第9章 第6話 農地開発
1時間後、俺は侯爵と共に会議室に入る。席に着いてしばらくすると、エルビンは慌てるかのように少し遅れて入室してきた。何やら冷汗をかいているようにも見える。
「それでは、協議を再開しましょう」
バランタイン侯爵の言葉に続いて、すぐさまエルビンが口を開いた。
「す、すいません。先程の100億で借金奴隷を今後すべてお譲りするという案ですが、撤回していただけませんでしょうか」
「ほう、どうしたのですか」
エルビンは焦った様に汗をぬぐいつつ恐縮している。すると唐突にドアが開き、現れたのは賢王ダグリューク。俺たちは彼の肉声を初めて聞くこととなった。
「いきなりの事で失礼します。恥を忍んでのお願いなのですが、先程、エルビンが交わした約束を撤回させて欲しいのです。我が領民から奴隷が出るなど、本来なら恥ずべき事。難民となった彼らを保護しようとしてくださるロディオ殿の御心には敬服いたします」
「それに引き換え、逃げた者たちで金もうけをしようなどとは我が国の恥」
ダグリュークはエルビンに視線をやる。エルビンは震えているが大丈夫だろうか。
「我が国から多数の奴隷を出ししかも逃げられるというのは、全て私の不徳の致すところです。彼らを受け入れてくださるというロディオ殿に対して、私からは感謝の気持ちしかありません」
突然の事に言葉を失う俺と侯爵。
「では、ダグリューク様。ハウスホールドからスタイン領への逃散は不問という事でよろしいですか」
「はい、バランタイン殿。重ねて申しますが、この度の事は我が国の恥。それをぬぐって下さろうとするロディオ殿に対して、私からは感謝以外何もありません」
急転直下、俺たちは奴隷落ちから逃げた者たちを、無償で領民として受け入れることになった。これをきっかけにハウスホールドも奴隷制度を見直すようである。今後は奴隷落ちする人が減りそうだ。
交渉はあっけなく終了し、俺たちは控室に帰る。レインによると、もう監視されている気配はないという事だ。
「しかし、あまりにも申し訳ないよな」
「はい。こちらとしても相当の支出を覚悟しておりました」
実は、大森林の木材は『竜木』のブランド名で、サーラ商会を通して各国に輸出され、その品質と安さから、ハウスホールド名産のチーク材の売り上げを大いに圧迫している。
おまけに、ハウスホールドは人口が流入して大きくなったというものの、多数のエルフ・山エルフ・ドワーフに加え、獣人たちも続々とスタイン領に移住してくれているので、俺としても多少の負い目がある。
「今回の事について、現金を受け取ってもらえないなら、せめて農地の開発を無償で請け負うのはどうだろう」
俺の提案をダグリュークは快諾してくれ、俺はフミと2人で農道や用水路の建設と、農地を耕す作業にかかった。グランとソフィには帰国してもらい、代わりに騎士団の工兵部隊を出来るだけ呼んでもらう事になった。
3日後、セリアに率いられた、第3騎士団のほぼ全員がハウスホールドに到着。練兵を兼ねて、動員可能な全ての戦力を連れてきたらしい。
その後、1か月かけて、俺たちは、ハウホールドの農業用地全てを網羅する農道と用水路、それに加えて魔力を混ぜて攪拌したふかふかの農地を造り終えることが出来た。ついでに街では、道路や石壁の補修、住宅地や商業地の基礎工事を1週間ほどかけてしたため、住民の皆さんから大いに感謝された。うーん、大体70億ほどの工事かな。
フミは一刻も早く帰りたがっていたが、俺としては、年下のダグリュークのことを気に入ってしまった。例え少しでも、彼が治めるエルフの国に貢献したい気持ちがあるのだ。エルビンは嫌いだけど。
◆
完成した農地を前に、ダグリュークは静かに語る。
「エルビン、よく見よ。ハウスホールドは彼らから、100億では済まないほどの富を与えてもらったのだぞ」
無言で頭を下げるエルビン。そして、エルビンを咎めるというより、どこか、いつくしむような視線を向ける若き王。
◆
「ロディオ殿、フーミ殿、お2人に、話があるのだが」
すべての工事を終え、挨拶して帰ろうとする俺たちは、王に呼び止められ、私室に招かれた。一体何なのだろうか。
人払いをした王は、静かに話し出した。
「実は、もう、隠し通せる訳はないと思うのですが……」
……。
何だって!
俺たちは、思わぬ事実に固まってしまった。




