第6章 第3話 メイド長
何と、求人募集にやって来たのは、サーラ商会頭取のソフィさん。一体何があったんだ!
「実は、サーラ商会はユファインに支店を出したいと思いまして……」
うっかりグランも俺も、最初の『一の湯』のテナントの6つの店舗からサーラ商会をはねてしまっていたらしい。後で調べると、ロイが商会の下請けの名で登録申請していたせいで、こちらが気付かなかったということなのだが。
すぐさまグランは「すみません、すみません」と何度も頭を下げ続けたが、そんなの俺でも気付かないって。
「いや、本当にこればっかりはしょうがない。俺だって気付かなかったのだから。グランは少しも悪くないぞ。そんなに恐縮しないでくれ」
目に涙を浮かべて俺を見上げるグラン。いや、本当に気にするな。
とにかく、ソフィさんは俺から断られたと感じ、これは一大事ということで、支店を出すためにわざわざ、ウチの面接に来てくれたらしい。
「私を執事にしてくだされば、支店の希望も叶えてもらえるでしょうから。商会としは、ユファインに旗艦店を出して、ゆくゆくはこの地を本拠地にしたいと思っているのです」
いやいや、執事の募集に応募までしなくても、ソフィさんの願いならば全力で叶えます。というか、執事と言うよりメイドなのでは?
さて、面接に入ろうと身を乗り出す俺の腕を、フミが掴み、ソフィさんとグランを残して、俺は部屋の外まで強引に引っ張り出された。
「おいフミ、一体どうしたんだ!」
突然のことにびっくりする俺に、フミが冷静に告げる。
「ロディオ様、一体あのエルフをどうなさるおつもりですか?」
「えっ? そりゃあ、事情を聴いて、問題ないなら、さ、さ、採用してもいいんじゃないか?」
思わずフミの目力に後ずさり、目を逸らしながら応える。
フミは俺に限界まで詰め寄り、いつもの決め台詞。
「もし、ロディオ様に何か間違いでもあれば、フミは、亡き奥様や旦那様に何と申し開きをしたらいいか!」
涙目で俺の胸を両手で叩くフミ。
「いや、そこは……。結婚前に俺が間違いをしてしまうとしたら、まずフミだと思うけど……」
俺の言葉を聞いて、頬から耳まで赤らめるフミ。俯いてもじもじしながらも、言うべきことは言い切ろうとしている。
「……だっ、だからと言って、ま、まだ、結婚はしていませんし……。それに、ロディオ様は、こ、これ以上、ご自分の周りに女子を増やそうというおつもりなのでしょうか」
恨めしそうに俺をにらむフミだが、ここは俺も引くわけにもいかない。
「いや、これは、お見合いじゃなくて、あくまで採用面接だろ。とにかく、この話の続きは後だ。面接を続けよう」
「もう、知りません!」
フミは怒って帰ってしまった。
◆
すったもんだしたあげく、俺はソフィさんを採用することができた。ソフィさんには執事兼メイド長をお願いしたい。
「うちの商会は、今やエルとロイがいてくれれば安泰です。私なんて、お飾りですから。私が商会にできることは、自ら動いて販路を広げることくらいです。何より、私は一度、メイド服を着てみたかったものですから」
優雅に微笑むソフィさん。執事の募集なのだが、ソフィさんからすれば、執事もメイドも同じようなものなんだろう。メイド服の執事もアリだと思う。うん。
「お給料はあまり出せませんが……」
「そんなのはいっそのことなくても構いません。だって、私は自分のしたいことを希望しているだけですから。子供のおこづかい程度でも十分ですよ。それにここは、温泉に入り放題のリゾート地。美肌効果も侮れません。おいしいドラゴン肉や、源泉を使った蒸し料理、ドワーフのお酒も豊富にあるのでしょう。噂のクルージングやシュノーケリングだって楽しみなんです!」
一瞬、俺はソフィさんのビキニ姿を想像して卒倒しそうになったが、すぐ心の中詠唱して気持ちを持ち直す。
ちなみにフミは、一旦怒って出て行く振りをした後、こっそり帰ってきて自分の席に座っていた。
「ソフィさんには、グランの下で執事兼メイド長をして欲しいと思います。今、ウチには正式なメイドは少ししかいませんが、今後増やしていくつもりです。ソフィさんがこれだと思う人材は、どんどん紹介してください。あと、人手も全く足りていませんので、商会からいい人材を紹介してもらえればありがたいです」
フミは、相変わらずジト目で俺をうかがう。そう言えばフミは今晩、ララノアと2人で夕食に行くんだったよな。
俺は、仕方がないという風に、ソフィさんを、今後の打ち合わせを兼ねた食事に誘うと、フミとララノアがもれなくついてきた。お前らは、2人で食べに行くんじゃなかったのか!
