第8章 第4話 結婚式
翌日、俺の部屋に泣きはらした目をしたソフィが謝りに来た。
「昨日はすみませんでした。私は、私は……ロディオ様にあんなことをしてしまって。許していただけるのでしょうか」
既に十分泣きはらしたであろう瞳に、更に涙を浮かべて謝罪するソフィ。本当によく泣く子だ。今までどれだけつらい思いをしてきたのだろう。
俺は何も言わずソフィを抱き寄せる。
「いいよ。もう十分だ。俺はソフィを許しているし何より愛しているんだから」
「ロディオ様……」
ソフィは大商会の娘として今まで散々嫌な思いを散々してきたに違いない。
そして男性不信になって半ば引きこもりつつも、しっかりと商会のかじ取りをしてきたんだから大したものだ。責任感が人一倍強いんだろう。次は俺が支えになって彼女の殻を破る手伝いができればいいな。
そんなことを考えつつ、俺は自分の胸の中で小さくなっているソフィの髪をなでる。
……ところで、ソフィ。
いい加減に泣き止もう。俺はいつまで髪をなでてりゃいいんだ。
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この世界では、貴族の男性のたしなみとして妻は複数娶るのが習わしとなっている。
経済力のある者が多くの女性を養うのは立派なこととされているのだ。
逆に金持ちの癖に奥さんが一人しかいない者は、やれ吝嗇だの、けちだの、甲斐性なしだのと、陰で散々言われるのを覚悟しておく必要があるそうだ。
一般的に結婚式は婚約してから数年後になる。貴族は婚約から結婚まで、大体これくらいの時間を取るのが普通。
何せ貴族の権勢も、社会情勢でどう転ぶかは分からず、互いを見極めるための入念な準備期間が必要だからである。
俺は、フミにした告白を、プロポーズと勘違いされたが何も言えずそのままになってしまっている。さらに、ララノアのことも押しかけ女房みたいな形で受け入れてしまい、そのことは、フミも追認。そしてソフィ。結局、俺はずるずると3人と婚約することになり、このことは、世間的にも周知されることとなった。
本当は、かっこよく自分からプロポーズし、婚約指輪を贈りたかったのだが、どうにもしまらないものになってしまった。だって仕方ないじゃないか。人間だもの。俺は経験値が0だったんだぞ!
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そうこうしているうちに、サラとハープンさんの結婚式が近づいてきた。式は、ユファインの教会で行われる予定。2人とも爵位を持った貴族同士なのだが、元冒険者らしく、堅苦しいことは、したくないそうだ。教会で簡単に式を挙げた後は、どこかのレストランでも貸し切ってどんちゃん騒ぎをしたいらしい。ちなみに、貴族とはいえ、元は冒険者で、お互い領主でもないことから、新郎に対して新婦も1人。婚約から結婚式までの期間も短いが、この2人の場合は問題がないそうだ。そこのところの、細かい基準は、俺もよくわからない。
俺は、2人に何かプレゼントをしたくて、それぞれ、セレンとララノアに探らせているのだが、2人とも、欲しいものは特にないらしい。ただ、家を探しているという事なので、俺からのプレゼントは新居にすることにした。
ギルドと騎士団本部の中間地点で大通りに面した一等地に2人の新居となる屋敷を造ろう。ただ、希望があるだろうから、こればかりは、サプライズという訳にもいかない。俺はサラが非番の日、彼女と2人でギルドに出かけた。ハープンさんはしきりに遠慮していたが、サラから、「領主からの贈り物を断るのは、失礼にあたるのではないのか」と、いうようなアシストをもらい、ようやく新居をプレゼントできる目途がついた。
「2人とも貴族で、ハープンさんなんてユファインで俺の次に爵位が高いんだから、ここらで一発、どーんと豪勢なお屋敷にしましょう」
2人の意見を聞きながら、ハープン邸の構想を練っていると、グランが俺に近寄って耳元で囁いてくれた。
「お館様、まず、ご自分のお屋敷を造らないと、お2人ともお困りになるのではないでしょうか」
そりゃそうだ、すっかり忘れていた。
「ありがとう、グラン、お前のアドバイスにはいつも助けられるよ」
やはり俺にはグランの様な一歩引いて状況を客観的に見る眼が必要なようである。そういや、俺の領主館って、あの後、話がソフィの婚約の事に流れてうやむやになったままだった。
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その日の晩、夕食後に俺は、フミ、ララノア、ソフィ、グランの4人を再び自室に集めて、もう一度、領主館の概要を決める相談をすることにした。
