第9章 第5話 交渉
俺は、フミとボアを連れて相変わらず、シーバス・ダブルウッド・ユファインを巡回しながら、各地で道路や石壁・住宅や商業地の基礎工事を続けている。
そんな日が1か月ほど続き、ようやく我がスタイン領の開発が一段落付いた。
自分が出来る工事がほぼ片付いたため、後はボアや工兵部隊に任せてもいけそうだ。
大体、領主が、泥まみれになって現場でフル回転するなんてこの世界では考えられないことらしい。俺も、せっかく転生したんだからゆっくりしたい。
シーバス経由の亜人たちの事は、バランタイン侯爵を通じて話し合いがもたれることになった。
場所がハウスホールドということもあり、フミが一緒に行くと言ってきかない。俺としてはソフィとグランの3人で行き、フミには教会の仕事を手伝って欲しかったのだが仕方がない。
「ハウスホールドはエルフの本拠地。絶対に私がロディオ様をお守りしなくてはなりません」
まるで、ハウスホールドが悪の巣窟であるような言いざまである。
ちなみにステアは、ダブルウッドでウイスキーの醸造所が完成したという事で、早速視察に行ってもらっている。おそらく、ドワーフの職人以外で酒の味が一番わかる人材は彼だろう。時間とタイミングさえあれば、いつも2人で飲んでいる俺だから断言できる。
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ハウスホールドは、以前に比べて随分人が増えたようだ。賢王ダグリュークの開放路線で、亜人だけでなく、街には人間の女性の姿も見られるようになった。何しろ、ドラゴン対策のための兵士は不要になり、代わりに広大な耕作地が増えたのである。人口の自然増に加え、近くの集落からも人が流入して、人口は30万人を超えたそうだ。
俺たち一行は、王宮に着き、バランタイン侯爵と合流。侯爵にはクラークさんとレインそしてマリアが同行していた。
「お久しぶりです侯爵様」
「ロディオ殿。この度は、多くの騎士団員を推薦してくれてありがとう!」
「いえいえ、前回が少なかったことですし、これからも侯爵様には何かとお世話になるかと思います」
「しかし、優秀な者ばかりだよ。それもスタイン領の採用試験を落ちた者ばかりだろ。そっちはどれ程精鋭なんだ」
レインに突っ込まれるが、正直兵の基準は俺にはわからない。レインはバランタイン家で、軍事調練もしているそうだ。
フミとマリアは、お互いに抱き合った後、フミがマリアにこの地のエルフが如何に脅威かを熱心に説明していた。熱く語るフミに熱心にメモを取るマリア。俺たちにとってはあなた方の方が脅威です。
今回の交渉についての出席者は、俺とバランタイン侯爵、そしてエルビンの3人ということだ。他の皆さんには控室に待機してもらっている。
「では、早速始めましょうか」
バランタイン侯爵の司会で話し合いが始まった。バランタイン侯爵からすると、ハウスホールドとは友好関係を続けたい。俺は、難民はすべて受け入れたい。奴隷に人種なんて関係なく、人間であれ獣人であれエルフであれ出来る範囲で、一人でも多く救いたい。お金はいざとなれば、ソフィかバランタイン侯爵に相談すればいいやという気持ちである。
「何とも困ったものです」
開口一番エルビンが言う。
「奴隷落ちを前に、借金を踏み倒して逃げるなど、言語道断。我が領はこれだけで、数億の損失です」
「彼らは、私を頼ってきています。私が引き取りたいのですがどうでしょうか」
「我がハウスホールドに、補償金を支払って頂ければ、目をつぶる用意はあります」
「という事は、ロディオ殿から相応の金額が支払われれば、ハウスホールド側は問題ないという事ですか」
「その通りです。我々の調査では、借金を踏み倒して逃げた者は、現在、数千人に及びます。彼らの借金、100億アールで手を打ちましょう」
「それは、少し高いように思いますが、もし私がそれを出すというなら、現在保護している難民だけでなく、今後、我が領を頼ってやってくるものも無条件に受け入れてもいいのでしょうか」
「こちらとしては文句はないですが」
ハウスホールドからすれば、とりっぱぐれた不良債権に対して100億の現金が手に入る。エルビンが喜ぶのも無理はない。
「分かりました。ですが、100億アールという大金の支払い方について、少し執事たちと相談をしてきてもいいでしょうか」
「では、ここで皆さん、休憩を取りましょう。一時間後、協議を再開したく思います」
◆
控室へ戻るとレインが目配せしてきた。全員で中庭に移動する。
「いやいや、油断も隙もあったもんじゃねえな」
レインが言うには、この控室には複数の目で監視されていたとの事。あの部屋での会話は筒抜けだったらしい。
俺は、レインに索敵魔法を続けてもらいつつ、先ほどの件をグランたちに相談する。
「お館様! 我がスタイン領は、ようやく黒字になったばかり。そんな大金を支払えば、また借金財政に逆戻りです」
「商会としては、ロディオ様の為ならいくらでもご融資いたしますわ」
「ありがとう、ソフィ。だが、支払方法は何も現金だけだとは限らないよな」
「実は、この100億という金額が相当吹っ掛けたものだとは向こうも十分承知していると思う。しかし……」
「今、我々が受け入れた奴隷落ち寸前の難民は2~3千人だろう。おそらく、借金の総額なんて10億もいかないと思う。ところが、今後の事を考えればどうだ。わずか数か月でこれなんだから、今後何年にもわたってと考えると、俺は100億は逆に安く思える。恐らくエルビンからすれば、自分の代で少しでも大きな成果を上げたいと、目先の功を焦っているのだと思う」
「グラン、今支払える金額は、どれくらいだ」
「せいぜい30億アール位でしょうか。今、材木に加えて塩の生産が上がってきておりますので、来月ならば50憶は出せます。それでも全従業員の給料の5パーセントカットが必要です。」
「なら、分割で払うのはどうだ。まず、手付金として20億はすぐ払う。来月にはまた20億。再来月には20億。残りの40億に関しては、土木工事として払うのはどうかな」
「それなら給料はそのままで、商会からの塩の買い取り枠を増やして頂くだけで十分対応できると思われます。」
俺の見たところ、ハウスホールドは、広い農耕地を有しているものの、田畑を十分に耕しきれていない。用水路や農道などの施設も不十分である。
運河の内側を耕し、用水路と農道を張り巡らせれば、生産力は今よりも何倍にも跳ね上がるだろう。これらの工事をまともに行えば、60億はかかるはずである。そこを40憶で引き受けるのは、ハウスホールド側としても悪い話ではないに違いない。
「よし、この線で行こう。もし本決まりになれば、俺はフミやボアと一緒に1か月はハウスホールドに出張になるな」
フミはなんだか嬉しそうだ。俺の街道や運河の整備、いつも俺の隣にはフミがいた。今までの事を思い出し、俺もフミをいとおしく感じる。
「いざという時は、また頼むな。フミ」
「はい」
俺は、万全の態勢で協議の再開に臨んだのだった。




