まで、王に約束させていた。これは、すぐにでもレインに報告してやらねばならん。
「今後、我々も国として独立する予定です。その際は、家同士、国同士、末永く友好を結びましょう」
俺の言葉に笑顔の王様。
「ええ、もちろんです。義兄上と、お呼びしていいですよね」
「はい。……で、俺は何て呼べばいいですか」
「ダグでも、リュークでも何でもいいですよ」
俺は、このしっかりした義弟をダグと呼ぶことにした。
「最近、ウチの木材が出回っていて大変でしょう」
「そうですね、ですがウチのチーク材は元々、国内だけで消費していたものですし、輸出が減ったとしても、そんなにダメージは無いですよ」
「ところで、奴隷は増えているのですか」
「はい、王国になってから、エルビンが張り切ったせいで微増傾向です。彼もまじめで、頑張ってくれていますが、視野が狭いというか、頑固と言うか……。目の前の短期的な成功を追うきらいがあります」
「……それから、親族として、敬語は止めて欲しいのですが、いいでしょうか」
ダグってこんなにしゃべる奴だったのか。
「私としては、例え戦術で負けても、戦略で勝って欲しいのです……義兄上の様に」
「……」
「義兄上は、目先の利益なんて追われません。それがいいんだと思います。今後もご指導ください」
「ならさ、俺たちで、定期的に会合を持たないか」
「いいですね。私としては、ユファインでゆっくり温泉に浸かって飲み明かしたいです」
「じゃあ、ウチで湯めぐりしながら飲もう。そういや、今、ユファインの奥地で、ウイスキーの醸造所を造っているんだ。ダグの空いている日を連絡してくれな」
思わぬ形で新たな飲み友達が出来た。
そして、まさかまさか、フミが実はエルフだったということが分かり、俺が人間の女性からつくづくモテない件が決定的となってしまったのだった。