さすがにこのメンバーではまずいと思い、俺はグランも呼んで5人で夕食に行くことにした。
◆
『キッチン☆カロリー』をのぞくと、相変わらずの大行列である。
「あっ、領主様!」
エルフのホール係が俺たちに気付いて声をかけてくれる。スカートが短い。おい、それ以上動くといろいろやばいぞ。
彼女たちは、超ミニのメイド服を身にまとい、周囲からの視線を存分に受けている。この状況に、スリルと高揚を覚えている様だ。
男性からは好意的な視線を浴びているものの、女性からはおよそ冷めた目で見られている。しかし、そんな些細なことにもめげず、女の子の本能を全開させ、笑顔で生き生きと接客している彼女たちに俺は何も言えない。
ただ、コザさんには、彼女たちからから苦情があれば、すぐ報告するように伝えてある。繰り返すが、トライベッカでは合法なセクハラも俺の領地では違法なのだ。
特に、ここで今働いている10人のエルフは俺の国の最初の領民。最初に認可した商店を後のモデルにするために絞りに絞った様に、領民も彼女たちをして、後々までウチの規範となって欲しい。
働く上で何か嫌なことがあるなら、俺の裁量1つでいつでも部署変更できる。あるいは人間関係でもより良い方への異動も可能だ。今度、時間を見つけて彼女たちと一緒にゆっくり食事をしながらじっくりと話を聞きたいものだ。
「相変わらず繁盛しているね」
「はい。どうぞ領主様、奥へいらしてください」
「いや、列に並んでいる人の間に割り込めないよ。それより、何か困っていることはないか?」
「……それは、お客様が多すぎることですね」
俺に対して遠慮するかのように、少し間をおいて答えてくれた。確かにまだ、店の数が少なすぎるので、どうしても客が集中してしまうことは事実である。
俺は、これまで捨てられたり、ラプトルの罠用の餌に使われるだけだった、ドラゴン肉の切れ端で丼物を作る構想を描いている。牛丼ならぬ竜丼の店だ。後は、セルフうどんの店。いずれも『アイアンハンマー』さんたちの米や小麦の出来次第であるが……。
◆
『一の湯』のフードコートも人で一杯だったが、何とか空きスペースを確保することができた。ドラゴン肉と野菜の温泉蒸し料理など何品か注文する。
あえて大皿料理を選んだ。皆がとりわけながら打ち解けてくれればいいんだが……。ちょうどエールも人数分届いた。あ、フミやララノアは、カクテルの方がよかったんだったな。追加の飲み物も届き、俺は気を取り直すように、ジョッキを掲げた。
「さあ、皆、とにかく飲もう!カンパーイ!」
……。
……あれ?
◆
「もう、ここらではっきりした方がいいかと思いますが……」
フミが無表情で俺に言う。
「要するに、ロディオ様が、これ以上、ご自分の周りに女子を増やすおつもりがあるのかどうかということです」
ララノアもフミと同調して静かにうなづき、俺に圧力をかけてくる。
「……」
俺が無言のままのせいで、気まずい空気が流れた。
が、そんなことはお構いなしの一人の女性。
「あ、あの……では、私はロディオ様のお側に置いて頂けるということでよろしいのでしょうか」
笑顔で、身を乗り出す笑顔のソフィ。
……空気読んでください、お願いです。
俺は慌てて、殺気立つフミとララノアを制するのに必死だ。いや、ララノアなんて関係ないのに……何故だ!
「ま、待て! それはあくまでも今後の可能性の話だから。今すぐはない、絶対ない。約束する」
おい、グラン、気配消してんじゃねえ!