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第8章  第13話 ステア





 俺たち3人は、用事を済ませるとすぐ、ユファインへ帰ることにした。その前日、バランタイン候が開いてくれたパーティーの席上で、俺たちは改めて侯爵の親族たちを紹介されたのだった。


「こちらが私の弟で、トーチを治めてもらっている、マッカランです」


「お久しぶりですロディオ子爵。お噂は、兄やレインからかねがね聞いております。これからも宜しくお願いします」


 歳は離れているが、バランタイン侯爵によく似たイケメン貴族である。今年で30歳になるそうだ。


 そして、侯爵の一人息子のステア。彼は俺と同い年で、今は、叔父のマッカランの下、トーチで修行中だとか。彼もまた、すらっとしたスタイルのいいイケメン。


 一見、優男に見えるが、騎士官学校を卒業し、毎日剣の訓練を欠かさないらしい。細身に見えても、背は優に180センチ以上あるだろう。筋肉質で引き締まった体躯からは、ひ弱な印象は受けない。トーチの大改修の時、マッカランさんと共に一度だけ面識がある。


 ステアは、俺と握手するなり満面の笑顔で話しかけてくれた。


「ロディオ様は、酒好きだと聞いていますが私も酒を好みます。どうでしょう。私と勝負していただけませんか」


 俺は、いつ何時、誰の挑戦でも受けるというような、格闘技者ではないが、いつ何時、誰とでも飲みたい酒好きである。


「この勝負、受けましょう。酒は何にしますか」


「子爵様が受けてくださった以上、この場にある酒の中から一つ選んでください。それを少しでも多く飲んだ方を勝者としましょう」


 俺はこの場で一番度数の強いシングルモルトウイスキーを選択する。やはり、頭の片隅に拠点でのウイスキー造りがあるようだ。


 この世界で酒と言えば、エールが一般的で、それ以外だとワイン。ウイスキーは、まだそれほど広まっていないのだが、さすがは侯爵家。良いウイスキーを出してくれている。


 もうすでに口を付けた俺の個人的な感覚で言えば、ジョニーウォーカーのグリーンラベルに近い味わいの、まろやかに気品をまとったようなウイスキー。いい仕事されています。


 瞬く間に会場が整えられ、俺たちの目の前には、ウイスキーのボトルとグラスに水・氷・炭酸水。それに色とりどりのつまみが並べられた。


 隣でフミがハラハラしているが、俺は、この勝負に端から勝つつもりなんてない。それより、バランタイン侯爵の息子と仲良くなるいい機会だと思っている。趣味も合いそうだし。


「では、勝負はじめ!」


 何故か審判をさせられているクリークさんの掛け声で、勝負が始ままった。


 ステアは、ウイスキーを手酌でグラスに注ぎ、一気飲み。皆から「おおーっ」という声が漏れる。


 俺はその横でウイスキーをグラスに入れ、そこに常温の水を静かに注ぐ。ウイスキーの香りがぱっと広がった。香りを楽しみつつも、ウイスキーを少しずつ味わう。


 そんな俺を見て、横でびっくりしているのはステア。競争なのに、何味わってんだという顔だ。俺は自分のペースでウイスキーを味わう。2杯目はロック、3杯目はストレート、4杯目はちょっともったいない気もしたのだが、炭酸で割ったハイボールで味わった。


 俺は、勝負しつつも周りの貴族たちと酒の話。この世界では、エール・ワイン・ウイスキーの順で飲まれているらしいが、上流貴族の間では、何といっても度数の強いウイスキーの人気が高まっているらしい。


 ウイスキーのような蒸留酒は、強すぎるという人なら、水や氷、或いは炭酸水で割れば飲みやすいし、フルーツを絞るのもいい。アイデア次第で飲み方が無限に広がるだけでなく、何より、高価な物を小量食すという貴族のたしなみにぴったりだそうだ。


 ステアは、丁度ウイスキーの大瓶を2本開けたところでダウン。横で寝てしまった。俺は、一番お気に入りの飲み方である常温の水割りで飲み続けている。

 その内、俺も2本飲み干し、3本目の栓を開け、一口飲んだところで「勝者、ロディオ=スタイン!」と、クリークさんに右手を上げられた。


 割れんばかりの拍手の中、俺は、すっかり酔っぱらって「さあ、皆さん飲み直しましょう!」などと言いながら、皆に酒をすすめてまわっていたそうだ。





 翌日、さすがに二日酔いでくらくらする俺の前に、早速ステアが挨拶にしに来てくれた。


「昨日は、勝負を受けてくださってありがとうございました。ご無礼お許しください」


 いや、いいってことよ。それにしても、ステアはほんとに気持ちがいい奴だ。このまま別れるのは惜しい。友達になりたいな。


 こんな時、転生前の世界では、「相手は自分をどう思っているんだろう」と、消極的になっていたものだが、旅の恥は掻き捨てじゃないけど、この世界で自信を付けた今の俺ならいけるかも……。


 ええい、ままよ!


「そ、そんなことより、俺たちは同い年だろう。今度、ウチに遊びに来ないか。実はユファインの山奥にウイスキーの蒸留所を造っているんだ。ステアにもぜひ来てもらって、飲んで欲しい。出来ればより良いウイスキー造りのためのアドバイスがいただければうれしいんだ」


 少し緊張して早口になってしまったが、そんな俺にステアはにっこりと笑顔を返してくれた。


 俺とステアはがっちりと握手し、互いに良き好敵手認定をした。異世界で対等な飲み友達が出来て、こんなうれしいことは無い。





 その後、俺とフミが朝食を摂り終わるのを見計らって、侯爵がやって来た。


「どうでしょうロディオ殿。ステアは、ご存知の通り甚だ頼りないが、私の唯一の跡継ぎ。グランの例もあるし、ロディオ殿の下で鍛えてはもらえないでしょうか」


「バランタイン家の大切な跡取りを、俺なんかに預けてもよろしいのですか」


「できれば執事の見習いとして、グランの下で鍛えて欲しいのです」


「こちらとしては構いませんが、本当にいいのですか」


 侯爵は、驚く俺に諭すように答えてくれた。


「人間、若い間に苦労しておかないと、歳をとってある程度の地位に就くと、どうしようもない人物になるものです。人の痛みが分からない、無能で横柄な者が領主になれば、バランタイン家は滅ぶでしょう」


「所詮、人間は他人の痛みなんてわかりません。せいぜい、かすかに想像出来るくらいでしょうか。私は、ステアに親や親戚の下を離れて、苦労してもらい、少しでも他人の心の痛みを想像できる、思いやりを持った領主になってもらいたいのです」


「だから、ロディオ殿。私に対して好意を持っていただいているのなら、その分、ステアを厳しい環境においてやってはくれないでしょうか。あの子は剣の素質に恵まれ、体格に恵まれ、家柄に恵まれ、明るくのびのび、すくすくと育ってくれましたが、苦労だけは経験させずじまいだったのです」


 俺は、ステアをグランの下で修行させることに同意したのだった。




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