先ずは、フミの白亜のお城という希望だが、古今東西、美白を保つには維持費がかかる。そこで俺は、大理石風の石垣を組み上げた、白っぽい西洋のお城風のものを提案してみた。
ララノアのハウスホールドの王城風という希望に関しては、さすがにあれでは、火災に弱すぎるため、採用が難しい。かと言って、庭園に樹木を植えるのも、防犯上難しい。そこで、屋敷の外壁や石壁にツタを這わせて緑を少しでも取り入れることで納得してもらった。ララノアの自室やその周りには、木を多く取り入れた内装にすることにする。
ソフィは、部屋以外に特に希望はないが、商会の本店へ行きやすい所がいいという事で、彼女の動線を考え、部屋の場所を決めればいいだろう。
後は、グランのアドバイスに従って、深い堀と壁、地下シェルター兼倉庫、そしてそこから地上への秘密の脱出路を作っておくことになった。
翌日から、これらの希望を基に、早速、設計士に図面を書いてもらい、俺とフミは建物の基礎工事を行うことにする。次は、ハープン邸の建設予定地に行ってまたも基礎作り。
その後は、職人たちの工事の進行状況に合わせて、2つの現場を行き来して壁や石垣を造る。職人を大量に投入したため、わずか1か月で2つの屋敷がほぼ同じく完成した。
そして、次の日曜日、いよいよ、サラとハープンさんとの結婚式が行われることとなった。
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純白のドレスに身を包み、笑顔を輝かせて、手を振るサラは美しかった。『サラマンダー』やフミにララノア、ソフィにエル、ロイ、更には女性騎士団員たちの大歓声。サラのお母さんも涙をぬぐっている。サドルも行儀よく笑顔で拍手していた。何となく執事らしくなってきている。少しの間で成長したもんだ。
俺は少し離れてレイン、クラークさん、クリークさん、バランタイン侯爵、そして『アイアンハンマー』さんの皆さんと共に拍手で2人を見送った。
午前中、教会で厳粛な式が行われた後は、昼食も兼ねて、一行はこのまま『一の湯』に移動。本日、全館貸し切りである。拡張工事を重ねたフードコートには、数百人が詰めかけ、大宴会となった。
最後は男たちでハープンさんを胴上げし、披露宴の宴会は無事終了。
集まった皆さんには、そのまま無料開放した『一の湯』に入ってもらい、新婚の2人は、『四の湯』の最上級スイートに宿泊してもらう。
俺も侯爵やクラークさんにクリークさん、そしてレインと、『四の湯』に造ったバーの個室で静かに飲み直すことにした。『アイアンハンマー』の皆さんは、立ち飲み屋に行くらしい。
「俺たちは、所詮農民だろ。いくら仲が良くても、貴族様と高級なバーじゃあ、肩がこるって。飲みのしめは立ち飲み屋がいいさ」
『サラマンダー』やフミたちは、久々に女子会ということで別行動。今度新たにオープンしたサーラ商会資本のスイーツ店を貸切るそうだ。普段交流のない教会のシスターや、ギルドの受付嬢に女性騎士団員も混じった大集団である。
「それにしても、ロディオ殿、これで領地の懸案事項が一つ減りましたね」
侯爵が言う様に、大抵何処の街でもギルドと騎士団とは仲が悪い。ところがユファイン領では、何とギルドと騎士団のそれぞれのトップが結婚するという、前代未聞の出来事が起こっているのだ。
「そして、更に、ロディオ殿とソフィが婚約したとか。これもめでたい」
侯爵はそう言うと、俺の方を向き、
「実は、私の一番下の娘が、来年成人を迎えるんだが、どうだろうか」
「侯爵様、さすがにそれは……」
「いやいや冗談です。今、そんなことをすれば、スタイン家は大変なことになるでしょう。両家の絆を強めるどころか、逆に奥方様たちから恨みを買いますものね」
「ただ、将来、ロディオ殿の子と、ウチの孫たちで、年齢が釣り合う者がいれば、いいかも知れませんね」
「はい……」
「おお、これはめでたい。将来に期待しましょう」
まだ結婚もしていないのに、将来、授かるかどうかもわからない子供たちの縁談がすすんでしまっているよ。
「それと、サーラ商会から、本拠地をトライベッカからユファインへ移したいと申し出がありました。確かにソフィとしては、夫の領地に本店を構えたいでしょう。しかし、トライベッカでの商業活動の規模は、そのままにして欲しいですね」
「はい、ソフィにも伝えておきます」
「騎士団についてはお世話になりました。次回の採用試験も近く行われるそうですね」
「第2回の採用試験がもうすぐです」
「我が領は、トーチの拡張に伴って、兵がまだまだ必要です。多ければ多いほどうれしい。次の第2回試験も前回同様、最終面接で落ちた者のうち、素行面などの問題のない者を紹介してくれませんか」
「わかりました。お約束しましょう」
「ところで侯爵様、しばらくレインを貸してほしいんですが……」




