第7章 第5話 トライベッカ
改めてトライベッカに入ると、最初俺が来た時とは全く違う街の様相に驚く。まず、人口なのだが、最初、俺が初めて来た時の人口は25万くらいだったはずだが、今は30万を超えて、共和国でもサンドラ以上の大都市となっている。
商都サンドラをはじめ、共和国各地から、ビジネスチャンスを求める商人や雇用を求める労働者が流入しただけでなく、ハウスホールドを経由して、亜人たちが多くやって来たのだ。
もちろん、トライベッカからも流出した者もいるが、彼らはサンドラをはじめとする共和国内の他領に出て行った者は少なく、ほとんどがトーチ、もしくはユファインへの流出である。かつては無人だったトーチは、今や人口2万人を超えて今なお成長を続けており、バランタイン領では、すでに、第二の都市になっているそうだ。
「よう、そこのお兄さん、いい酒入ってるよ」
「ちょっと、お姉さん、ウチの新作スイーツ味見しておくれ」
大通りを歩くと、威勢の良い物売りの掛け声が飛び交っている。まだ昼間なのに、出来上がっている人たちもいる。
「何だか凄くにぎやかになってないか」
「はい。ロディオ様は、くれぐれもご用心ください」
俺の腕を取り、密着しながら周囲を警戒するフミ。あの……柔らかいものあたっていますよ!
目の前では、フラフラと甘味処に吸い寄せられそうなサラをセリアが全力で引き留めていた。
「サラちゃん、今、そんなお店に入っている場合じゃないかもです、です!」
「……ううう、分かったよ」
なおも名残惜しそうなサラ。お前、ほんとスイーツとなるとだらしないな。俺も人の事は言えないけど……。
そんな活気ある、街を抜け俺たちは侯爵邸へ向かった。
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「お帰りなさいっす」
玄関から転がる様に、サドルが飛び出してきた。俺たちは、そのままサドルに案内され、バランタイン邸に入る。
「皆さん、お疲れ様っす。お茶を入れますので、ゆっくり寛いでくださいっす」
クラークさんに鍛えてもらったはずだが、どうやらこの口癖だけは治らなかったようだ。
とにかく、その日は各自ゆっくりと休み、次の日、工事とユファイン騎士団の件に関して、侯爵に報告することとなった。
◆
「ありがとうみんな。運河だけでなく用水路や農道を敷設してくれたり、草原を農地として耕してくれたりしたそうですね。おかげで、すぐにでも入植できそうです」
俺たちは朝食後、バランタイン侯の豪奢な応接室に招かれていた。
「ところで相談なのですが、ロディオ殿は新たに騎士団を創設するにあたり、ウチのお抱え冒険者を騎士団長として召し抱えたいそうですね。私はその点には異存がありません。ただ……」
「いささか、条件を付けてもらってもいいでしょうか。何せ、ウチの家筆頭お抱え冒険者パーティーは、リーダーのサラを含め、メンバー3人が引き抜かれ、実質上、解散することになるでしょうから」
「はい……何だか申し訳ありません」
「では、私の願いの方も聞いてもらいますね」
「実は、トーチなのですが、ここは、ロディオ殿たちの開発に加えて、レインにも、堀や塀を造ってもらったところです。ただ、私は将来、ユファインを10万都市に育てたいと思っています」
バランタイン侯は、ここで言葉を区切り、俺たちを見回して静かに言葉を続けた。
「そこで、ロディオ殿には、『サラマンダー』やレインと共に、トーチの街の拡張をお願いしたいのですが、いかがですか」
「はい。喜んでお受けいたします」
「ただ……報酬なのですが……実は、今回の100億で、今すぐ出せる現金が足りなくなりました。あと何年か待ってもらえれば、ロディオ殿の言い値で払えると思うのですが……」
「いえ、報酬はいりません。こちらとしては、今回、3人を引き抜いたんです。『竜の庭』のど真ん中で騎士団長が務まる人材は、『サラマンダー』かレイン位でしょう。その分、体で払えるなら払いたいです」
「ありがとう、助かります。この借りは必ず返します。何もありませんが、とにかくゆっくり疲れを癒してください」
バランタイン候は、そう言って、指を「パチン」と鳴らすと、メイドや執事が、豪勢な酒と料理を運んできた。
……いや、これは、幻の……300年物のワインだろうか。
「せっかくですから、皆で開けましょう」
さすがは侯爵。ワインセラーのラインナップも半端ない。
「……では」
この場にいる全員のグラスに300年物のワインが注がれたのを確認し、バランタイン侯は、グラスを掲げる。
「皆様方の、健康とご多幸をお祈りして、……乾杯!」
「カンパーイ」
やけに、日本人っぽい乾杯の音頭のもと、俺たちはこの世界の最高級ワインを味わった。
「それでは、お言葉に甘えまして、すぐにでもトーチのお湯をいただきたいですね」
俺たちは次々と運ばれてくる豪勢な料理に舌鼓を打ちつつ、大笑いしながら思う存分、酒を飲み明かしたのだった。




