第6章 第11話 視察
今日はグランとソフィと3人で、領内の視察。ソフィも忙しいとは思うのだが、商会のユファイン本店が軌道に乗ったとかで、しばらくは時間が取れるらしい。
まず、奴隷たちが入植したばかりの北側の耕作地を視察。あらかじめ植えておいた作物の中には、もうすでに収穫時期を迎えている物まである。ちなみに、元の世界にある野菜や果物は、ほぼ似たものがこちらの世界にもある。本格的な収穫が楽しみだ。
収穫された作物は、基本的には一旦スタイン家に納められる。そして出来た作物の売上高の総合計が、9億を越えれば、奴隷身分から解放することを約束していた。
グランによると『アイアンハンマー』さんたちの年間売り上げ予想が、10億を軽く超えるらしいから、トレイルたちも頑張れば数年で解放できるかも知れない。今は彼らの仕事ぶりを見ても、別段困っているような様子は見当たらないが、今度ボルグさんたちの手が空いたら技術指導に来てもらうのもいいかもしれない。
ただし、皆の表情はまだ硬い。話がうますぎるとでも思っているのだろう。無理に説明するより時間をかけて信じてもらうしかないだろう。
彼らの住居は、5人以上の大家族用、3~4人の家族用、1~2人の個人用の3種類の宿舎が完成し、村長のトレイルの指示の下、移住も完了。
日用品で足りないものは、ソフィの商会の支店で支給するシステムだ。今日はソフィが直々に支店に顔を出して、色々指示をしていた。悠然と店内に入るソフィを目にして恐縮する店員さん。
「いらっしゃいませーっ。あっ、……ソ、ソ、ソフィ様!」
「…………、…………」
恐縮して震える店員に、ソフィは何やら小声で指示している。
「も、も、申し訳ありませんでしたー!」
平身低頭でぺこぺこお辞儀する店員に見送られ、涼しい顔で出てくるソフィ。一体どんなやり取りがあったんだろう。
ソフィは俺の顔を見るなり「あっ」と、小さく叫んで、体の一部ををプルプル揺らしながら、両手を左右に振るいわゆる『女の子走り』で駆け寄って来た。薄手のやわらかそうな上着に鞄の紐を斜めにかけたまま走ってくるので目のやり場に困る。
「ロディオ様。お待たせしてすみませんでした」
俺の前で両膝に手をついて、息を荒げて申し訳なさそうに俺を見上げるソフィ。た、谷間がやばいです。
「きゃん♡」
あまりにの可愛らしさに、思わず彼女の手をとって抱き寄せてしまった。
そう言えば、俺はソフィが働いている場を見たことがなかった。
小さく身をよじりながら、恥ずかしそうに甘えてくるソフィなのだが、よくよく考えてみると、彼女は『サーラ商会』頭取として、パートや期間従業員を含めると数千人の従業員を束ねる商会のトップ。
おそらく、俺が知らない方がいいことがたくさんあるに違いない。
◆
次に向ったのは、船着き場にあるカウンター。ここでは、従来の、運河を通行する船の登録や、運行の管理だけでなく、カヌーやカヤックのレンタルなどのアクテビティーも取り扱っている。最近は、グランが進めてくれた観光客向けのクルージングやシュノーケリングツアーが大盛況の様子。楽しそうに受付の列に並ぶ家族の姿を見て、グランも嬉しそうだ。
昼食前に飲食店をのぞくと、まだ時間も早いのに『キッチン☆カロリー』などの直営店はどこも行列が並んでいた。
俺たちは行列の最後尾に並ぶ。店員のエルフたちもよく分かっており、俺たちを見て笑顔で会釈してくれるが、他の客と同じように扱ってくれた。
「おまたせしましたー」
俺たちが注文したのは、ステーキと串焼きのセットを3人前と、エールの大ジョッキと中ジョッキ。俺は、久々に食べる料理に興奮気味だが、ここは、客観的な視点が必要だろう。
おいしく食事を終えた後、俺は2人に意見を求めることにした。
「グラン、ソフィ。お前たちから一切、忖度ない意見を聞かせてくれないか」
俺はおいしくて、何も申し分がなかったのだが、2人からすると改善点があるようだ。
