第6章 第4話 シュノーケリング ☆
結局、こちらが思う人材とは少し違ったが、ソフィとサドルが来てくれたのは大きな成果である。ギルドには引き続き人材を募集し続けてもらうことにした。
俺はフミにしばらく教会付けで働いてもらうことにした。フミの生活魔法は教会では有用だろう。
その間、俺は絶対にソフィに手を出さないことを誓い、昼間の活動に同行することを認めてもらった。
◆
「ロディオ様、私の体に何かついていますか」
いかんいかん、ついつい、ぷるぷる揺れるところに視線が集中してしまっていた。俺のチラ見は、ソフィのガン見なのだろう。
「私はスタイルがみっともなくて、恥ずかしいんです。多分、こんな私をお嫁にもらってくれるような殿方なんていないと思いますの」
そう言って、両手で胸を隠すように組んで頬を赤らめるソフィ。
今日は、ユファインの周りの運河を広げ、そこでシュノーケリングポイントを確認するための調査である。断じてデートではない。
水遊びのために用意されたフィンとシュノーケルは、ゴムに混ぜ物をして固めたもの。ゴーグルは、俺の土魔法でガラスの粒子を集めたものを一旦溶かして、ドワーフの工房で仕上げた逸品。俺たちはクルーザーの上で装着し、いよいよ水中に潜ろうかというところだ。
ソフィは元々、ユファインでの水遊びを楽しみにしていたようで、水着も持参してきていた。何でも主の為にエルが自分とおそろいのものをプレゼントしてくれたらしい。
ソフィからすると、恥ずかしくて死にそうだとのことだが、エルのことを思って着ることにしたという。その水着に身を包んだソフィが俺の目の前にいる。
エルが選んだその水着とは……。
……布面積が、とっても小さな白ビキニでした。
この世界の女性における美の基準はスレンダーな10等身。しかし俺からすれば、この世界の美人なんてピンと来ないし、逆にグラマーなせいで自分のルックスにコンプレックスを感じているソフィこそ、ビーナスだと思う。
自分のことを、しきりに恥ずかしいとか、みっともない体型だとか言うソフィ。俺は思わずソフィの手を両手で握って力説してしまった。
「ソフィさんは綺麗です。美人です。ビーナスです。もっと自分に自信を持った方がいいと思う。これだけ美しい人を俺は見たことはありません。そんなに自分を卑下することなんてありませんよ。絶対に!」
「……でも、街で人気のエルフはもっと細くて、体がきりっと締まっているでしょう」
少し頬を赤らめながら視線を泳がすソフィ。今まで何度も体型について、他人からバカにされたことがあるらしい。
「俺は、8等身の女性の方が好きです。スマートな人より、ふくよかな人の方がいい。クールな人より柔らかくて暖かみのある人が好みです!」
「まあ……ロディオ様……い、今の言葉は真実でしょうか。私は、私は本当にロディオ様を信じてもよろしいんでしょうか……」
瞳を潤ませて、真剣な眼差しで俺の手を握り返すソフィさん。
「当たり前です。俺は心から言っています。決して冗談じゃないです。本当に、何て言うか……。はっきり言って、ソフィさんはとってもお美しくて、俺からしたらまぶしいくらいです」
「……ロディオ様!」
「うぐっつ、うぐっつ……」
急に泣き出すソフィ。
「私にそんなことを言って下さる殿方は、ロディオ様だけですわ」
あれ? 最初にバランタイン邸であった時、俺だけじゃなく、ハープンさんやクリークさんたちも、ソフィさんに見とれていたよね。
「あれは、見とれていたんじゃなくて、私の肩書にびっくりされていただけです。おそらくあの場でも、私の事を一人の女として見ていただいていたのは、ロディオ様、ただ一人だけだったと思います」
サーラ商会の頭取であるソフィさんが、あまり表に出てこない理由は、人見知りで引っ込み思案だったから。
自分に自信がなくて、街でスマートな女性を目にする度に落ち込んでいたのだそうだ。そして、出来るだけ人前には出ず、店の事は、奥から指示をするだけにしていたという。
今回の執事への応募は、彼女にとって、それこそ清水の舞台から飛び降りるくらいの一大決心だったそうだ。
「ハウスホールドへの旅を志願した時もそうでした。でも仕事の都合でサンドラに行かないといけなくなってしまって……。ですから、今回の応募は自分が変われる最後のチャンスだと思いましたの」
ソフィさんの美しさは、俺が元いた日本ならば、グラビア界を余裕で席巻しそうな破壊力である。俺からしたら、美の化身の様なソフィさんが、人知れず自分の外見にコンプレックスを持って引きこもっていたなんて、とんでもないことだと思う。
