第8章 第8話 甥っ子
「何だなんだ」
「道が舗装されている、一体、いつの間に」
……。
朝からやけに外が騒がしい。翌日、俺は喧騒のせいで、早朝から起こされてしまった。
「俺、今日、朝飯要らないから」
二度寝しようとする俺だったが、フミが許してくれなかった。
「ロディオ様がだらけられていては皆への示しがつきません」
仕方なく朝食を食べたのだが殊の外おいしかった。久々に外で食べたからだろうか。ベーコンはカリカリで、パンも香ばしい。コーヒーの香りも素晴らしい。
俺とフミの分は、フミの手作り。どうやらフミは自分がせっかく用意した朝食を俺に食べて欲しかったらしい。
「うまい! 朝食を心からおいしく感じたのは久しぶりだよ」
「はい。ありがとうございます」
俺の言葉にフミも心からうれしそうに微笑んでくれた。
俺たちが朝食を終える頃には、騎士団はすでにテントを片付け、整列・点呼を終えて休めの姿勢。微動だにしない。サラからの訓示も終わっていた。俺は慌てて皆の前に出て行くこととなった。
◆
2日目は、目の前のラプトル除けの堀を魔法で埋めてから、目の前の原生林を、ウインドカッターで広範囲に薙ぎ払う予定である。昨日は土魔法で、いきなり道を造ろうとして、思わぬ労力を使ってしまった。先ずは、木々の伐採をするのが先決だろう。
俺はサラの許可を得、騎士団を前に聞いてみた。
「今から、ウインドカッターで、目の前の原生林を伐採しようと思う。この中で、少しでもウインドカッターが出来る者はいるか」
すると、2人の者が名乗り出た。まず、自信満々に出てきたのは、10代後半に見えるさらさらロングの黒髪少女。
「エリ=ミューラと申します。20歳です」
俺は歳なんて聞いていないのだが、おそらく、いつも、実年齢より幼くみられることが気に食わないんだろう。エリは、小さな胸を反らし、俺の前に進み出た。
もう一人は、自信なさげな、20代前半に見える男子。
「ボア=ハープンです」
おいおいおいおい、慌ててサラの方を見ると、サラもびっくりした顔をしている。正直な彼女の事だから、何も知らなかったに違いない。
「みな、この場でしばらく小休止」
俺はそう告げ、早速、ボアを呼び寄せる。ボアの肩に手をやり、声を潜めて、聞いてみる。
「ひょっとして、君のお父さんは、ギルドの偉い人なのかな」
「はい、そうですが……」
確かに、髪の毛のせいで、今まで気づかなかったが、よく見ると、顔立ちがあの人にそっくりである。
「じゃあ、君が騎士団に入ったことは、お父さんは知っているかな」
「知っています。魔法学院に入学してからは、あまり会ってはいませんが」
「ちなみに君のお父さんの、髪の毛は寂しい方かな」
「つるつるですが、何か?」
「ちなみに君のお母さんは……」
「ボキ」
俺とボアの背後から、枝を折ったような音が聞こえる。
そこには、怒髪天を衝くサラが、指を鳴らしながら、ゆっくりとこちらに近づいていた。
サラは唇をかみしめて無言で俺の前に座る。はっきり言って、工事だの、訓練だのとは言えない雰囲気。サラの唇の端からは血のようなものが流れているが、本人はそれどころではないらしく、全く気にするそぶりも無い。
「フミ、騎士団から、すぐ馬を出してもらって、ハープンさんを呼んで来るよう、伝えてくれ。理由は言えない」
「サラ、しばらく、騎士団の指揮は、セレンに執ってもらうが、いいな」
おろおろするセレンとセリア。俺はセレンの肩にポンと手を置き、「代役、頼む」と、一言だけ言った。セレンは俺を見上げて、小さくうなずく。
それがまるで合図でもあるかのように、宿営地から、ユファインへ早馬が飛び出すように出立した。
俺は、サラに、しばらくここで休んでおくように言い、騎士団を再度集合させた。
皆、何だなんだ、何があったと小さく動揺している様子。俺はそんな皆を無視して、何事もなかったように振る舞う。
「では、エリ、ウインドカッターを見せてみてくれ。この先どこまで切れるか見てみたい。木の根元を狙って、いけるところまで頼む」
「はい」
……。
静かに目を閉じ、口元で小さく、何か唱えている声が聞こえる。すると、彼女を中心に、ゆっくりと周囲の空気が動き出した。
「ウインドカッター!」
目の前の原生林の植物が、まるで、鋭いカミソリで切られるかのように、音もなく静かに横に滑っていく。
「ズズーン!」
「ズズーン!」
「ズズーン!」
……。
木々が倒れる音が、何キロもはるか先まで、山びこの様に続く。
「すっ、すげー!」
団員たちがざわつくのも無理はない。エリは、100メートル程の幅で、およそ20キロ先の木々まで切断。その後は、風魔法で、残骸を両サイドに片付けてくれた。
軽くドヤ顔のエリ。実はエリは魔法学院のエリートで、現役の学生。今回の採用試験に合格したため、学校には休学願を出して、入団してくれた。
風魔法の使い手か。俺よりすごいかも!
