第1章 第7話 ギルド その3
翌日も俺たちは朝からギルドに来ていた。壁に貼ってある依頼は、自分のランクのプラスマイナス1までは受けられる。俺は最低ランクのFだから、FとE。借金返済のためには、ポーション造りだけではとても足りない。依頼を受けていこう。
FやEだと、たいていの依頼は作業員などの力仕事。変わったのでは人探しなんてのもある。優秀な人は拍子抜けだろうが、ララノアが言うには、強い人こそ最初は基本的な依頼をこなして、マナーや対人関係スキルを身に付けることが必要なんだとか。
ランク(級)によるおよその仕事内容はこうだ。
F・・・荷物運びなどの単純作業が多い。元の世界では学生やフリーターの単発バイトのような仕事内容(1回あたり1,000~4,000アール程度)
E・・・直接的にはあまり危険は及ばない仕事が主。薬草採集や警備など。(1回あたり2,000~5,000アール程度)
D・・・簡単な仕事だが、危険が伴う。害獣の駆除や警備等(1日あたり5,000アール以上)
C・・・本格的な戦闘が必要な仕事(1日あたり10,000アール以上)
B・・・猛獣や小型のドラゴンを相手にする危険な仕事(値段の目安なし)
A・・・ドラゴンの集団や大型のドラゴンの討伐を含む超危険な仕事(値段の目安なし)
ドラゴンと言っても空を飛んで炎をブレスし、あまつさえ人語を喋ったり魔法を使ったりするものではない。この世界のドラゴンとは、大型爬虫類の総称であり、例えていうなら恐竜に近い。それでも俺の感覚からすれば、T-レックスのような肉食竜の正面に立つなど考えただけでも恐ろしすぎる。元の世界との一番の違いは、この世界では魔法に加えて恐竜みたいな危険生物がたくさん生息している点である。
特にドラゴンが大量に生息するため、どこの勢力にも属さず空白地帯となっている大森林、通称『竜の庭』は、この世で一番の危険地帯とされているそうだ。間違っても近づかないようにしよう。
◆
ララノアの説明によると、半年以内に何度も自分と同じか上のランクの仕事を達成してはじめて、次のランクに上がる申請が出来るらしい。ランクが下の仕事も1つ下まで受けられるが、これはいくら達成しても昇級には関係ないとのことだった。
ララノアから『冒険者』の証である金属製のプレートをもらう。大けがをしたり死亡したりした時に本人確認のためにも使われるので、依頼を受けて働く際は着用が義務付けられているということだ。
プレートにはネックレスの様なチェーンが付いており、首にかけられるようになっている。自分のプレートを手に取ると、俺の魔力に反応して薄く光った。
「すごいです。このプレートは相当な魔力を持った人でないと光ったりしないのですよ。素敵です……」
ララノアの言う“相当”とはどの程度かわからないが、ほめられて自然と頬が緩む。ちなみにジト目でこちらを窺うフミが握り締めているプレートも地味に光っているが、ララノアの視界には入っていないようだ。
俺はそんな事より先ほどからうずうずして、少し恥ずかしい衝動を抑えきれないでいた。
……そう、やってしまいました。HPやMPは出てくるかな?
「ステイタス オープン!」
……何も出てこない。
怪訝そうに俺を見るフミとララノア。
俺の心に木枯らしが吹いた。
……ふっ、今までの人生で3本の指に入るくらい恥ずかしかったぜ。
実はこれまで隠れて散々試してみたことなのだが、プレートが自分の魔力で光ったことで浮かれてしまい、人前にもかかわらずついついやってしまったのだった。
俺は精神的ダメージをこらえ、何事もなかったかのように素知らぬ顔でララノアに尋ねる。
「と、とにかく、稼げる仕事はないのかな」
Aより上はSやSSなどのランクはあるが、そんな人はこの世界ではほんの数人らしい。最下層のランクからスタートするしかない俺では大金を稼げるような仕事はないらしい。
仕方ない。依頼されている仕事の内容を検討していこう。ひとつずつ内容と金額を確かめていくと、Fランクの募集の中にある1枚の貼り紙が目に止まった。
『ベビーシッター募集』
今日の午後から明日の夕食まで4千アールの依頼である。期限が迫っているのにもかかわらず時給が安いためか、あるいは子守の募集自体がそもそも場違いなためなのか放置されている。
これだ! 俺は素早く貼り紙をむしり取った。しっかりと握りしめ、カウンターに向かう。
「これをお願いしますっ!」
「まあ、ありがとうございます。これは期限が迫っていて我々もどうしたものか悩んでいたんです。依頼を受けてくださって助かります」
ララノアが俺の手をとって喜んでくれた。ララノアの手は、白くて柔らかくてぷにぷにしている。エルフはタイプじゃないと言っていた俺だが、ここまで笑顔で好意的に接してもらえると悪い気はしない。外見も他のエルフと違って俺好みだし……。
そう。一口にエルフと言ってもララノアはかなり人間よりのエルフ。耳さえとがってなければ、人間のアイドルみたいなルックスである。人間とエルフの間のハーフエルフだそうだ。エルフは他種族より出生率が低いので、他種族との間にできた子は全力でエルフ族に入れようとするらしい。
ちなみに両親がエルフ同士なら、ハイエルフ。エルフとそれ以外の種族ならハーフエルフ。どちらも同じエルフ族という認識であり、両者の間で差別的なことは特に無いという。
思わず笑顔で応える俺を、ジト目で一瞥するフミ。
「ところで、この依頼は2人でもいいのかな?」
「はい。ただし何人でお受けしていただいても料金は同じです。昇級に必要なギルドポイントは、頭割りですので半分ずつしか付きませんが」
「わかりました。お願いします」
「ロディオ様、本当によろしいのですか」
「よく見てよ。この依頼主、大貴族だよ」
俺は周囲に聞こえないようフミに耳打ちする。
「俺たちは引っ越しで、ほとんどのものを処分した。新居に越して生活するにあたって必要なものもあるだろう。貴族の家庭の中に入れるんだ。仕事終わりに、その家の不用品は全て無料で引き取る。そして俺たちが使わない物は中古屋に売る」
「同じ貴族の館での仕事でも、庭師や警備の仕事では屋敷内のプライベートルームには立ち入ることはできないだろ。中に入ってこそのおいしいものがあるはずだ。その家の執事と話す機会も多いだろうし。貴族に気に入られれば、何かいい事があるかも知れない。この仕事は、雇用者と労働者がお互いウインウインの関係になれる仕事だと思う」
力説する俺にフミも同意してくれたのだった。