グランの意見は、肉に対する味変とドリンクバーについて。
「一つの部位の肉を大量に食べることになりますので、客席に仕入原価がほとんどかからない、シーバス産の塩や、ユファイン産の野菜を使った薬味を備え付けてはどうでしょうか」
「水に関しては、今は、店内の冷泉の水をセルフ方式で自由に飲んでもらっていますが、客としては源泉からの暖かいお湯があったら、さらにうれしいと思います」
さすがはグラン。ダメ出しをするも全て改善が可能な範囲内。
次はソフィ。果たして、どのような感想を持つのかドキドキものである。俺の隣には、いつの間にかコザさんもやってきた。
「……すう」
大きく深呼吸したソフィが俺を見据える。何かいつもと雰囲気が違う。
「ロディオ様。どのような意見を述べても、私の事をお嫌いになられませんか……?」
上目づかいで、少し困った様子のソフィ。
「大丈夫。何を言われても、ソフィのことは、絶対に嫌いになったりしないから」
真剣な表情の俺を見て、ソフィの表情も緩む。
「分かりましたロディオ様……」
ソフィがいうには、根本的にこの店は、誰がターゲットなのかがあやふや。旅の商人など他国の旅人を対象としたものなのか、国内の住人に対するものなのか。あるいは、ターゲットなど最初から設定していないのか。
また、成人男性が多いように見えるこの店が、さらに、女性や子ども、或いはファミリー層を取り込む気があるのか、それとも、そこは他の店に任せるのかどうか、わからないと言う。
「味付けやトッピングもそれによって変わります。ただ……。このお店は、流行ってはいますが、根本的なところがぼやけていますね」
「ありがとうソフィ。言いにくいことまでよく言ってくれた」
『キッチン☆カロリー』は、基本的に、男の人を中心に、カップルやファミリー層に、肉を食べさせるお店。店舗が厨房で繋がる『串や』は、中高年の男の人が個人で来る店を想定していた。にもかかわらず、よくよく考えると、どちらも戦略が中途半端である。正直、開店から余りにも人が押し寄せてきたため、細かなところまで気が回らなかったのだ。
この2つの店はいずれも成人男性をメインターゲットとした店だった。なら、男性の為に、店側ができることとは……。
「スカートと短さと、エールの売り上げは比例するんだぜ……」
……いかんいかん、思考がバランタイン侯爵の様になるところだった。だからといって、下手にメニューを増やすのは手間が増える。男性に喜ばれるものは何か。
……それは、男として、そしてホワイトな働き方を追求する領主のプライドにかけて、断じてパンちらであってはならない。
濃い味付けと、デカ盛りだろう。男性が、女性や子供も連れてくる場合や、野菜不足を感じている人もいるだろうから、付け合わせの野菜も必要だ。串にさす肉は、あと一切れ増やすことも可能。ステーキの肉も、もうひと周り大きくカットできるだろう。家族やカップルも、デカ盛りならシェアできる。テイクアウトも多いから、元の世界にあった、ハンバーガーチェーンのドライブスルーみたいに、店の外から注文したり、商品を受け取ったりするカウンターを造ればいい。そもそも開店した時から、1人が1人前なんて頼んでいなかったよな。
この後も、3人で直営店を視察していく。ソフィが付いてきてくれるだけで、随分と改善点が見つかった。
しかも、ソフィは、人材が足りてないところは、商会から人を呼んで派遣してくれている。ユファインの人材難を考慮に入れて、商会は、あらかじめ店員や作業員を多く連れて来てくれていたのだとか。さすがはソフィ。
◆
今日は、グラン、ソフィと『三の湯』に泊まることにした。
「先にお湯を頂きました」
初めて見る浴衣姿のソフィ。白を基調とした淡い朝顔の浴衣がこれまたよく似合う。濡れた髪をアップにして、団扇を持つ姿は、そのまま、ユファイン温泉の看板にしたいくらいだ。
俺はグランと一緒にお湯に浸かりつつ、今後について語り合い、『十大温泉構想』を伝えた。
