第7章 第6話 要塞
翌日、俺たちは侯爵家の大食堂で豪勢な朝食を摂った後、クラークさんに案内され、会議室に向かった。
全員が席に着いたことを確認し、クラークさんが口を開いた。
「大草原での仕事を終えられたばかりだというのに、この様なことを頼んで申し訳ないのですが……」
そう言って、目の前に広げられたのはトーチの地図。のはずだが……。
「これは……!」
俺は思わず言葉を失う。レインは表情を変えていないから知っていたんだろう。『サラマンダー』も、全員がびっくりしている。フミだけは意味がよく分かっておらず、きょとんとしているが……。
「クラークさん、これは……」
「はい。見ての通りです」
俺はすぐ、グラン宛に帰りが大幅に遅くなることを伝える手紙を送った。
詳細は告げず、とにかく後2か月以上は帰れないこと。領内で何か問題があれば、俺の所まで相談を寄越すこと。ユファインに関しては、予算の範囲内でなら開発を進め、俺の裁可を待たず温泉や直営店を順次オープンでするようにとだけ伝えた。
◆
クラークさんが見せてくれた地図は、現在、円形に城壁が張り巡らされているトーチの外を一辺が5キロほどの正方形で囲まれている。さらにそこに重ねるようにして、もう一つ正方形を半分ずらして重ねたような形。城壁の外側には深い堀が掘られている。
俺の前世の知識では、函館の五稜郭に近い。城壁には最新技術である大砲を据えるのだとか。この要塞は、バランタイン侯爵とレインの2人で考えたものらしい。
「クラークさん、レイン。はっきり言って、俺たちがこれを造るという意味は、非常に大きいですね」
レインは、無言。気まずそうに下を向いていやがる。
「工事は間違いなく請け負いますし、これと同じ、いやこれ以上のものを造りたいと思います。ですが、工事をするにあたって、全てを教えて欲しいのです」
……少し沈黙が流れた。
「分かりました。皆さんはバランタイン家と一心同体ともいえる間柄。早速、侯爵様に相談してきます」
◆
「……という訳です」
「さすがは、ロディオですね。あの街の意味がすぐに分かりましたか」
「はい。『サラマンダー』も全員、一瞬ですべてを理解した様子でした」
「分かりました。全てをお話ししましょう」
程なくして、バランタイン侯爵がクラークさんに伴われて俺たちの前に姿を現した。
「今回の工事に関して、私からの説明が足りなかったようですね。実は、バランタイン家は共和国から独立したいと考えています」
バランタイン伯は、ここで言葉を区切り、俺たちを見回す。
「これに際して不測の事態があることも十分に考えられます。商都サンドラとトライベッカの間にあるトーチは、いざという時の最前線となるでしょう。ここを、要塞化して固めたいのです」
「今回の独立に当たり、ハウスホールドとは正式に同盟を結ぶ密約は取っています。ドワーフや獣人など亜人たちの諸勢力も、盟主ハウスホールドの決定に従ってくれるそうです。後はトライベッカとハウスホールドの中間地点であるユファインが我々の側についてくれれば盤石です。逆に、ユファインが共和国側に付いたら、我々は分断され、窮地に陥ることになるでしょう」
侯爵は、俺に対して笑みを送って言葉を続けた。
「ところがユファインの領主が自ら、トーチの要塞化の工事に加わってくれたらどうでしょうか」
例えユファインが共和国側に付こうと思っても、共和国側としては、とても信じてくれないだろう。
「私としては、ロディオ殿がこの工事を請け負ってくれれば、無条件に我が陣営に加わってくれると考えました」
勘弁してほしい話なのだが、もうこうなったら俺も腹をくくるしかない。正直に話してくれた侯爵に対して、俺も誠意を見せよう。
「侯爵様。私は元、バランタイン家の魔法使いです。すべてをお話ししていただいて、ありがとうございました。ユファインのスタイン領は、バランタイン家と共にあります」
「!」
「おおお! ありがとう、ロディオ殿! ただし、決行まではまだ1年以上あります。その間、諸々の準備を整えておきましょう」
バランタイン侯爵は、すこぶるご機嫌で、相好を崩しながらも、釘を刺しておくことは忘れない。
「皆、この話は内密に。もし漏らせば厳罰に処す」
この場にいる全員が頷き、秘密が共有された模様だ。この場の雰囲気が落ち着いたタイミングを見計らい、俺は少し気になっていたことを聞いてみた。
「ちょっといいでしょうか。バランタイン領の独立は、少なくとも今から1年後ですよね。トーチの要塞化は、極秘裏に進める必要があるのではないでしょうか」
「はい。それは、我々も頭を悩ませていました。ですが、いい案も思いつかず、工事を迅速に進めることに決めました。工事が素早くできたら、いつ共和国と手切れになっても相手は手出しできないでしょう」
「そのことで、一つ案があるのですがよろしいでしょうか」
……。
「素晴らしい! さすがはロディオ殿!」
こうして、トーチの要塞化を伴う大工事は、俺の案が加味されて進められることとなった。