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第7章  第1話 船旅

 



 俺とフミは、トライベッカへ到着。侯爵の屋敷で、レインたちと合流する。


「まあ、フミ様」


「マリアちゃん」


 笑顔で抱き合う2人。


 何故かこの2人はいつの間にか親友になっている。何でも互いの事を相談し合ううち、もはや他人とは思えない仲になってしまったそうだ。


 今回の工事は、クラークさんが全体の計画と細かな補給などを決めてくれた。サーラ商会全面バックアップの元、メンバーは、俺・フミ・レイン・『サラマンダー』それに加えて御者としてサドルを連れてきたのだが……。


「姉ちゃん!」


 サドルがサラに駆け寄る。2人は微妙な笑顔をしつつもうれしそうに抱き合い、再会を喜んでいた。


 クラークさんからは「サドル君はまだ16歳。いくら身体能力が高くても、さすがに危険でしょう」との指摘を受け、サドルは侯爵邸でクラークさんの指導の元、執事の勉強をすることなった。


 冒険者に偏見を持っててるサドルは、「俺は別にいいっす。というか冒険なんかより、執事の勉強の方がいいっす」などと、笑顔で答えていた。


 冒険者に囲まれているのによく言うよ。案の定、サラからスパーンと頭を叩かれるサドル。


「だから冒険者は嫌いっす」


 両手で頭を押さえて涙目になっている。これまでお姉ちゃんにずっと逆らえずに過ごしてきたに違いない。


 俺とフミは、御者なんてできないので、サドルの代わりには『サラマンダー』の皆が交代でしてくれることとなった。この度は『竜の庭』には入らないが、かつてハウスホールドに向けての運河と街道整備のとき、ラプトルに襲われた場所の近くも通る以上、危険には違いない。


 ちなみにラプトルは、毎日捕獲して食用肉として出荷しているため、数は減っているはずなのだが、広大な大森林からすれば微々たるもので、生態系には何ら影響を及ぼしていないようだ。俺としては、ラプトルは今や我が国の貴重な財源になっているだけに、減らしたいけど絶滅してもらっても困るのだ。



 バランタイン侯爵の屋敷で簡単な打ち合わせをした後は、訳あって皆でどんちゃん騒ぎとなった。侯爵は所用があるとかで顔を見せなかったが、クラークさんにクリークさん、エルやロイも加わって夜中まで楽しく過ごした。


 さすがに貴族の屋敷での宴会だけあって、出てくる料理にお酒も豪華である。俺たちは心ゆくまで楽しんだのだった。



 翌日、ほぼ全員が二日酔いでよれよれになりつつ、朝食のため食堂に集合する。



「い、いよいよ、出発だな。ああ……お、俺、朝は水だけでいいから」


 肩で息をしながら青ざめた顔で言う俺に、


「そろそろ、行かないとな」


 片手で前髪をかきあげつつ答えるレイン。何もこんな時までかっこつけなくてもと思うのだが、こんな所作を無意識でして、それが様になっている点がイケメンがイケメンたる所以なのだろう。


「でも、お昼から出発してもいいんじゃないでしょうか」


「いいと思いますわ」


 フミとマリアの言葉に一同、頷いた。



 ……。





 結局、俺たちは二度寝して、昼過ぎにようやく起きたあげく、予定が一日遅くなったことにして、翌日出発することにした。

 クラークさんは渋い顔をしていたが、運河が完成した後、用水路や田畑の整備を無料ですると約束した途端、急に表情が柔らかくなり、逆にお酒をすすめてくる始末である。

 いや、まだ朝です。というか水をください。クラークさんも、バランタイン侯爵からプレッシャーを受けているんだろう。


 そして俺は、クラークさんから「実は……」と、『開墾実施計画書』なるものを受け取った。さすがに運河の後に、開墾までしてもらうのは厚かましすぎるのでは……。と、今まで俺に切り出すのをためらっていたそうだ。心中お察しします。


 今回の遠征というか工事はパレードも無し。俺たちはひっそりとトライベッカから船に乗り、運河で目的地に向かう。


 クラークさんによると、バランタイン侯爵のおよそ貴族らしからなさすぎる振る舞いが、サンドラの大貴族たちから不評で、派手なことを控えているとのこと。

 ただし、これは表向きの理由で、実は儲けすぎているバランタイン侯爵に対する貴族たちのやっかみがあるようだ。


 何しろ、共和国とハウスホールドとの通商条約の締結と、商都サンドラとハウスホールド間を安全に結ぶ運河と街道の整備は、大手柄には違いないが共和国の恩恵はさほどでもない。

