第1章 第8話 レイン
俺たちの目的は金持ちに近づいての一発逆転を探ること。具体的な方策は立っていないが、とにかく精一杯あがかなければこの苦境から好転することなんてないだろう。
次の日の夜、俺たちは山と積まれた不用品を持って貴族の館を後にした。働きを認めてくれたのかはたまた同情してくれたのか、執事さんのご厚意で食事も出してくれたので2人ともお腹も満たされている。
「な! 中古屋からリヤカー借りてきて良かっただろ」
「はい! さすがはロディオ様です」
俺たちはいったん借家によって、自分たちが使えそうな本棚や椅子、テーブルを部屋まで運んでから中古屋に向かう。いやー、さすが貴族様。アンティークの品も含まれていたようだ。150万アールになりました。
後から思えば、この日はビギナーズラックとも言うべきおいしい実入りで、翌日からはそれほどでもなかったが、それでも俺たちは1週間で依頼料5万、不用品の回収では400万以上稼ぐことができた。
依頼主からすると、ベビーシッター1人のつもりが2人来て、それでも依頼料は1人分。フミが子どもをみている間、俺が敷地内の補修や力仕事などを無償で行う。しかも、不用品を無料で引き取ってくれるのだ。さすがに申し訳ないと思って、食事を出してくれたり、余分にお駄賃を出してくれたりする所が多かった。フミも子供が大好きなようで、笑顔で楽しく仕事をしてくれている。
慣れてくると、子供の世話をフミがしている間、俺は、ゴミ出しや荷物運びのような力仕事だけでなく、煙突掃除や高いところの窓ふき、庭の掃除や樹木の剪定などの作業をするようになり大いに喜ばれるようになった。
その甲斐あってか、俺たちのうわさは、貴族や大商人のメイドや執事の間で静かに広がった。
空いた時間に作るポーションも、慣れるにしたがって品質が上がって来たようだ。見た目は無色透明なのでよく分からないが、ギルドでの買い取りは1本1万アールにまでなり、ようやく2千万アール貯めることが出来た。
あと3千万アールだが、借金返済のタイムリミットまで残りはあと2週間。ポーション造りだけでは間に合わない。どうしよう。
◆
借金の減額や支払期限の延長をギルドに求めても断られ、打開策は見つからないまま。俺たちは、今日も朝からギルドにいた。
おいしい依頼はないかな? そう思いながら掲示板を眺めていると、いきなり後ろから強い力で肩をつかまれた。
「おい色男。ちょっと調子に乗りすぎなんじゃねえの」
振り返ると、2メートルはありそうな青い目をした犬のお兄さん。白い毛が逆立っています。後ろにはお仲間4~5人。
「あんたに話があるんだよ」
犬のお兄さんは、ぶっとい腕で俺の胸ぐらをつかんで軽く持ち上げた。
「お前、俺の妹と4月頃遊びに行ったよな。それから、あいつは部屋でずっと泣いてて、一歩も外へ出てこねえ。俺の妹に、一体何したんだ?」
……いや、知りません。犯人はロディオです。って俺?
いや俺、本当にわからん。ふるふる首を振る俺に助け船が来てくれた。
「ちょっと待ってくれないか」
そう言って近づいて来てくれたのは、黒い瞳とダークブラウンの髪の毛をした大柄なイケメン兄さん。ひょっとして、ロディオの知り合いなのだろうか?
「俺はこいつのマブダチでレインっていうもんだ。事情は詳しくわからんが、あんたの妹が悲しい思いをしてんなら俺がこいつと一緒に行って謝る。だから、手荒な真似はよしてくれ」
おお、何だか分からないが助かりそうだ。
「お、お前がレインか?」
犬のお兄さんとそのお仲間はびっくりして態度を改める。そして、事情を詳しくレインに話してくれた。
「なるほど……。向かいの飲み屋で働いていたあんたの妹とこいつが2人で遊びに行った。その後、家に帰った妹さんは震えながら布団をかぶり、部屋に籠って出てこない」
「……これでいいか」
俺にはさっぱり身に覚えがないことだが、犬のお兄さんは、深くうなづいた。
「俺は、妹が幸せになれるんなら誰と結婚したっていいんだ。ただ、妹が何も答えない以上こいつに説明してもらうつもりだ」
お兄さんは、俺をにらみつける。
「おい、ロディオ。知ってることを全部言え」
レインにそう言われても、知ってることなんて何もない。かろうじて口から出た言葉も弱弱しい。
「俺は、あんたの妹には指一本触れてない」
たぶん……。
ふと後ろを見ると、フミはなぜか脂汗をだらだら流してびくびく震えていた。明らかに挙動不審。俺たちからずっと目を逸らしているのはなぜだ?
レインは、そんなフミを見て何かわかった様である。
「とにかく、こいつには今後一切、あんたの妹さんにはちょっかいを出させない。俺が保証する。もし、これ以上迷惑をかけるようなことがあったら、いつでも俺に言ってくれ。俺が、きっちりと落とし前を付けてやるから。今日のところはこれで許してくれないか」
「レインにそこまで言われちゃ、仕方ねえ。ただし、今後何かしたら一族あげて許さんからな」
犬のお兄さんとそのお仲間は、しぶしぶ席を離れていった。彼らの背を見送りながら、レインが口を開いた。
「フミ。お前、何か知ってるだろ」
レインの言葉に固まるフミ。
「はうううっ……、私はロディオ様のためを思って……」
涙目のフミ。
「だから、ロディオ様に悪い虫がつくといけないから、これ以上ちょっかいをかけたらどうなるか、空き地でお話しただけです」
「本当にお話だけか?」
フミは、この世界の初等学校を出てから奴隷として売られ、その後俺の家でずっとメイドをしていたため、あまり魔法の教育は受けていない。しかし、それでも魔力が一般の人よりかなり多いのは一目瞭然である。
「……フミ。女の子と、どういう風に、どんなお話をしたの?」
俺がやさしく問いかけると、ようやくフミは正直に話してくれた。
フミの説明によると、俺たちの後をこっそりつけていたフミは、女の子が俺と別れた後、すぐに彼女を呼び止めて2人で空き地へ行き、土魔法で女の子の周囲に塀を作った。すると、相手が怒り出してちゃんと自分の話を聞かなかったので、手足を拘束した上、足元から色んな虫を這いあがらせたらしい。
最初は、強気でフミに文句を言い続けた女の子も、四肢を拘束されて動けない状況で、無数のムカデや毛虫やゲジゲジを顔まで這わすと、フミに泣いて謝り続けたという。そして、俺に2度と近づかないことと、今話していること(フミからされた虫攻めの拷問?)は、絶対誰にも言わないという約束を取り交わしてから、ようやく彼女を解放したらしい。
わかった。それは、全面的にこちらが(フミが)悪い。犬耳の女の子も一生のトラウマになっているかも知れない。かわいそうに。というか、俺がギルドの中で周囲からあんな目で見られていたのはお前のせいか? どうやらフミには他にも余罪がありそうである。
後日、俺とフミは、レインに付き添われ、菓子折りを持って兄妹の家まで謝りにいったことは言うまでもない。
ところが、この災難で、レインが白昼堂々ギルドで俺のことを、“マブダチ”と宣言してくれたおかげで、俺はギルドのみならず街中でも一目置かれるようになった。もうあからさまな敵意の視線にさらされなくなりました。ありがとうレイン!