ちなみに風魔法以外は、余り使えず、俺やフミの様に、道路や運河を造るのは出来ないらしい。しかし、大森林の開拓には、なくてはならない能力である。
「いや、すごい」と、俺がほめているとエリの体がぐらつき、バタンと倒れてしまった。余裕そうに見せていたものの、彼女も限界だったのだろう。
やはり、土魔法は使い手が少なく、ここから道路や運河を造れるのは俺とフミだけのようだ。俺は見晴らしの良くなった目の前の道路の先を、20キロ程延ばし、石畳で舗装する。その後はフミと共同で左右に運河を造り、警戒に当たる一部の者を除き、適性があるなしにかかわらず、道路と運河の仕上げをしてもらった。
運河に水を満たしている時、ハープンさんが騎馬でやって来た。
「一体、何なんだ」
俺は、ハープンさんを皆に見えない様、裏手に案内する。下馬して訝しがるハープンさん。すると、つかつかとサラが近づいてきた。俺が、「やばい」と思った瞬間、
ハープンさんの頬を「パチーン!」と、サラが平手打ち。
うわ、痛そう。
「何だ?」
ほっぺたを押え、なおもとぼけるハープンさんの前に、サラは黙って、ボアを突き出す。
「……」
「よお、久しぶりだな」
「お久しぶりです」
「……!」
「何だなんだ? ボアは、俺の甥っ子だけど……」
状況がよく呑み込めずにきょろきょろするハープンさん。
「えっ、ええ~!ごめんなさい!」
サラがハープンさんに平謝りしている。
◆
その日の夜は、ラプトルのバーベキュー。サラとハープンさんにも付き合ってもらった。
「しかし、俺に隠し子なんてな」
渋い顔をしながら、グラスを傾けるハープンさん。
「大体、何で皆、信じてるんだ。俺に対して失礼だろ!」
大荒れのハープンさんと、その横で小さくなっているサラ。
「ごめんなさい。本当に申し訳ありませんでした。私の事、嫌いにならないでくださいね」
消え入りそうな弱々しいしい声で、ハープンさんを見上げるサラ。綺麗な瞳は、今にも涙であふれそうである。こんなサラ、初めて見た。
「い、いや、まあ、いいってことよ」
ハープンさんも、顔を赤くして、照れている。どうやらサラのギャップ萌えにやられているようだ。
結局、ボアは、サンドラでギルドに勤めているハープンさんの弟の息子とのことだった。
「私、もう、何があっても旦那様の事は絶対に疑いません。この前の女にしても、あれはきっと、私の勘違いですよね」
真っ直ぐな瞳で、ハープンさんの腕を取るサラ。何故か目を逸らすハープンさん。そんな彼を見て、ジト目の俺とフミ。
……しかし、他人の家の事に、これ以上、関わらないでおこう。