 サンドラの経済は確かに潤ってはいるのだが、それが他の貴族たちの領地までは及んでいないからだ。


 ところがバランタイン領は、各地から人口の流入が続き、中でも侯爵の本拠地トライベッカは商都を凌ぐ勢いで発展している。噂では実はもう人口でも経済規模でもサンドラを抜いているのではないかと言われているくらいなのだ。


 おまけに宿場町としてできたばかりのトーチは、サンドラの貴族たちのお気に入りの保養地となっており、人口の増加率では共和国で一番だそうだ。


 そして、ハウスホールドとの貿易の中継点にあたり、どこの国にも属さないはずのユファインの領主に、バランタイン家の元お抱え筆頭魔導士が貴族として就任したのだから、他の貴族は面白くないに違いない。

 ユファインの発展はめざましく、温泉リゾートしてトーチ以上に発展している。ほどなく、国として独立しそうだと噂されているそうだ。我がことながら人の口に戸は立てられない。


 ……っていうか、俺は独立なんて計画してないぞ! 今のまま、共和国の保護領扱いで構わないのだけどね……。どうしてこうなった!


 今回の通商で、バランタイン侯爵は、俺たちだけじゃなく、親類縁者など、自分の身の回りの者を軒並み貴族に上げた。それに端を発して、アルカ共和国の政界では、バランタイン侯爵一派対、それ以外の貴族たちの構図が出来上がってしまったらしいが、バランタイン侯爵自身は、別段気にもせず、それどころか、自分たちだけでもやっていける自信を日々、深めていっているという。


 俺としては、その“一派”というのが幾分、気になるところだ。


 少しの懸念はあるものの、俺たち一行は静かに運河を下る。船の中は安全だが、念のため、レインには索敵魔法でドラゴンの気配を探ってもらっている。ポカポカ陽気で何だか平和な気分。前回はこんな風にのほほんとしている時に突如ラプトルの大群に襲われたが、今回は大森林の手前までは船旅のため、そんなことも無い。


 船内ではフミたちは、今度結婚する予定のサラの周りを取り囲んで、わいわいきゃあきゃあと女子トークに夢中。いつもならこんな時に、パーティーの緩みを締めるサラが話題の中心となっているのでやむを得ない。


 皆から、「いいなあ」「うらやましい」などと声を掛けられて、顔を真っ赤にしながらデレるサラは新鮮である。


「……でも、この中で一番仕事熱心だったサラが、真っ先に結婚するだなんて」


 恨めしそうな顔をするマリア。


「私も、まさか自分が結婚できるなんて思わなかったんだ」


 何の屈託もなく爽やかに応えるサラ。悪意がひとかけらも入っていない、混じりっ気なしの笑顔である。


「で、式は? 披露宴は?」


「……うーん、それは、えーっとねえ……」


 女子トークは、当分終わりそうもない。



 どうしてこんなことになってしまったのかというと……。


 実は、結婚の事は身内数人だけの秘密にしていたのだが、サラがサドルと再会した際、思わず口を滑らせてしまった。


「式の時に再会しようと思っていたのに予定外だったな」


 そう言って笑いながら弟の頭をわしゃわしゃなでるサラの、“式”というワードに、目ざとくマリアが反応したのが全ての発端。嘘が下手なサラは正直に白状してしまった。


 という訳で、一昨日の晩は、計らずも、サラから皆に結婚式の発表があり、予定外の朗報に皆、喜んで盛り上がり過ぎてしまったのだ。



 レインは皆とは少し間をおいて索敵に集中しているため、声を掛けづらく、従って俺は船の中でずっとボッチ状態。こんなことならせめて船の中だけでもサドルを連れてくればよかった。


 サドルはクラークさんが、使用人の仕事をさせつつ、執事のイロハを教えるのだそうだ。彼のためにはその方がいいだろう。俺は寂しいが仕方がない。


 全てあきらめて、俺は久々に今までの出来事を思い出しつつ、たまっていた日記をつけることにしたのだった。


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