当初の予定では『三の湯』を富裕層向けの、リゾート施設にするつもりだったが、『二の湯』が、『一の湯』を補完するものとなってしまったこともあり、『三の湯』は、長期宿泊施設と共に、教会が併設する療養施設の様なものになった。いくら治癒魔法があったとしても、病気療養施設を望む声が多かったからだ。
例えば、大けがをした場合、治癒魔法やポーションで傷は治っても、腕や足が元通りに動くとは限らない。そこから長期のリハビリに入るケースもある。
また、年配の人の、腰痛などの悩みは、魔法では改善されないことも多い。このような場合には、温泉に長く宿泊してもらい、ゆっくり治してもらうのがいい。そして、これらのことは、あくまで医療的な側面が強く、リゾートとは反対の立ち位置にあるため、俺もあまりお金を取りたくない。よって、一泊当たりの料金も安く設定している。
それに対して、『四の湯』は富裕層向けの施設にする予定だ。泥湯と炭酸泉を主軸に、砂蒸し風呂と、岩風呂に広大な岩盤浴のスペースを備えるなど、美容関係に力を入れた、セレブ温泉の開発が進んでいる。
今までのノウハウを基に、『四の湯』は二週間後には完成し、程なくオープンする予定である。値段は思い切って高めにし、これぞ、富裕層向けのリゾートの象徴にしたい。
大通りから左右に一本外れは場所にはそれぞれ運河を造り、両岸には倉敷や小樽の様に土産物屋を配置する。俺が参考にしているのは、白馬、嵐山、湯布院など。そこに、湯めぐり用の温泉や足湯もふんだんに作る。将来的には地元の特産品をふんだんに使ったスイーツも充実させたい。浴衣は女子受けを狙って、柄や色のバリエーションを豊富に揃え、人力車や遊覧船も配備。これらの一連の施設は、『四の湯』のオープンに先駆けて営業予定である。
『五の湯』は、『一の湯』や『二の湯』より温泉の種類を増やす。サウナとプールを加えた、ファミリー向きの温泉施設。流れる温泉プールや、温泉スライダーは、子供から若者のグループ、カップルにまで大人気になることだろう。バーベキュースペースも完備し、格安で焼き肉が味わえるようにしている。
『六の湯』は渋めの玄人好みの温泉旅館。客層としては、定年退職した夫婦や、フルムーン旅行がターゲット。食事は基本お部屋食。内装も年配好みの落ち着いたもので統一する予定だ。
『七の湯』は大人向けに、流れるプールと、プールサイドバーを充実させる。リア充の皆様、どうぞデートに使って下さい。
『八の湯』は宿泊施設と言うより、観光施設。規模が大きいので、大通りから少し離れたところに設置せざるを得なくなった。1キロメートル四方の大きなエリアを確保し、足湯や軽食、おみやげなどの買い物を楽しめるようにした。また、ライリュウなどの傷ついた草食ドラゴンの保護施設を兼ねており、餌やり体験もできる。熱帯植物園も併設予定。イメージとしては、サファリパークと地獄めぐりを、一つに凝縮したようなもの。
『九の湯』は、泉質に目新しいものはないが、カッパドキアみたいな、温泉の棚田がメイン。そこに、塩サウナや冷泉とユファイン一の岩盤浴スペースを付けた。人気の温泉になりそうだ。何しろ景色はユファイン温泉郷、ナンバーワンである。
『十の湯』は、ごく一般的な温泉に、様々な薬草を浸けた薬草湯。20を超える湯船にはそれぞれ効能別に薬草を淹れた、癒しの空閑である。しかも、内湯と露天だけでなく、混浴露天風呂まで備えてある。
これらの温泉は、宿泊することで湯めぐりもできるため、一週間いても飽きないだろう。
「俺が、国境運河を造っている間に、順次オープンさせて欲しい。焦ることはないが、俺の決裁を待つまでもない。スタイン家の者が、一番新しい温泉でモニタリングするのは、これまで同様行ってくれ。運河の工事は一応、1か月の予定だが、伸びる場合もあるからな」
ユファインの事は、グランとソフィに任せておけば、大丈夫だろう。