確かに、日本でも平安貴族の女性における美の基準は、髪の毛の長さと美しさにあったらしい。民俗学が専門の友人から聞いた話では、世界には、女性は首が長ければ長いほど美しいとされる地域もあるという。俺からすれば、それぞれよくわからない基準だが、異世界の美的感覚が俺のそれと大きく違うのは、むしろ当たり前のことなのかもしれない。
「私のことを、女性としてこんなに認めていただいた殿方は、ロディオ様だけです。私は、私は……」
ソフィは目を潤ませて、そっと俺を見つめた後、すぐに目を逸らす。
「……でも、どうせ、私の片想いですよね」
軽く涙をふきながら、無理やり笑った笑顔に俺はやられてしまった。女子からのこの手の攻撃に、俺は殊の外弱いらしい。
「ソフィ、俺は決めた。他がどうであれ、10等身なんてウチには関係ない。我がユファイン領では、ソフィこそが美の基準だ。ソフィを苦しめる価値観なんて、俺が変えてやる!」
サンドラやトライベッカをはじめとするこの世界の都市では、女性を雇用する際、そのスタイルの良さを基準として割増賃金を支払うのが普通。これにより、半分以上のエルフ女子、2~3割ほどの獣人女子、数パーセントの人間女子がその恩恵にあずかっている。
しかし、それ以外の女性は、こんな世の中に対してどんな気持ちを持つだろうか。
売り上げをテコ入れしたい店などは、倍以上の賃金で、スタイルのいい女性が雇わることも珍しくない。ソフィをはじめ、恩恵にあずかれない女性からすれば、自分に自信が持てなくなるものかも仕方のないことだろう。何しろ、ソフィの商会でも、スタイルの良い女性には割増料金を払って雇用しているのである。
しかし、我がスタイン領では、例外的にこの慣習は適用されていない。民間の商店も、スタイン家のやり方にならって商業活動を行っている以上、男女や種族を問わず、賃金を年齢や性別・種族・外見など、能力以外で決めることを禁止している。
そのこともあってか、スタイン領にはスタイルの良い女性はさっぱり集まらず、他国の商人たちからは、『ユファインに美人なし』なんて陰口をたたかれているらしいが、俺はそんな噂なんて気にしていない。大ぴらに口にこそしないが、この政策を支持してくれている女性も多いそうだ。
「スタイン領では、サンドラで肩で風を切っているようなエルフなんて、全然可愛くないからな。俺の領地で一番可愛いのはソフィだから!」
俺の言葉を聞いて、目に涙を浮かべるソフィ。
「ソフィは、俺からすれば世の中で最も美しい女性だ。そんなソフィを傷つける奴は、俺の領地からは出て行ってもらう。ソフィは、堂々と胸を張って出歩いてくれ」
「……はい、私は、私は、ロディオ様を信じます。生涯、お側に置いてください」
ソフィが俺の胸の中に飛び込んできた。また泣き出すので、俺は彼女の髪の毛を優しくなでる。
10等身モデルが肩で風を切り、こんなに可愛い8等身のぷるんぷるん女子が小さくなっている世の中なんて間違っていると思う。俺は、自分の領地くらい、自分の思い通りにしたい。
◆
しばらくしてようやく落ち着いたソフィを伴って、船からゆっくりと水の中に入る。水中で互いに手を繋いで、シュノーケリングポイントへ……。
目の前に広がる川サンゴと熱帯魚の群れ。それに加えて今日は珍しく、川ガメのつがいも俺たちの近くまでやって来てくれた。俺たちは、一時間近く泳いだ後、船の上にあがった。
「ところで、このアクテビティー、どう思う?」
デッキで暖かいハーブティーを飲みながら俺が尋ねる。
「素晴らしいですわ! もし、改良するなら、ビーチをもう少し広げて、サンゴを増やして欲しいです。砂浜には、着替えやシャワー、売店などの施設も必要だと思います。後は、人造湖でドラゴンシュノーケリングをすれば人気が出ると思います」
「港は今でも混雑気味なので、早急に倍以上に広げる必要があります。あと出来るなら、人造湖に島を作ってコテージを置いたら人気が出ると思いますの……」
……その後、数十分、ソフィは延々と改革案を語ってくれた。なんだかんだ言って、ソフィはさすが大商会の頭取である。まだ話をやめないソフィの頭に手をやる。
「……あっつ、すいません。私ったら、つい……」
そう言うと、恥ずかしそうに顔を赤らめる。か、可愛い……。惚れてまうやろ!
夕方、港で、ソフィの手を取って下船する。
「ロディオ様、今日はありがとうございました。とても楽しかったです。こんなにドキドキしたのは、私の人生で初めてでした」
そう言って体を寄せ、目を閉じるソフィ。
……。
「ごめん、フミ、ララノア」心の中でそうつぶやいて、俺はソフィを抱き寄せてしまった。……いや、ララノアは関係ないよな。
そして、彼女に夢中なあまり、俺は後ろから一日中ぴたりと俺たちの後をつけてきた小さなボートに気付かなかったのである。
 




