第7章 第2話 国境運河
船の中で軽い昼食を取った俺たちは、大草原の南端、大森林の入り口に到着。上陸後は早速、運河を造ることにした。
いつもはフミに500メートル程先に立ってもらい、少しずつ工事を進めていたのだが、今回は見通しが良く、人家も何もない場所なため、フミも俺の横に下がってもらった。
これだけ条件がそろうと、俺はかつて調子に乗ってやらかしてしまったことを、もう一度試したくなってしまったのだ。
「なあフミ、あれをしてみてもいいか?」
「はい、ロディオ様ならきっとうまくできると思います」
サラたち『サラマンダー』やレインは怪訝な顔をしているが、俺はかつてコザさんとフミに迷惑をかけた“あれ”をやってみるつもりである。
「倒れるかもしれないから、もしもの時は支えてくれ」
俺は皆に頼んでから、静かに集中する。
手のひらから少しずつ魔力を解放していく。目の前の森と草原の境目が徐々に広がり、地面が圧縮されて、U字状に押し固められていく。底からは石が浮き上がり、敷き詰められるようにゆっくりと前方に伸びていく……。
「何度見てもすごいな」
「さすがですわ」
「ロディオ殿の魔力とはこれほどなのか……」
「ロディオ様すごいです」
「です、です」
「さすがは私のロディオ様です」
出来たところから、フミとセリアが、仕上げと点検をしてくれる。セリアの近くにはセレンが寄り添い、サラとマリアは周囲を警戒する。ほれぼれするような連携だ。
そして、2時間後。俺はやっぱり気を失っていた。
◆
目を開ければフミの顔が見える。またもや気を失った俺は、フミの膝の上に何とか帰還できた様だ。
「ロディオ様、今回はすごかったです。2時間で運河を予定の3日分も造られました」
フミは俺を膝に乗せながら嬉しそうに報告してくれた。笑顔で答えるフミだが、何とフミは俺を支えて船に乗せ、そのままずっと、自分のトイレも我慢して膝枕をし続けてくれていたという。
「そんな人間の女の子、どこの世界を探しても、フミちゃんくらいだぞ」
レインに言われてしまったが、確かにそうだ。
人間の女子にモテモテの、お前にだけは言われたくはないがな!
◆
くらくらする頭を押さえ、外に出た俺は、出来た運河を目にして言葉を失っていた。
何と、俺が造った運河は一発で全長が50キロ以上に及んでいた。レインが水を引いてくれ、出来たばかりの運河の水面が夕日にきらきら輝いている。その晩、俺たちは運河沿いの侯爵領に、農道を造って野営した。
次の日からは、さすがに気絶するような無茶はせず、力を抑えて、一日当たり、20~30キロのペースを保って運河の建設を進めた。前回、ハウスホールドで作った運河よりスムーズにサクサクと作業が進む。
ああ、平和でほのぼのしてるなあ。でも、こんな時に限ってお約束が起きるんだよなあ……。
俺は緩みがちな気分を引き締めて、前回の事を反省しつつ、いつトラブルが起こってもいいように、頭の中でシュミレーションしていた。感覚は令和のサラリーマンの仕事モードそのものである。
◆
「来るぞ」
地響きを立ててやってくるのはラプトルの大群。どうやらディラノに追い立てられている様で、こちらに向かってくる。
俺たちの一団は、左手に運河をみつつ、西へ進んでいる。そんな俺たちめがけてドラゴンの一団が、突っ込んできた。
「ここは、私たちに任せて欲しい」
「たまにはいい所をお見せしたいですわ」
「久しぶりで、腕が鳴ります」
「ですです」
ラプトルの群れに向かって、『サラマンダー』が飛び出していく。
レインの方を見ると、「大丈夫」と、うなずいていた。
先ずは、セレンによる弓の乱射。一度に2~3本同時に射出し、空中で風魔法を乗せる。たちまち弓の雨が、ラプトルの群れに降り注ぐ。10匹程が倒れ、派手な砂煙を上げた。だが、ドラゴンの突進は止まらず、倒れた仲間を踏みつぶしながら迫る。
ここで、セリアがすっと前に出てた。握ったメイスを静かに上にあげる。
一瞬、雷鳴が響き渡り、雷が地響きをたてて突き刺さる。荒れ狂うドラゴン、たちまち半数が焼き焦げて転がる。血と光と煙、焼け焦げた臭いが周囲に広がる。
阿鼻叫喚の地獄絵図の中でも、戦意を失わず、突進してくるドラゴンたち。その集団の中を、サラがゆっくりと歩き出す。何頭ものラプトルとすれ違うが、彼らの目には、まるでサラが映っていないかのようだ。
悠然と歩き出すサラを横目に見ながら、マリアが、槍を手に構える。
「はあああ!」
マリアの槍さばきは、瞬き厳禁。槍先が視認できないほど速く動く。10匹以上のラプトルが、一瞬で胴体を貫かれて地面に横たわる。
サラは大剣『フェンリル』をすらりと抜き、無造作にドラゴンの群れの中を歩く。やがて、ラプトルを追い立てていたディラノの前に出た。
抜きはなった大剣を無造作に握り、同じペースで歩いていくサラ。まるで散歩でもしているかのようだ。ディラノが目の前に迫るが、そのまま歩みを止めない。
「*****!」
焦った俺が、叫びながら助けに入ろうとするが、後ろからレインに羽交い絞めにされながら口を押えられた。
「ロディオ、落ち着け。今が『サラマンダー』の見せ場なんだから」
横を見ると、フミも同じように、セレンとセリアに口と胴体を押さえられていた。
「……」
ゆっくりと歩いていたサラが、ディラノとすれ違いざま、大剣を振ったような気がするが、はっきりとは見えなかった。
……。
しばらくして、サラが歩みを止めて、振り返る。
ディラノの胴体が袈裟懸けにずれ、地響きと共に、前に倒れた。
「ようやく、『私の仕事』が出来たよ」
頭から返り血をかぶった壮絶な姿で微笑むサラ。結婚しても、妊娠するまでは現役でいる予定だそうです。
残りのラプトルも、『サラマンダー』が片付け、レインだけじゃなく、俺やフミの出番も無し。
それにしても、『サラマンダー』は、なんて強さだ。ハウスホールドから帰った後、山籠もりの秘密特訓に明け暮れていたらしいが、一体、どんなことをしてきたのだろうか。
急ぐ旅でもないので、ドラゴンは傷まないように、凍らせておくことにした。レインが魔法をかける。『永久凍土』というものらしい。
生きものなら定期的に魔力を送ると、数年はそのまま凍ったままだが、ほうっておくと、そのまま自然解凍して、命を吹き返すという、なかなかすごい魔法だ。レインが自ら作り出したオリジナルの魔法だという。
皆で、マリアにドラゴンを運んでもらうために、トライベッカまでお使いに行ってもらうよう、お願いする。マリアはお約束の様に一旦嫌がった後、レインに頼まれ、意気揚々と出発していった。
「ウチの商会からたくさん、人手を連れてきますわ!」
マリアはそう言うと、笑顔で馬にまたがり、手を振りながら、元気に出発していった。




